第68話 イビルゴア

 ボス部屋へ続く通路は、他の部屋の通路と比べて広く、大人5人が横に並んでも通れる幅だった。


 ゴードンはここに3回訪れた事がある。キビルは2回だそうだ。100人で臨む大規模戦闘は昼から夜まで続き、小隊を2個に分けて、休憩しながら戦うのだとか。


 そう考えると、いま私たちが挑もうとしている9人チームは、ゴードン達からしたら狂気の沙汰である。




 しばらく進むと、立派な金属製の扉が正面に見えてきた。複雑な幾何学模様が描かれていて、この扉の先にイビルゴアがいるのだということを示していた。


「サニー、ジャベリンを」

「あいさー」


 デビットの指示で地面にジャベリンを出現させると、ポールとデビットがミサイル入りの重たいジャベリンを持ち上げ、扉の正面にそっと置いた。


 ゴードンの話によれば、この扉を開いただけではイビルゴアは出現しないらしい。扉の中に入って、中から扉を閉めると、部屋の中央にイビルゴアが出現するのだとか。なんともゲームっぽい仕様である。


 イビルゴアのレベルは78。魔力と魔法防御以外のパラメーターが80を超えているのではないかと、ゴードンは体感的に感じたそうだ。


 ちなみにデビット達のステータスは、ダンジョン侵入前は全員レベル1の初期値だった。現在のレベルがどうなっているかは確認していない。


「デビット、レベルどうなってる?」

「んー、と、俺はレベル51だな。サミーはどうだ?」

「僕も同じ。パーティー組んでるから全員に同じ経験値が入るんでしょ? そしたらレベル1から始めた僕らは同じレベルになるはずだよ」


 ステータスのパラメーター値はどうだろうか。これはランダム要素があるので一律にはならないはずだ。初期値にも違いがあった。


「筋力とかはいくつ?」

「おう、俺は筋力80行ったぞ。ポールは?」

「俺も80。魔力は初期値の5のままだワハハ」


 計算が合わない。デビットの筋力初期値は10だった。レベル51なら単純計算で61が最大値だ。考えられる要因は一回のレベルアップでパラメーターが2増加したということだろう。


「あれ? ボク魔力が80なんだけど。ちょっと待ってね。うーん、ひょっとしてサミーも魔力80じゃない?」

「うわ、ホントだ。魔力80」


 どういう事だろうか。ギルとサミーが魔力が上がった。彼らは魔法なんて使えない。

 ショットガンでレベルを上げたデビットとポールが筋力カンスト。軽機関銃組が魔力。なら由香里とサンディーは?


「由香里、サンディー、パラメーター何が上がった?」

「ふふ、技と俊敏が80だわ」

「私も同じ」


 何が影響したのか考える必要がある。武器の違いか、交戦距離の違いか。はたまた狙った部位の違いか。由香里とサンディーは主にヘッドショットだ。


 これは筋力、魔力、技、俊敏を上げたい兵士に有益な情報だ。ショットガンで近接攻撃しまくれば筋力が上がる。この情報を欲しがる兵士は五万といるだろう。


「デビット、この情報は売れる。ここだけの話にしといた方がいい。武器を売るときに『成長補正』として謳い文句にする」

「そりゃいい案だ。ボーナス期待していいか?」

「期待しといて」


 彼らは私に雇われている私兵という扱いになっている。給料は食料や雑貨、衣類などで、貨幣は支払ってない。これからお金が増えたら沢山支払ってあげよう。




「準備はいいか?」

「「「イエッサー」」」


 ゴードンとキビルが扉を開く。部屋は驚くほど広くて、天井も高く、野球が出来そうなドーム型だった。


 部屋の中央には祭壇のような、綺麗に磨かれた石で出来た大きな円形のステージがあって、周囲は2段の階段で囲まれている。


 また、それを囲むように4本の柱が立っていて、その表面には美しい模様が刻まれ、頂上には何かの力で浮いているクリスタルがゆっくりと回転していた。


「ここじゃ狭いな。もう少し近くに陣取ろう。チームを2班に分ける。第1班は俺、サンディー、サミー、ゴードン。サンディーはジャベリン発射後、班に合流しろ。ポール、由香里、ギル、キビルは第2班だ。サニーは上空から奴の頭にありったけの弾を浴びせろ」

「「「コピー」」」


「常に奴を頂点としてデルタ型に陣取れ。どちらかの班が狙われるが、走るぞ。今日はランニングしに来たんだ。逃げる、撃つを繰り返して恐竜野郎を仕留めろ」

「「「サー! イエッサー!」」」


 祭壇からおよそ30メートルに、第1班と第2班が横に距離を取って陣取った。上から見ると、祭壇を頂点として二等辺三角形になるような配置だ。デビットはこれをデルタ型と表現していた。


