第64話 サモンドフォース

――王都サルマン郊外。サマダ湖公園。



 私は新しく召喚した6人のチームを連れて、湖周辺を散歩していた。ゴードンとキビルも護衛で付いてきて、ニアとモモも同伴させた。


 召喚された彼らは英語でこの世界について色々聞いてくる。




「敵国は剣と魔法が武器なんだろ? 魔法の射程ってどれぐらいなんだ?」


 そう問いかけるのはソフトモヒカンのポール・アリソン。34歳男性。


 最初に召喚したタクティカルトレーナーだ。彼はこの世界の国々の情勢や、戦争の背景、武器を踏まえた上で、停戦後の再戦を想定している。前向きな性格で、この世界に召喚されたのは主キリストの試練であり、これを乗り越えることが彼の使命なのだと言う。


「魔法にもよると思うけど、たぶん15メートルから20メートルぐらい。大規模なものだと500人殺せるらしいから、もっと長いかもね」




「オー、ワオ。500人も一度に殺せるなら、ちょっとした弾道ミサイル並みじゃないの?」


 500に反応したのは数々の軍事機器を扱ってきたオペレーターのサミュエル・マッコイ。天然パーマにもみあげと繋がった顎髭、整えられた口髭が特徴の24歳男性で、このチームでは最年少。


 日本のアニメが好きで、異世界召喚にも理解がある。好きなアニメは『〇スラ』。私も転〇ラ好き。




「弾道ミサイルじゃオーバーキル。500人の密度にもよるけど、トマホークでも殺せる」


 最後尾から意見するのは、ミサイルのプロ、金髪ボブカットのアレクサンドラ・ノーマン。28歳女性。彼女が好きなのはFPSゲームだ。


 皆からはサンディーと呼ばれている。アレックスかと思ったが、サンドラの方を短縮してサンディーだそうだ。




「問題はそこじゃない。彼らにも射程は短いが対空兵器があると思って作戦を考えるべきだ」


 チームで1番リーダーシップを発揮しているのが、このデビット・ウォールバーグ。42歳男性。召喚直後は彼が皆の意見をまとめて、私に衣食住の保障を求めた。チームのユニフォームを黒とグレーの迷彩服にしたのも彼の提案で、少々強引に話を運ぶ癖がある。


 召喚前はアメリカ空軍特殊作戦コマンドに所属する少佐だったそうで、訓練生に対する教育も行っていたとか。期待できそうだ。




「ねえ、保留になってたチーム名はどうするの? 早いうちに決めた方がいいんじゃないかしら」


 若くして潜水艦「くろしお」の艦長に抜擢された出雲いずも由香里ゆかりが話題を変える。彼女は落ち着いた雰囲気のショートヘアーだが、チームの雰囲気を察して明るく振る舞ったり、ポジティブな発言をしたりする静かなムードメーカーだ。


 異世界転移に混乱するメンバーを落ち着かせたのも彼女で、趣味は読書、好きなジャンルはファンタジー小説だそうだ。




「サ、サササ『サニーレンジャー』を提案するでありますっ!!!」


 一際キモいのがこのギルバート・ハモンド。27歳男性。私に一目惚れしたそうだ。もはや隠すことなくロリコンであることをカミングアウトしてきた。


 空軍に所属していたデビット曰く「1000年に一度の天才」だそうで、12歳でMITを卒業し、14歳でハーバードを卒業した神童とのこと。22歳でアメリカ海軍特殊作戦コマンドの司令官に抜擢され、その直後、児童誘拐の容疑で逮捕。わいせつな行為をしたとして、海軍をクビになった。


「ギル。次その目で私を見たらブン殴る」

「おっふぉ! ご褒美であります!」


ボゴォ!


