第65話 聖騎士ゴードン

――聖神歴585年13月33日。

――王都サルマン。サルマン神殿。


 この日、ゴードンは聖騎士にクラスチェンジするため、サルマン神殿の控え室で専用の鎧を装備していた。



コンコンっ



「どうぞ」

「やっほー。準備できた? うわ! カッコよ!」


 神官2人に鎧を着せてもらい、マントを装備しているところで私が入室した。

 鎧は特注で、青ベースに赤のラインや美しい模様が描かれ、形も細身でゴツくなく、ゴードンの足の長さが強調されるデザインだった。


 私もゴードンが仕える神として、祭壇に上がる段取りになっていて、神殿が用意してくれた特注の祭服を身に纏っている。

 デザインは豪華な神官服で、なんと真っ赤っかである。所々、金の装飾や模様があしらってあるが、これは目がチカチカする赤さだ。


 ゴードンは私の姿を見るなり、跪いて手の甲にキスした。


「女神サニーの祝福を賜らんことをお祈り致します」

「わかった。祝福するね」




 礼拝堂では、溢れんばかりの参拝客がひしめき合い、吹き抜けの2階席も満員だった。


 礼拝堂に並ぶ沢山の座席には、貴族たちが鎧姿で腰掛けており、カルロスもまた、青い鎧を身に付けて座っていた。


 儀式の準備として、私は祭壇の中央に立たされた。その前方には、実質教会トップのスメーラ大司教が入り口の方を向いて立っている。


 こうして立ってみると、礼拝堂は何もかもが美しく輝いていて、正面のステンドグラスから溢れる光が、礼拝堂を色鮮やかに照らしていた。


 入り口すぐそばの壁沿いには、サモンドフォースの6人も見学に来ていて、私が彼らに気付くと、デビットが手を振って微笑んだ。




 入り口の外では、閉ざされた正面扉の前にゴードンが待機していた。

 ゴードンの背後には、2人の司教と、神官服を着たガトリーの姿があった。

 通りには、ゴードンの入場の第一歩をひと目見ようと集まった観衆が道を埋め尽くしていた。



 教会の鐘が鳴る。



 それと同時に教会の扉が開かれ、美しいオルガンの旋律と聖歌隊の歌声に合わせて、ゴードンがゆっくりと、尚且つ凛々しく、一歩一歩祭壇に向かって来る。


 近付くほど明らかになる真剣な眼差しは、戦場で見た『覚悟』の目で真っ直ぐに私を視界に捉え、この儀式に臨む姿勢を表していた。


 聖歌隊の歌が終わると同時に、ゴードンは祭壇の手前で跪き、よく通る美声で口上を述べた。


「ゴードン・フォア・ラッセル、誇り高き英雄、主サラエドのお導きにより参上致しました。女神サニーの偉業に貢献し、幸運にもこのような場に召喚されましたこと、心より感謝申し上げます」


 すると、スメーラ大司教は祭壇を降りてゴードンの正面に立ち、こう返した。


「勇敢なる戦士、ゴードン・フォア・ラッセルに命じる。今日この日より、司教として更なる研鑽に励め。また、主サラエドの使徒として、女神サニーに仕える聖騎士となることを許す。ただし、あくまでも其方そなたが信じる神は主サラエドであり、聖騎士の加護は主サラエドによりもたらされることを、ゆめゆめ忘れるなよ」


「はっ。心に刻みます」


 教会が正式に私を神と認めた瞬間だった。これは一神教には重大な決断であり、唯一絶対の神を改め、多神信仰に進路転換したことを意味する。


 彼らにしてみれば多大な意識改革で、相当な心労を伴う苦渋の選択だっただろう。

 だがこれでいいのだ。『他を認める』ところから、戦争の火種を消していく。

 ゴードンの聖騎士叙勲は、思わぬ形で私の平和への活動を助けてくれた。


 テルミナやエルラドールでも同じような宗教改革が必要だろう。しかし、今回は運良く上手く行ったが、宗教はデリケートだ。一歩間違えれば火に油を注ぐ行為にもなりかねない。


