第70話 ニモリア空軍基地
屋敷の庭には、UH-60――通称ブラックホークと呼ばれるヘリコプターが召喚されて静止していた。
デビットはこのヘリコプターがお気に入りの様子で、慣れた手つきで操縦席に乗り込む。副操縦士はサンディーだ。
乗客として、サミー、私とゴードン、ニアとモモが後部に搭乗する。
他のメンバーはと言うと、ポールは銃取り扱いライセンスの準備、由香里はギルと一緒にトラックで武器屋に銃を卸しに行っている。
銃の価格は、アサルトライフルで20万ダリア前後、ハンドガンで10万ダリア程度とした。子どもには買えない値段でイタズラを防ぎ、傭兵にはギリギリ届く価格帯で提供する。
当然、ライセンス所持者でなければ買えない仕組みも構築する。
作戦が同時進行で進んでいるが、皆、上手くやってくれるだろう。
ニアとモモは、初めて見る乗り物に大興奮だった。大人用のヘッドセットを無理矢理装着し、行儀良く座席に座る。間違えたら空から落ちると脅かしたら、緊張し始めてしまった。
デビットがヘリコプターを始動する。チッチッチッという点火音のあとにローターの駆動音がうるさかった。
デビットが通信で案内する。ヘッドセットからハイテンションな声が聞こえてきた。
「異世界航空をご利用頂き、誠にありがとうございます。機長のデビットは2回しか墜落したことがありませんので、高確率で目的地へご案内致します」
「おい! 低確率で堕ちるじゃねーかっ!」
「HAHAHA! 快適な空の旅をお楽しみください!」
「サニー、あたしが副操縦士だから大丈夫」
サンディーが振り向いて親指を立てる。
「サンディーは墜落したことないの?」
「HAHAHA! 3回しかないよ!」
「お前もダメじゃねーかっ! ニア、モモ、ギューってしてて。こいつらダメだった」
「サンディー、大変だぜ。アメリカンジョークが通用しねえ」
「仕方ないよ。サニーは日本人だったんだから」
その頃、ゴードンはサミーにニモリア平原の具体的な場所を地図で伝えていた。
「よーし! 行くぜー」
ヒュイーンというヘリコプターの音が大きくなると、フワリと機体が持ち上がって方向を変えた。
向かうは南東。ヘリコプターはゆっくりと南東方向へ上昇し、ぐんぐん加速して行った。
ニアとモモは窓の外を見て、キャッキャと騒いでいる。このヘリが堕ちることなど微塵も気にしていない様子だ。私は1人で怯えているのがバカらしくなった。
「なんだよなんだよ。2人とも楽しそうにしちゃってさ。私にも景色を見せておくれよ」
ブラックホークの最大速度は、およそ時速300キロメートル。遠くに見える山を越えるため、ヘリコプターは高く高く上昇した。
「空を飛ぶ馬車……まさかこんな体験ができる日がくるとは……それに、なんと言う速さだ。もうサグメ山がこんな近くに……」
ゴードンは初めてのヘリコプターの性能に驚愕した。私もヘリコプターに乗るのは初めてだ。デビットの操縦は快適で、揺れも少なく、あまり怖くはなかった。
目的地へ向かう道中、地上には幾つもの街や村が見えていた。きっと地上から見たヘリコプターは、彼らからしたらUFOだろう。音も大きいので驚かせていなければいいが。
タリドニアは平原が多く、たまに山を見かけるが、それほど高い山ではなかった。登山をするにはちょうどいい高さといったところだ。
ギルが数ある平原の中からニモリア平原を選んだのは、エルラドールやテルミナからの距離や、周囲の川、湖などの環境、村や街が近くにあるという補給のし易さが要因だったようだ。
ニモリア平原の近くには、リタ村と呼ばれる、村にしてはそこそこ大きめの街があるそうで、ニモリア領の領主の屋敷があるとのことだった。
歴史が古く、最初は人口15人程度の小さな村で、近くの湖からミスリルが取れることがわかってから、ぐんぐん村が大きくなっていったのだとか。
ミスリルはこの世界で最も硬く、尚且つしなやかな金属で、土属性の魔道具がないと加工できないのだと言う。
リタ村には優秀な鍛冶屋が沢山いて、日々、ミスリル製武具の製作に大忙しなんだとか。
そんな話をゴードンとしていたら、あっという間にリタ村上空に差し掛かった。王都ほどではないが、主要都市に匹敵する立派な街だ。
特徴的なのは、城壁がなく、どこから街なのか明確な区切りがない。このサイズの街なら、だいたい城壁があって、住民は特に用がなければ城壁の外には出ないのが通例だ。
この村は住居や農地が点々としていて、まるで日本の田舎のような平和な土地だった。
ヘリコプターはリタ村から程なく下降を開始し、眼下には広大な平原が広がっていた。美しい草原で、凹凸もなく、空軍基地を召喚するにはもってこいの場所だ。
平原に降り立つと、柔らかな風が頬を撫でた。ニアとモモは走り回り、転がっては草むらに寝転んだ。
私はそんな平和な光景が嬉しくて、2人の側に座って頭を撫でる。
すると、モモは立ち上がって私に抱きついた。
「サニーさま、平和だね」
「うん」
平和のために基地を作ろう。
平和のために武器を持とう。
「さ、このチビっこ達の未来のために、派手な基地を召喚してくれよ」
そう言うデビットは、どこか遠い目をしていて、まるで自分の子どもでも見るかのような優しい眼差しだった。
