第69話 世界的異変

「宝箱だ!」


 私は感激の声を張り上げて走った。それに釣られて皆んなも走る。


 宝箱は薄っすらと赤い光を放っており、ゴードンが言った『神話級』を思わせるレアな印象だった。

 幾つもの宝石が散りばめられた立派な装飾で、この箱だけでも相当な価値がありそうだ。


 しかし、ゴードンが言うには、この箱は動かしたり、宝石を取り出したりは出来ず、中身を取り出すと消えてしまうのだと、本に記されていたのだとか。


「ほえー、リアル宝箱だ。これ見た事ある人はいないんだよね?」

「いません。本によれば200年前から宝箱は出現しなくなり、冒険者から成り上がる人間が激減したと記されていました」

「なるほどな。一攫千金の夢がなくなっちまったわけだ。それが何で今になって現れたんだ?」


 デビットが素朴な疑問を投げかける。


「わかりません。最近起きた異変と言えば……」


 ゴードンの脳裏には『私』という存在がぎった。私が思ったのは、200年前と言えば、エルヌスが消滅した時期と重なることだ。


「神……の存在?」

「なーに? サニーがこの宝箱出したの?」


 由香里が屈んで私の顔を覗き見る。


「私は何もしてない。でも200年前まで私の前任者がいたことは確か。それで消滅して……」

「話を纏めるとこうだね。エルヌスが居た時は宝箱が出現していた。それが封印という名の神殺しに遭い、100年後である200年前に消滅した。宝箱も出なくなった。そして今になってサニーたんが神として降臨した。宝箱も出現するようになった」


 ギルが私から聞いた情報と、現状を把握して答えを導き出した。天才が言うのだからそうなのだろう。


「さっき神話級とか言ってたが、他にもグレードがあるのか?」


 私はポールの疑問を通訳してゴードンに伝えた。


「レア度が低い順に、普通の木の箱、緑色の宝箱、紫のレア宝箱、金色の伝説級、赤の神話級です」

「ほっほー! いいじゃんいいじゃん! 開けてみようぜ!」


 ポールは待ちきれない様子だ。私も中身が気になる。大きさからして、剣なら入るサイズだ。槍は無理だろう。鎧も上手く収納すれば入りそうな高さである。


 皆を代表して、私が開けることになった。何が入ってても責めるなよ?



ガコッ。ギィーー。



 それは何とも現金な宝だった。私は金貨なんて見た事ないので、最初はメダル的な何かかと思ったのだが、ゴードン曰く「大金貨」だそうだ。大金貨は1枚で10万ダリア、日本円にしておよそ10万円の価値がある。

 それが箱いっぱいに収められていた。キビルがさっそく何枚あるのか数え出している。


 私は大金貨の山の頂上に、小さな宝箱が埋もれているのを見つけた。黒い宝箱で、艶のある装飾が施されている。これは持ち運びが出来るようだ。


 私が黒い宝箱を手に取ると、全員が注目した。私は皆にアイコンタクトで「開けるよ?」と目配せすると、そっと箱の蓋を開けた。


 それは今、1番欲しいものだった。


 箱に収められたそれは、近未来的な半透明の筐体きょうたいで、表面には美しい1から16までの文字盤が描かれ、時針、分針は2時14分を示し、秒針が小刻みに時を刻んでいた。


「腕時計だーーー!!! 欲しい! これ欲しい! 貰っていい⁉︎」


 反対する者はいなかった。ギルは、この時計がどうやって動いているのか興味津々で、半透明のベルトや筐体きょうたいを見る限り、光沢のある水色の表面からは、電池などが入っている様子もなく、歯車や動力源も見当たらなかった。


 私は腕時計に鑑定をかけた。すると、次のように表示された。


『神秘のゲシュトライド』

「唯一無二の時刻表示機能付き究極水属性魔法補助具。装着すると、世界を水没させるエタ・カース、あらゆる水を自由自在に操作するウォーター・ゲシュトライド、万物を貫通する水流を生み出すアクア・ジェット・キャノンを、略式詠唱のみで発動可能。魔力+500%。神秘のアーティファクトシリーズNo.9」


 何やら不穏な魔法が使えるようになるようだ。時計だけでいいんだが。というか、これは危険だ。たまたま私が拾ったからよかったものの、ダメな奴が手に入れたら世界が崩壊する。