「幼女サイコーーー!!!」


 ギルことギルバートは吹き飛び、湖に沈んでいった。




「さて、サニーレンジャーは放っておいて、何か良いチーム名の案はないか?」


 戦闘機乗りのデビットがギルを放置して仕切り出す。正直言って何もしなくても済むので助かる。


「ハイっ!」


 由香里が姿勢良く挙手する。


「サモンドフォース! どうかしら!」


 タクトレのポールと、オペレーターのサミーが顔を見合わせて「いいね!」と首肯する。ミサイルのプロ、サンディーは「フフフ」と納得した様子で笑った。


 斯くしてサモンドフォースは、リーダーをデビット、サブリーダーを由香里とし、ポール、サミー、サンディー、ロリコンが仲良くタリドニアの軍事化を指揮することとなった。




***




「1ヶ月!」


 私はポメラに備忘録を入力しながらサモンドフォースに期限を突きつけた。


 そこは貴族街の屋敷のリビング。散歩から帰ってきた私たちは、そのままリビングに入って会議をしていた。


「1ヶ月か。ギリギリだな。おそらくギルが1番早く習得するだろう」


 デビットはそう言うと、テーブルに置かれた異世界の文字が書かれた紙を見つめる。私が書いたこの世界の文字一覧だ。

 この世界の言語は英語に似ていて、33文字をベースに組み合わせた単語で、主語、述語などが構成されている。


「パソコン召喚してくれると助かるんだけど」


 電子機器なら何でも使いこなすサミーがパソコンを要求する。


「いいけどWindowsとmacOSは使えないよ?」

「そんなのいらないよ。僕はLinuxしか使わないからね。サニーはイメージしたものを召喚できるんだろ? なら僕のラップトップを召喚してくれないかな」

「AIアシスタントとか入れてる?」

「入れてない。勝手にあれこれ起動するソフトなんて使わないよ」

「了解。異世界召喚。サミュエル・マッコイのラップトップ」


 明らかに軍事用と思われるゴツゴツのケースで防護された、カッコいい見た目のラップトップが召喚された。この世界では貴重なパソコンだ。


「よーし。これこれ」


 私を含め、皆んなサミーが操作するラップトップを覗いている。

 画面にはスパイ映画で見るような、見慣れないインターフェースが映し出されており、サミーが高速で何かをタイピングすると、それに合わせて画面に文字列が入力されていく。

 沢山のウィンドウが展開すると、何かの描画ソフトが起動した。


 サミーは異世界の文字を見遣ると、スイスイと描画ソフトに文字の形をコピーしていく。それに関連付けて、発音や入力キーを割り当て、ついに異世界における33文字と10個の数字の文字コードを作ってしまった。


 サミーが表計算ソフトを起動して問う。


「サニー、異世界語でHello worldってどう書くの?」


 私はラップトップのキーボードを叩いて、異世界語の綴りを入力した。


「OK。これがHelloでこれがWorldね。へへ、この調子で単語帳を作ろうよ。1週間で簡単な日常会話ができるとこまで持っていくのが目標かな」


 直近の目標が出来た。1週間は缶詰だ。でもこればっかりやってたら頭がおかしくなりそうなので、息抜きに何かして遊ぶのも必要だろう。


 彼らをダンジョンに連れて行ったら、どんな反応をするだろうか。彼らの個々の戦闘能力を見るためにも、一度テスモア洞窟ダンジョンにでも行ってみたい。


「サニー、質問なんだが、このラップトップをもう一つ召喚しようとしたらどうなるんだ? 俺もLinux使えるから欲しいんだが」


 ポールが難しい質問をしてきた。サミーのラップトップは世界に一つしかないものだ。召喚に失敗するか、万が一、召喚できたら新たな発見が生まれる。


「面白い事考えるね。ちょっとやってみようか。異世界召喚。サミュエル・マッコイのラップトップ」


 すると、最初のサミーのラップトップを召喚した時と同じようにテーブルに魔法陣が現れ、サミーが操作しているものと同じものが召喚された。


「出来ちゃったよ……」


 これは大発見だ。つまり、私の異世界召喚は、地球にあるものを『転移』させているのではなく、『複製』しているということになる。


 私は彼らに重大な事実を伝えた。


「これさ、君たちはコピーされてここに召喚されたってことだね。オリジナルはまだ地球で暮らしてるってことだわ」

「ひゃっほーい! これでサニーたんに何してもまた召喚してもらえれば復活できるー!」

「ひえあ!」

「はあ! はあ! 幼女の匂いクンカクンカすーはーすーはー!」


 ギルが私に抱きつく。私は殺さない程度にボコボコにした。そしてロープでグルグル巻きにして天井から吊るした。


 ラップトップを人数分召喚する。私はLinuxなんて少ししか触った事ないんだけど、一応便利な道具なので持っておくことにした。使い方はサミーに教わるとしよう。




 その夜、身内だけだが、私の屋敷でサモンドフォースの歓迎会が開かれた。

 ゴードンとキビルは、ポールの戦術指南にすっかり心を開いて、部屋の一角でタクティカルトレーニングをしている。

 サミーは仕事の虫で、ラップトップから離れようとせず、私と一緒に単語帳の作成に勤しんだ。

 由香里とサンディーはモモとニアの面倒を見てくれている。サンディーは絵が上手で、紙とペンを用意しては、写真のようなモモの肖像画を描き上げてプレゼントしていた。

 そんなモモを嫌らしい目で舐め回すように眺めるギルは、デビットの監視の下、大人しく国防軍の組織体系、人員構成をラップトップにまとめ上げていた。


 彼らには数ある客室の中でも、広い部屋を与えて、各自不自由のないように、必要なものを召喚した。


 そうしてサモンドフォースの1日目の夜は更けていき、身の危険を察した私は、モモと一緒に寝室に入り、案の定、夜這いに来たギルを叩きのめしては、ロープでグルグル巻きにして窓の外に吊るしたのだった。

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