「よし! イメージは最新型空軍基地! 条件は2万人収容可能な施設と、発電施設付き! 戦闘機とか爆撃機とかも付いてきたらいいな的な欲張り召喚! いくぞっ!」
私は気合を入れて基地を召喚した。召喚した瞬間、いつもと違う力を感じた。いつもは魔法陣が現れて、そこから召喚物が出てくるのだが、今回は私の足元に魔法陣が展開したのだ。
時間も掛かった。足元から力を吸われているのがわかる。すると、私の足元からアスファルトが徐々に広がっていき、建物や施設の輪郭が黄色く光ると、少しずつ実体化していくように壁や屋根が形成されていった。
基地はとんでもなく大きく、私たちが立っているのは滑走路の一部だった。
管制塔と思われる高い建物や、十字マークが付いた医療用施設まで整っている。
「フォート・リバティーだ」
サミーが呟く。この基地は、彼が所属していたデルタフォースの本拠地だった。
「サミーは空軍だったの?」
「僕は陸軍だよ。デルタフォースは陸軍の特殊部隊なんだけど、作戦地域が世界各国だから本拠地はここ、空軍基地なんだ」
サミーは最前線で任務を行うエリート隊員だったそうだが、オペレーターとしての腕を見込まれ、無人機――プレデターやリーパー、ドローンの操縦を主な任務に変えていったのだと言う。
滑走路沿いの格納庫には、最新型と思われる戦闘機や、輸送機、大型の哨戒機やレーダーが搭載された管制機、無人攻撃機が多数格納されていた。
デビットとサミーの目が輝いている。
「なーなー! これ暇な時に飛ばしていいか⁉︎」
「いいよ。飛行機の管理はデビットに任せる」
「いよっしゃ!」
さて、本題に入らなければ。タリドニア城では、今頃500人の精鋭に、ニモリア空軍基地への配属が通達され、王都の南門に集合しているはずである。
私は滑走路に出て、大きめのポータルを開いた。ポータルを潜ると、そこは王都サルマンの南門で、ウェルギスが500人の精鋭を整列させて待っていた。
「やーやー、準備できたよー」
「お待ちしておりました。こちらも500名、着替えの準備や家族との別れの挨拶、戦地へ赴く覚悟を済ませております」
「重いな。いい心掛けだけど。週10日のうち、2日は休みだから、希望者には王都に一時帰宅することも許すからね」
「はっ。有難きお言葉。感謝致します」
「よし! 皆んな行こう!」
ぞろぞろとポータルを潜ってニモリア空軍基地へ。滑走路に立った兵士たちは、ウェルギスも含めて、皆、感嘆の声を上げた。
「整列ーーー!!!」
テスモア洞窟ダンジョンから帰った時のまま、黒い迷彩服にタクティカルベスト、ヘルメットを装備したデビットが大声を上げた。
500人の兵士たちが、ぞろぞろとデビットの前に整列を始める。50人が横に並び、10列の形で整列した。ウェルギスはデビットの隣に並んだ。
私は何か演説めいたものが始まると予感して、アイテムストレージから拡声器を取り出し、デビットに渡した。
デビットが拡声器を持って、拙いながらも、意味のわかる異世界語で兵士たちに告げた。
「デビット・ウォールバーグ少佐である!
フォート・リバティへようこそ!
ここは貴様らウジ虫を、少しはまともなクソ野郎に育てる地獄の訓練所だ!」
とんだご挨拶から始まったものだ。兵士たちはザワザワと騒ぎ出した。
「そこのウジ虫! 貴様! 前へ出ろ!」
少しボリューム高めの文句を言っていた前列の兵士を指差し、デビットは前へ出るよう命令した。
のそのそと歩いて前へ出る兵士を、デビットは思い切り投げ飛ばした。
ドターン!
「ぐっ!」
「立て。名を名乗れ」
「くっ、カシム・トーラス・マカウェル……」
よろよろと立ち上がり、名を名乗るカシムの腹に、デビットの鉄拳が突き刺さる。
「うぐっ!」
「サミー! 見本を見せてやれ!」
ウェルギスと同じように前に並んでいたサミーが、猛ダッシュでデビットの前に駆けつける。
サミーは非の打ち所がない立ち居振る舞いで、拡声器なしでも滑走路に響き渡る大声を出した。
「サー! イエッサー! サミュエル! マッコイ少尉! 第1特殊部隊デルタ作戦分遣隊所属! クソまずいメシが好きであります! サー!」
「おお、少しはマシなクソ野郎だ。それに免じて腕立て伏せ200回で勘弁してやる」
「サー! サンキュー! サー!」
サミーは猛烈な勢いで腕立て伏せを始めた。
「1! 2! 3! 4!――」
デビットは腹に手を当てて痛そうな顔をするカシムを一瞥すると、残りの兵士たちにこう告げた。
「なんだ? お前らはやらないのか? 何しにここへ来たんだ? 早速故郷へ帰るか?」
それを聞いた兵士たちは「何くそ!」という表情になり、カシムが1番乗りで腕立て伏せを始めた。
変な争いにならなくて良かった。彼らもある程度の厳しい訓練はしてきたはずだ。ブートキャンプ的なノリについていけるか不安だが、今の全員腕立て伏せをしている状況からして、デビットは上手くやってくれるだろう。
ニモリア空軍基地には、腕立て伏せの回数を叫ぶ兵士たちの声が響き渡っていた。
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