 サンディーが第1班と第2班の間で綺麗な立ち膝の姿勢を取る。その側ではポールがジャベリンを持って、サンディーの肩に載せる補助をしていた。


 サンディーは祭壇からおよそ8メートルの上方地点に予め狙いを定めた。


「ジャベリン、準備完了」

「了解。ゴードン、キビル、扉、閉めろ」


 ゴードンとキビルが重い扉をゆっくりと閉める。サモンドフォースはその様子と、祭壇に現れるであろうイビルゴアの位置を確認した。



 そして扉が閉まり切った直後――



 祭壇周囲のクリスタルが光を放つ。


「チッ! 総員! 暗視装置を外せ!」


 部屋は明るかった。私は慌ててゴードンとキビルに暗視装置を外すよう指示した。真っ白で何も見えない。ゴードンたちはそんな事は知らないので何も言えなかったのだろう。


 暗視装置を外すと、祭壇上に恐竜の輪郭が現れていた。まだ半透明だ。すぐに出現するわけではなさそう。


 やがて、半透明だったイビルゴアの皮膚が緑色であることが明らかとなり、奴の鋭い眼光が私たちを捉えた。


「プレイボール!」


 デビットの掛け声でサンディーが精密に奴の頭部を捕捉する。自律誘導システムのジャベリンは、赤外線画像から奴の頭部をロックオンし、その動きを捉えて逃さなかった。


「グオオオオオオオオオオオ!」


 イビルゴアの大きな顎が全開し、私たちを威嚇する。その直後、イビルゴアは太い足を踏み締めて第1班へと走り出した。


「撃て撃て撃てーーー!!!」


 全員がイビルゴアの角を狙って射撃を開始する。


シュゴオオオオオオオオ!


 ジャベリンから発射されたミサイルが、物凄い勢いでイビルゴアの頭部に向かっていく。


 その軌道は緩やかに弧を描き、走るイビルゴアの頭部を的確に追尾していた。


 それに感心したのも束の間、強烈な一撃がイビルゴアに命中する。


ドゴオオオオオオオオン!


 爆炎は慣性力でイビルゴアの後方へ立ち上り、イビルゴアはまるで自動車にでも轢かれたかのように吹き飛んだ。


 ゴードンは目の当たりにした。100人で数時間掛けて奴を疲れさせ、10数人で命懸けでトドメを刺したイビルゴアが、まるで調理前の鳥のように首から上を失って横たわっている。


 勝負は5秒で決まった。ジャベリン恐るべし。これを生物に使うのは、地球だったら非人道的行為とか言われていたかもしれない。


 デビットと由香里は、まだ戦闘態勢でアイコンタクトしては銃を構えてチームを前進させた。


 私もそれに合わせて銃を構えながら、ゆっくりと首がないイビルゴアに近づいた。首の骨がグチャグチャになっててグロいことになっている。


 デビットは、頭部を失っている事、ピクリとも動かない事、出血の具合から、心臓は止まっているであろう事から、イビルゴアは絶命したと判断した。


「達成目標クリア。皆んな、よくやった」


 ポールとサミーがハイタッチして喜ぶ。由香里は、イビルゴアの出現直後の写真が1枚しか撮れなかったようで、死体の写真を沢山撮っていた。


 こいつの素材は食料として内臓と肉だそうだ。武器の素材として角が高く売れるらしかったが、ジャベリンによって粉々になった。


「サンディー! ジャベリン凄いね! お疲れ様!」


 私はサンディーのお手柄を称えた。


「ふふ、ロックオンの性能が良かっただけ。私は高性能な道具を扱ったに過ぎない」

「またまたー、謙遜しちゃってー」


 ふと、ゴードンを見ると、キビルと何か話しているようだった。


 キビルは素朴な疑問をゴードンに投げかける。


「あれは一体どこまで飛ぶのだろうか」

「…………。敵陣の野営地まで飛ぶ可能性があると?」

「だとしたら、戦争が戦争ではなくなるな」


 映像で見るのと、実際に見るのとでは違う。彼らは目撃したのだ。自分たちとは次元の違う『暴力』を。


 ミナスやハイマンは、この真の暴力をまだ知らない。テルミナとエルラドールに売るのはアサルトライフルまでだ。ミサイル兵器や戦闘機などはタリドニアにのみ与えて極秘とする。


 敢えて交戦距離を違わせることで、タリドニアに圧倒的有利な状況とし、テルミナとエルラドールに降伏してもらうのが目標だ。


 私はゴードンにこの事を伝え、パトロギスを始め、主要な貴族達にも機密保持を徹底するようお願いした。




 イビルゴアの素材をアイテムストレージに収納し、デビットが撤収の指示を出したとき、この部屋に入ってきた扉――今は閉ざされているが、そこに向かう全員が、扉の前の宝箱に気付いた。


 いつしか、冒険者ギルドで『宝箱は何百年も出現していない』と聞いた。


 その宝箱は、赤に金の装飾が施された立派な箱だった。


「バカな! 宝箱が! しかも赤い……これは、神話級!」


 部屋にはゴードンの驚きの声が響いていた。


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