第71話 銃砲所持許可証

 ニモリア空軍基地を召喚して丸2日。



 王都では銃の所持ライセンス講習が始まっていた。講習は4日間行われ、講習修了証を持つ者だけが試験を受けることができる。


 第1回「銃砲所持許可証のための講習」は、先着順で50名の受講者に限定して行われ、あぶれてしまった人は整理券を渡し、第2回以降の試験を受けてもらうことにした。


 第1回の受講者は、貴族が半分、庶民の冒険者が半分となり、そこにはテッドたち最後の砦も含まれていた。

 貴族に関しては、大半がニモリア空軍基地に派兵されていて、集まったのは子爵以下の中下級貴族である。


 講師はメインがポールで、通訳としてギルがサポートする。

 講習会場は座学と実技訓練が行えるように、小さな駐屯地を王都の北側に召喚した。小さいと言ってもヘリコプターや数台の戦車、模擬戦訓練場を備えた立派な基地である。


 ポールはこの駐屯地が気に入ったらしく、「俺、ここに住むわ」と言って聞かなかった。デビットもニモリア空軍基地の司令室に住み込んでおり、みんな自分の持ち場が欲しいのだなと実感した。


 講習会場の体育館では、皆、慣れないフローリングとスリッパにツルツルと足を滑らせては、綺麗な床に感心し、ステージの前に整列した。


 ポールはマイクのスイッチを入れ、開催の挨拶を始める。


「責任者のポール・アリソンだ。歓迎する。異世界語、慣れてない。詳しい事は、ギルバート・ハモンドから説明する。皆、よろしく頼む」


 短い挨拶だったが、受講者たちは優しく拍手した。続けて、ギルが挨拶と、講習会の要領を説明する。


「ギルバート・ハモンドです。講習会に参加して頂き、誠にありがとうございます。本講習会では、4日後の試験に向けて、皆様に銃の知識と技能を身に付けてもらいます――」


 講習は最初の2日が座学、後半の2日が実技で、それらが修了次第、翌日に試験が開催される。

 ギルは試験なので落ちることもあると宣告した。試験は一次試験の面接と、二次試験の実技で選考する。本当は一次は筆記が良かったのだが、識字率の都合で面接とした。

 合格基準は100点満点中、90点とし、かなり厳しめだ。これはギルの助言もあり、事故や犯罪を防ぐためであると、珍しく真顔で語っていた。

 私も、その点については賛成だ。銃社会に事故や犯罪は、切っても切れない関係がある。間違っても乱射事件などあってはならない。


 ギルはその点について、座学が始まる前の初歩の初歩として、ステージで熱く受講者に訴えた。


 今の段階では、皆、専ら銃をダンジョンで使うことを想定しており、人に向けて撃つということは念頭にないようだ。

 今はそれでいい。私たち運営側は、将来も見越して行動しなければならない。


 子どもが銃を持つなんてことには、絶対にしたくないのだ。


 今回の受講者は、最年少が19歳だった。年齢制限については、カルロスたち首脳の意向もあって、満15歳以上とした。私は少し不満だったのだが、この世界では15歳で成人なのだそうだ。確かに19歳の彼も、面構えはいい大人である。



 ギルの挨拶も終わり、一行は座学を行う研修室へと赴いた。



 研修室は100人が収容できる大型の講堂で、大型のスクリーンやプロジェクター、マイク、スピーカーが備え付けられていた。


 ポールは既に自分のラップトップをプロジェクターに接続していて、この2日間、寝ないで私が召喚したDVDを編集し、この座学用に見易く字幕などを付けていた。

 ポールは、異世界へ召喚される前は、自身のタクティカルトレーニング用にDVDや本を出版していて、戦術指南教室の講師や、アメリカ軍の要請で特殊部隊への指導も行う敏腕だったのだとか。


「それでは、講義、開始します」


 ポールが最初に見せたのは、銃の残虐性だった。映像には、本来ならモザイクで隠すような悲惨な死体が鮮明に映し出され、ポールは映像に合わせて、銃の破壊力と恐ろしさを語った。


 それを踏まえて、銃を所持するということの責任の重さを説明し、これによる事故の防止のため、また、犯罪に防ぐために、これから銃を学び、技術を体得するのだということを教えた。


 受講生たちは、真剣そのものだった。特に事故により後頭部が吹き飛んだ幼児の映像は、彼らに銃を取り扱うことが責任重大であることを脳裏に焼き付け、これから先の講義も前のめりで取り組む覚悟を持たせるのに十分なインパクトだった。


 講義は午前中2時限、午後2時限の、地球時間で4時間行う。なんと昼ご飯付きである。


 昼休憩時には、ポールやギル、私にまで銃の仕組みや種類による有効射程の違い、戦術などを聞きにくる受講生が後をたたなかった。みんな熱心である。

 それもこれも、ポールの熱心な教育方針がそうさせるのだろう。誰かさんみたいにウジ虫やクソ野郎扱いすることもなく、優しく接する態度が人を惹きつけるのだ。

 まあデビットは軍人の育成、ポールは民間人の教育という違いがあるので仕方のないことではあるが。




***




 午後は由香里の様子を見に行った。


 由香里は武器屋と鍛冶屋を私の屋敷に集めて、ポールと似たような教育をしており、主にこれを売り物にすることの心構えを説いていた。


「従って、これを売るというコトは、凶器を人に与えるということデス」


 由香里の異世界語は、あと一歩でネイティブといったところだ。みんな適応が早い。私は中学までは熱心に英語を学んでいたが、高校からはついて行けなくなった。今や言語理解の能力で何でも理解できるが、新しく学べと言われたら眉間にしわが寄るだろう。