 慎重に、慎重に取り組もう。




 スメーラ大司教の元には、1人の神官が一振りの剣を持って訪れていた。

 剣は白く太い鞘に金の装飾が施された片手剣で、ゴードンがいつも装備している剣と同じようなサイズだった。


 スメーラ大司教は、剣を鞘から抜き出すと、刃の方を手に取って、柄をゴードンに向けて差し出した。刃はオレンジ色に輝いており、唯ならぬ金属で出来ていることが窺える。


「聖剣ナーヴァを其方そなたに託す。これを受け取ることは、聖騎士となり、命を賭けて使命を全うすることに承諾したとみなす」


 ゴードンはスメーラ大司教に覚悟の表情を見せた。そしてそれは、スメーラ大司教の後ろに控える私への忠誠を誓う眼差しでもあった。


 ゴードンが両手で聖剣ナーヴァを掴む。


 その瞬間、荘厳な曲調でオルガンが鳴り、聖歌隊が力強い歌声を響かせた。聖騎士の歌だ。歌詞は『旅立ち』や『勇気』といった、これから始まるゴードンの戦いを表していた。


 ゴードンが立ち上がり、聖剣ナーヴァを鞘に収めると、スメーラ大司教は祭壇の端に控えて、私とゴードンを対峙させた。


 ゴードンが真っ直ぐ私の正面に歩み寄る。


 私と見つめ合って数秒、間を置くと、ゴードンは両手で聖剣ナーヴァを前に出し、跪いて私に献上した。


 私は剣を受け取り、鞘から抜いてゴードンの肩に載せる。儀式の段取りは予め聞いているので、さほど難しいことではなかった。


「汝、我が剣となり、渾身の勇気で敵を屠ると誓うか」


「はい。誓います」


「汝、我が盾となり、不屈の精神で我を守ると誓うか」


「はい。誓います」


 めっちゃ緊張する。みんな見てる。あとはゴードンの名前を言って、締めくくれば終わりだ。ここはキメ顔でカッコよくまとめよう。



「ゴードン・フォア・ラッちぇる――」



 噛んだーーーー!!! バレたか? みんな見てる?


 礼拝堂を見渡すと、真顔が2割、笑いを堪えているのが7割、吹き出しているのが1割だった。


 おいテッド笑ってんじゃねーよ! カルロス! 顔真っ赤にして堪えてんじゃーよ!



「ゴ、ゴードン・フォア・ラッセル。汝を聖騎士と認める。汝に祝福を。リーエス・エル・サドーラ」


 呪文を唱えると、ゴードンの体は青い光に包まれた。聖歌隊の歌が最高潮を迎える。光は数十秒に及びゴードンを祝福し、光が消えると共に教会の鐘が鳴った。




***




「ふぁー! 肩凝ったー!」

「お疲れ様でした」


 ソフィアが労いの言葉と共にアイスミルクティーを机に置く。


 私たちは屋敷に戻ってきていた。この広いリビングにも慣れて、ジャージ姿でソファーに座っていると落ち着く。

 人が多いのも落ち着く要因のひとつだろう。リビングにはゼニスを始めとした使用人と、サモンドフォース、私を守ってくれる聖騎士がいるのだ。


 ニアは私が召喚した組み立て式の船のラジコンを、ポールと一緒に箱から出している。目が飛び出すんじゃないかってほど大きく見開いて、頬を真っ赤に染めて満面の笑みだ。


 モモはリラックマとコリラックマ、キイロイトリの特大ぬいぐるみを召喚したら、嬉しさのあまり泣き出してしまったが、由香里とサンディーが『おままごと』を教えて、今はお母さん役でニコニコしてはコリラックマに架空のプリンを与えて抱きしめている。


 ギルは昨日ひと晩、宙吊りの刑にしたのが効いたようで、少しは距離感を保ってくれるようになった。しかし、イヤらしい発言と目つきは変わっていない。


「サ、サニーたん、肩でも揉みましょうか? うへっ、うへへ」

「そのイヤらしい指の動きを止めろ。軍の構成はどうなってんの?」

「終わりました。陸、海、空、基地を3つに総司令部1ヶ所、陸6万、海2万、空2万の人員構成で――」


 仕事はできるんだよなー。さすが天才といったところか。少しはご褒美あげないと拗ねるかな。


 ギルの話によれば、戦車や戦闘機などの必要数、アサルトライフルをHK416で統一すること、訓練期間は8ヶ月を要することなど、事細かに計画を立てていることがわかった。


「ギル、訓練期間10ヶ月で、全員精鋭にしてくれたら、一緒にお風呂入ってあげる」

「ファーーーーー! 10ヶ月! 間違いなく精鋭に育て上げてみせるであります!」


 ギルは光の速さでラップトップを準備し、何かをカタカタと入力し始めた。おそらく訓練プログラムを作っているのだろう。


「あれ? なんか俺だけくつろいでるみたいだな。俺も言葉の勉強でもしようかな」

「いーんだよデビット。ゆっくりしてなよ。みんな好きなことしてんだから。私の話し相手にでもなってよ」

「そうか? ならとっておきの話を。あれはエリア51で訓練してる時だったんだが――」


 そうだ。急がなくていい。こつこつと進めていくのだ。『良きことはカタツムリの速度で動く』ガンジーの言葉だ。


 今日はゴードンの晴れ舞台だった。明日は何をしようか。しばらくのんびりするのも悪くないかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る