第67話 圧倒的火力

ズガガガガガガガガガガッ!


 テスモア洞窟ダンジョンの最初の部屋に、軽機関銃の弾丸がバラ撒かれる。

 撃っているのはサミーとギルで、暗視装置越しに器用にトロールを狙い、次から次へと薙ぎ倒していった。


 ゴードンは戦慄した。


 50体は居たであろうトロールが、ものの数秒で半分にまで減らされ、運良く近づいてくるトロールも、彼らの持っている棍棒では到底届かない距離で由香里とサンディーが見事にヘッドショットする。


 ゴードンは、武器の性能も凄いが、それを見事に扱い、的を外さない腕前に注目したのだ。

 動かない的なら当てられる自信はある。しかし、ああも体を揺すって歩く的に当てられるだろうか。


「最後の一匹は撮影用に残せ。由香里、撮れるか?」

「了解。撮影する! 攻撃を中断されたい!」


 遠くにいたトロールを一匹だけ残して、のっそのっそと近づいてくる様を写真に収める。由香里は顔や手、足といったパーツから、全体像、武器などを撮影した。


「写真よし! 攻撃を再開されたし!」

「隊長! 俺にやらせてくれ!」

「却下だポール。ゴードン、キビル、2人で倒せ」


 ゴードンとキビルは、教えられた通りMP5を構え、ドットサイト中央の赤い光に、トロールの頭部を重ねた。


「くっ! 動くな!」


 揺れ動く頭部は、歩くたびに照準が外れて撃つことが出来なかった。


「ゴードン、1番大きい部分、狙う。胸、鳩尾みぞおち、腹。俺、合図する。2人で撃て。3、2、1、撃て!」


パパパパパパン!


 ゴードンは鳩尾みぞおちを、キビルは胸に数発命中させた。


「グオオオオ!」


「よし! 怯んだ! 頭! 狙え!」


「はあああ!」


パパパパン!


 トロールの頭部は複数の銃弾によりグチャグチャになった。


「ゴードン、キビル、まず動き止める。次、頭狙う。覚えろ」

「わかった」




 私たちはトロールたちから素材の目玉をくり抜いた。チタン製のタクティカルナイフは切れ味抜群で、目玉に張り付いた筋肉をスッと切り取ることができた。


「なんて切れ味だ……」


 キビルがナイフの切れ味に驚愕する。


 素材は全て私のアイテムストレージに収納した。これだけあれば1ヶ月分の食事代にはなるそうだ。




***




 サモンドフォースは次々に部屋を攻略していった。サラマンダーの部屋ではポールとデビットが並ならぬ身体能力で接近戦をこなし、地下1階のゾンビ部屋では由香里とサンディーが的確に敵の急所を貫いた。


 そして迎えた地下2階の一室。


「次の部屋を攻略すれば、その先がイビルゴアの部屋です」


 通路でゴードンが無線を使って皆に案内する。私は通訳した。すると、ゴードンはこう続けた。


「デビット隊長、私とキビルはサニー様の護衛に専念したいと存じますが、よろしいでしょうか」

「ん? なんだ、なんかあんのか?」

「はい、次の部屋はサニー様は戦力になりません。おそらく通路に逃げ込んで出てこられないでしょう」


 ゴードンの表情を見ると、痛そうな顔をしていた。なんだろう。意味を知りたい。


「どゆこと? なんで私が逃げんの?」

「その、次の部屋はレベル71のチャーキーテーラーなのです。大型の昆虫型モンスターになります」


 私はピタッと通路に立ち止まった。


「私、急用を思い出しました」

「なんだ、サニー、ゴードンは何て言ってるんだ?」

「次の部屋は強敵だと……私には勝てない相手だと言ってる」

「サニー様、ご安心ください。私が指一本触れさせません。彼らもいます」


 私は重い足取りで最後尾から皆に付いて行った。先頭を歩くポールが部屋を覗き込むと、特に虫が嫌いでもないポールが苦言を吐く。


「うげ……気色わりー。これは虫嫌いじゃなくてもダメだぜ?」

「どれどれ、うわ……きっしょ。グロ」


 覗き込んだサンディーも思わず感情をあらわにした。私は見るのもカサカサという足音を聞くのも嫌なので目を瞑って耳を塞いだ。


「大きさは? 速さは? こっちまで来る?」


 私は半泣きで情報収集に努めた。


「大きさは大人が四つん這いになった程度で、非常に素早いです。彼らがいるので通路には入ってこられないでしょう。ご安心ください」

「ふう、じゃあここにいれば安全だ。ありがと、ゴードン。てか大人が四つん這いってデカいな」


 サミーとギルが敵に気付かれないように、そっと地面に伏せて軽機関銃を構える。その隙に由香里が写真撮影を済ませた。


「隊長、奴等が昆虫なら頭を吹き飛ばしても怯まず走ってくる可能性があります。仕留め損なった奴は前衛と中衛で処理してください」


 ギルが真面目に敵を睨む。等身大の昆虫に警戒しているようだ。


「了解。各員接近戦に備えろ。足の付け根を狙え。あの機動力を奪えば唯のデカい便所コオロギだ。奴等に下等生物だってことを思い出させてやれ」


 戦闘準備の号令と共にサモンドフォースが銃を構える。サミーとギルは地面に伏せて、その真後ろに由香里とサンディーが、左右にはポールとデビットが銃を構える配置だ。


「撃て!」


ズガガガガガガガガガガッ!