「イズモさん、弾薬も武器屋で販売させてはもらえんかのう。消耗品は食いっぱぐれない強みがあるじゃよ。鍛冶屋にばかり甘い汁を啜らせるのは酷じゃ」

「ネルじいさん、それじゃ鍛冶屋が贔屓されてるみたいじゃないか。うちは弾薬取られたらメンテナンス費だけで食って行かなきゃならん。それこそ酷じゃないか」


 銃本体は武器屋、迷彩服やタクティカルベストなどの装備品は防具屋、弾薬とメンテナンスを鍛冶屋に依頼した。

 弾薬が1番売れるのは確かだ。そこに目をつけたネルじいさんは鋭い。しかし――


「ネルさん、弾薬は、最初は数万発が完成品で卸されますが、そこから先は自前で作って頂きます。弾薬作りは精密な技と手先の器用さが求められるでしょう。それでも機材と部品を買い、暴発のリスクを背負って弾薬販売したいなら止めませんが」

「暴発……そんな事は聞いておらんぞ」

「鍛冶屋の皆さんにしか伝えてません。それを踏まえての卸値と希望小売価格です」

「道理で弾薬の利率が良い訳だ。ウチはそんな危ない商品取り扱えない」


 武器屋の面々が弾薬販売を諦めたようだ。誰に何を売らせるかは、天才ギルの采配だ。彼のバランスを崩してほしくないので、そのまま引き下がってくれ。


 商人たちは由香里の話をよく聞き、おおかた納得してくれたようだ。




 屋敷で由香里の話を聞いていると、ギルが入室してきた。私に用があるようだ。


「サニーたん、この惑星について色々わかった。衛星、飛ばせそうだから準備を頼むよ」


 ギルは、まずこの惑星の直径を測った。難しいことは良くわからないが、ギル程の天才になると、太陽までの距離や惑星の大きさ、そこから質量などを求めるのは簡単なことらしい。


 ギルが成そうとしているのは、軍事衛星の複数設置により、GPSや衛星電話、偵察や弾道ミサイルの軌道計測を行うことだった。


 ギルと外に出ると、庭ではゴードンが待っていた。


「お疲れ様。終わったの?」

「はい、無事に終わりました」


 ゴードンは教会の人事会議に呼び出されていた。デブが失踪したことで、新しい大教皇を選ぶ必要があったのだ。新大教皇は、スメーラ大司教が務めることに決まったそうだ。


「さて、サニーたん、まずは電波高度計を召喚してもらえるかな」

「ほいよ。異世界召喚。電波高度計」


 見るからに測定器のような高度計が召喚された。


 ギルの話によれば、高度計を持って、指定の高さに衛星を召喚してほしいとのことだった。細かい修正はギルがラップトップで行うので、大雑把な位置で構わないらしい。


 宇宙か。呼吸が出来ないので、空間魔法で体を覆って上空へ飛び立つことにした。1人は寂しいのでゴードンを連れて行く。


「ゴードン、横に立って?」

「はい」


 ゴードンごと空間魔法のキューブで覆った。しばらくは酸素も持つだろう。


 私は高度計を見ながら、立体空間をエレベーターのように上昇させた。


 ぐんぐん上昇し、街が点になっていく。それと同時にユーナデリア大陸の全体像が見えてきた。


「これが……ユーナデリア……」

「そう、これが大陸。私の勘では、他にも大陸があると思ってるんだ」


 雲ひとつない良い天気だった空からは、ユーナデリア大陸の北東に巨大な大陸が見えてきた。

 北西にも小さな島国と思われる、大陸と呼ぶには少し小さい島があった。


「ほら、あれが隣の大陸だよ」

「なんと……まるで大きさが違うではないですか」

「だね。どんな文明が発展してるんだろ。平和かな。それとも争い合ってるのかな」


 高度計が予定の高度を示し、私は立体空間を停止させた。まずはGPS衛星から設置だ。これがあれば2個目以降の衛星設置が楽になる。


「これが……惑星……」

「惑星ニルディーナ。ゴードンの故郷だよ?」


 衛星を召喚すると、立派な太陽光発電パネルやパラボラアンテナを装備した四角い箱が現れた。思っていたより小さい。


 衛星は落ちたり、どこかへ行ってしまったりすることなく、その場で安定した。


「これが衛星ですか……」

「そうそう、こうやって宇宙に浮かべとくの。さて、酸素なくなっちゃったら嫌だから戻ろう?」

「はい」


 登ってきたときは気付かなかったが、ファナとティルが見えた。大きい方のファナが青く、小さい方のティルは黄色かった。


 ゴードンは宇宙の広大さと、ユーナデリア大陸の比較をしていた。自分がこれまで世界の果てだと思っていた海が、実は他の世界へと繋がる扉だとは思わなかったのだ。

 さらには、他の大陸さえ小さく感じる宇宙が、ゴードンの価値観を激しく変貌させて行った。


 ゴードンは悟った。


 小さな大陸で戦争などしている場合ではない。


 世界はこんなにも広大で、知るべきことが沢山あるのだと。


 この時、聖騎士はこの景色を見せてくれた女神に感謝し、改めて忠誠を誓うのだった。


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