 No.9ということは、少なくとも、あと8個は似たようなアーティファクトが出現するということだ。


 カルロスに言って、一旦、宝箱の中身を買い取る仕組みでも作ってもらうか――テルミナとエルラドールにもダンジョンがあるだろうから、そっちも働きかけなければ。


「サニー、そんな危険な物なら国に預かってもらった方がいいんじゃないか? 核より危ないぜ? それ」


 ギク。


 確かにデビットの言う通り危ない物だ。私が持ってていい理由もない。


 でも……


「や、やだ! これは時計だもん! 私は世界を滅ぼしたりしないもん!」

「サニー、子どもみたいな事言わないの。さあ、こっちに渡しなさい」


 由香里がお母さんみたいな口調で手を差し伸べる。


「嫌にゃ! これは私のにゃ!」

「ポール、やれ」

「はっ!」


 デビットの指示でポールが私を羽交締はがいじめにすると、サミーが私の右手から神秘のゲシュトライドを奪い取った。


「あーーーん! ゴードンたちけてーーー!」

「サニー様、危険なアーティファクトです。デビットに預かってもらいましょう」

「うわーーーん! 私の時計ーーー!」




***




――タリドニア城。謁見の間。


「ほう。これがアーティファクトか」


 玉座に腰掛けるカルロスに、ウェルギスが神秘のゲシュトライドを見せる。


 サモンドフォースは気をつけの姿勢で整列し、私はゴードンとキビルと3人で彼らの前に立っている。


「サニーよ、これが世界を滅ぼすというのは誠か?」

「それ腕に嵌めて『エタ・カース』って唱えると、世界が水没するらしい。ってかさー、鑑定が使えなければ呪文もわからないんだし、私が持っててもいいんじゃね?」

「おそれながら陛下、サニー様はそのアーティファクトがもたらす災害よりも、時計と言われる機能を欲しがっているのです」


 ゴードンが横からフォローする。確かにその通りだ。私が欲しいのは時計であって、良くわからん水魔法などどうでもいいのだ。


「ほう、確かに時を刻む絡繰からくりにも価値があるよな。こんな物見たことがない」

「発言を宜しいでショウか!」


 ギルが流暢な異世界語で発言の許可を求める。彼は既に異世界語のリスニングはマスターしていて、若干訛るものの、発音も8割方できている。


「ギルバート・ハモンド。発言を許可する」


 ウェルギスが許可すると、ギルは私の前に出てこう話した。


「サニーたんは時計を欲しがっておりマス! 一旦、そのアーティファクトをお借りシテ、時計の機能だけコピーさせてはもらえないでショウか!」


 ギルの説明によれば、カメラで秒針の動きを撮影して、1秒の長さをスローで確認し、それがわかればあの時計と同じものをコピーできると言う。


「! ありがとう! ギル!」


 私はギルの背中から抱きついた。


「ううぇへ! うぇへ! サ、サニーたんの抱擁……ぐへへへへ」




 カルロスは、ミナスとハイマンと連携して、ダンジョンへの立ち入りを国単位で管理すると宣言した。

 特にボス部屋の扉には兵士を配置し、所持品検査を実施するとのこと。


 鑑定が使えない彼らが、アーティファクトの使い方や機能を知ることはないが、怪しい物品は国が没収して、私に鑑定を依頼するとのことだった。


 一応、彼らにも劣化版だが、鑑定に似た魔法を使える人間もいるそうで、アイテムやモンスターの名前、そのレベルやレア度までは知り得るらしい。


 神話級はレア度5の赤い文字で表示され、神話級宝箱の出現率は、記録によると数万分の1だそうだ。

 私の運135000が猛威を振るった結果、神話級を引き当ててしまったのだろう。


 宝箱はボス討伐報酬以外にも、ランダムでダンジョン内に出現する。

 これは冒険者だけでなく、貴族達もこぞってダンジョンに押し寄せる可能性がある。


「カルロス、今回の件さ、国民への発表はまだ先にしてくれないかな。銃のライセンスと販売の準備をしてからにして欲しいんだ」

「むう、どれぐらいかかる?」

「ポール、ライセンスの基準とかどれぐらいで準備できそう?」

「3日……いや、2日でやる」

「オッケー、じゃあその間に武器屋に卸したり、鍛冶屋にメンテナンスの教育をしよう」


 本来なら国防軍の整備をしてから取り掛かる仕事だった。軍が先で、民間が後のはずが、これが逆になってしまう。

 急ぎ、最低限の装備だけでも軍に支給して、体裁を整えるか。忙しくなるなー。


 まずは基地を召喚してしまおう。人数は500人でいい。500人でも軍と言い張る。この500人を指導者として育成するのだ。そうすれば、また彼らが精鋭を育てて人員を増やしてくれる。


 この辺はギルにお任せしよう。時計の製作はその後だ。


 そうと決まれば、まだ日が高い。デビットの得意分野である空軍基地から召喚しに行こう。

 場所は決まっていて、ここから南東へ500キロほどのところにあるニモリア平原だ。



 そこをニモリア空軍基地とする。


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