「キシャーーーーー!」


 巨大なカマドウマの姿をしたチャーキーテーラーは、異世界の暴力に圧倒された。6つの目でも捕捉できない弾丸は、体のあちこちに穴を開け、触覚は吹き飛ばし、方向感覚を失った奴等は闇雲に走り回った。


 運良く足が無事だった個体がサモンドフォースに飛び掛かる。


 ポールは呼吸を合わせて、奴等が落下してくるところを的確に撃ち抜いた。紫色の体液が飛び散る。


 通路にいた私はショットガンの音を聞いて、接近戦になっていることを察した。


「ひえええ! 近い! 近いー! やだー! 逃げるー!」

「ゴードン! 一匹! 撃て!」


 デビットの切羽詰まった大声が聞こえた時には、ゴードンとキビルがMP5を撃ちまくっていた。


「キシャーーーーー!」


 目を瞑りしゃがみ込む私は、その奇声がすぐ近くであることを確信した。


「ぎにゃーーー! 近いにゃーーー!」


 MP5の銃声が止まり、キシキシという小さい頃にカブトムシを捕まえた時に聞いた音が聞こえる。


「ゴゴゴゴゴードン! 近い! いる! 絶対いる!」

「申し訳ございません。接近を許してしまいました。ですが奴はもう死ぬ寸前です。動くことはありません」


 私はすぐ近くまで来ていたゴードンにしがみ付いた。ゴードンの脇腹から覗き込むと、暗視装置越しなので色はよくわからないが、昔、友人の別荘で見た大量のカマドウマを思い出した。


 ツーリングで栃木に出かけたのだが、金持ちの友人は別荘を持っていたのだ。別荘に宿泊した私は、風呂の掃除を頼まれた。立派な檜風呂で、湯船には木製の蓋がしてあった。


 湯船を洗おうと蓋を持ち上げた私は絶句した。


 そこには数百匹というカマドウマがうごめいていたのだ。


「ぎゃーーー!!! 虫っ! 虫っ! ゴードン! 虫っ! どっかやって! きもい! グロい!」


 私はゴードンにしがみ付き、ゴードンのお尻をバシバシ叩く。それを見たキビルが、奴の足を持ってズルズルと部屋の方へ引き摺っていった。


 部屋ではサモンドフォースの皆んなが、瀕死の奴等にトドメを刺して回っていた。


「うーわ……ゴキブリ並みの生命力。どこ撃てば即死してくれるんだ?」


 サミーが拳銃で頭部を吹き飛ばしながら、それでも逃げようとする奴を見て苦言を呈する。


 私は暗視装置のスイッチを切った。暗闇なら奴等を見なくて済む。暗闇の中、ゴードンの手を探した。腕がここにあるから、手はここにある。


 ゴードンと手を繋ぐ。ゴードンの手はあったかかった。


「サニー様、少々お待ちください」


 ゴードンはMP5を背中に回すと、私をお姫様だっこしてくれた。暗闇で表情は見えなかったが、きっと真面目な顔をしているのだろう。


「ゴードン、こいつらの素材は何なの?」

「触覚と腹の肉です」

「肉……まさか食うの?」

「美味ですよ? 生でも食べられます」

「うう……吐き気がしてきた……」


 周囲では皆んなして奴等を解体していた。生でも食べられることを知ったポールがナイフで一口頬張る。


「あ! うめー! エビだ!」


 やはりエビか。


「すごい……これだけあったら一年は遊んで暮らせるぞ……」


 キビルの発言から、この素材が高級なものであると悟った。食堂とかに売るのだろうか。


 所々紫の筋が入った白い切り身が、部屋の中央に山盛りになっている。そのかたわらに触覚が大量に揃えて置いてあることが、虫の残骸であることを強調していた。


 こんなに荷物を持ち運べる人間などいないので、仕方なくアイテムストレージに収納する。触るわけではないので、収納してしまえば、さほど不快感はない。




 次はボスだ。虫じゃなければ怖くないぞ。私はその時、別のダンジョンでは昆虫型の大型ボスがいたりするのだろうかと考えていた。

 今回の敵は、全員物理攻撃が有効だったが、ゴースト型で、物理が効かない敵もいるかもしれない。


 油断大敵だ。危なかったら私がラプチャーを使う事も、心の準備だけしておこう。


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