第6章 軍事国家

第63話 タリドニア国防軍

 スクリーンには、戦闘機や戦車、戦艦などが投影され、そこから発射される数々の弾薬やミサイル、それらの破壊力が映し出された。


 カルロス達は、最初は銃単体の仕組みや構造、その射撃シーンで「おおー!」という驚きのリアクションをとっていたが、それが装甲車、機関銃、迫撃砲とスケールが大きくなるにつれ、驚きを通り越して、それらの兵器が戦争に使われたらどうなるのか顔を青くした。


「サニー、一旦止めてもらえるか?」

「あ、はいよ。一時停止っと」


 私は空挺部隊の降下シーンを同時通訳していたところで、カルロスの要望により説明を一旦止めた。


「サニーよ、これらの兵器は実際には使われておらんのか?」

「そうだね。皆んな訓練してるだけで実戦はしてないよ」

「この日本という国の他にも、このような兵器を作って訓練しておるのか?」

「うん。アメリカとロシアっていう国があるんだけど、その2カ国は日本よりも強烈な兵器を持ってるよ」

「強烈……どんな兵器なのだ?」

「大陸が吹っ飛ぶね。しかも大陸のどこに居ても射程範囲内だよ。だから皆んな迎撃ミサイルを持ってるんだ。飛んでくる破壊兵器を空中で撃ち落とすために」

「大陸が……それは最早戦争とは言えんだろう……」


 剣や槍が主な武器の彼らには、魔法があるとは言え、ミサイルの存在が、さぞ脅威的に見えたようだ。


 私は彼らの反応を見て、核兵器のDVDを見せることにした。今なら核の恐ろしさと、それを所持することの是非を問えると思ったからだ。


 自衛隊のDVDは一時中断して、核実験について解説したDVDを投入する。


「これから見てもらうのは地球最強最悪の兵器。核兵器の映像です。皆さんには、これを所持するか、放棄するか、どちらが平和に必要か考えながら見て頂きたい」


 全員が生唾を飲み込んでスクリーンに注目する。私はその様子を見守りながら再生ボタンを押した。



 映像は巨大なキノコ雲から始まった。



 実験用に置かれたのであろう自動車が燃え上がり、衝撃波で吹き飛んでいく。

 マネキンが配置された家は室内のあらゆる物が蒸発し、建物ごと吹き飛ばされて更地になった。

 島は深さ50メートルのクレーターと化し、爆炎は雲を突き抜け、何層もの円環状の雲を生成しては、この世のものとは思えない光景を作り出していた。



「地獄だ……」


 ゴードンが思わず漏らす。



 現存する最大の水素爆弾の解説では、CGにより日本列島が跡形も無く海に沈む様子がリアルに映し出された。私はCGが何かわかっているが、実際の映像だと思って見ている彼らは戦慄した。


「ど、どれぐらいの島だったのだ?」


 シャロンが初めて見せる狼狽うろたえた様子で問いかける。


「人口1億2000万人。国の面積はこの国の5分の1ってところかな」

「5分の1が……吹き飛ぶ……」

「5発撃ったら国が消滅するってことだね」


 シャロンがガクッと椅子から落ちそうになるのを、隣にいたシャルマンが抱き抱える。


「もう十分だね。この映像は終わりにしよう」


 私はディスクを取り出した。


「さて、ここで皆んなに聞きたい。


 この兵器、持つ?

 それとも封印する?


 率直な意見が聞きたい」


 めずらしくタルマイジ卿が真っ先に手を挙げた。


「人智を超えた力です。持つべきではないと進言いたします」


 皆、タルマイジの意見に肯定的な反応だった。うんうんと頷くもの、「神に対する暴挙」とまで言うものも現れた。


 そんな中、青白い顔をしたシャロンが声を張って皆に伝える。


「皆んな、勘違いしているようだな。私の具合が悪いのは核兵器の脅威に恐れをなしたからではない。この兵器の使い方を想像したら気分が悪くなったのだ」


 使い方か。興味深い。


「どう使うの?」

「簡単だよ。脅しだ。エルラドールやテルミナに向けて脅すのだ。『要求を飲まないと国土を消滅させる』とな。問題はここからだ、威力や被害の大きさに、先方が引き下がってくれればいい。だが交渉が決裂したら? 私は果たしてあのミサイルを撃てるのか……」


 核を所有するなら、撃てなくてはならない。脅しは実際に使用する迫力があってこそ初めて意味を成すのだ。いざ使用するとなったときに尻込みするようでは脅しにならない。


「私はさ、色んな結末を想定してるよ? その中で、この核の使用による戦争終結は、最悪のものと考えていい。だけど、私の故郷はそれを乗り越えて平和を築いた。核の使用が平和と相反するものであるとは決して言えないんだよ。


 カルロスに問う。ハイマンやミナスを殺す覚悟があるかい?」


 王の器が試される時だ。私はタリドニアに核を所有してもらうことに賛成だ。なぜなら脅威はこの大陸だけではないからだ。まだ調べていないが、他にも大陸は必ずある。この大陸の戦争が終わっても、他の文明との争いは起きないとも限らない。その時、持てる力の全てを以て、全力でユーナデリアを守るには、核が必要だ。


 カルロスは、沈黙の後、重い腰を上げてこう語った。


「ハイマンとは40年来の付き合いだ。ミナスは赤子だった私をおぶって川に転落しおった」


 カルロスは昔を思い出しているようで、少し笑みを浮かべた。しかし、その直後、両目からは涙が溢れた。


「なんということだ。同胞を殺すというのはこんなにも辛いものなのか。これが戦争の代償か。止められる戦いを何度も止めずに促してきた。その報いは、確かに我らが受け止める義務がある。


 ならば!


 ならば私も甘んじて受けよう!


 この核を使用する時、私が全責任を持ってハイマンとミナスに引導を渡す!


 しかし、その時は私も死のう!


 彼らだけに罪があるのではない!


 私は宣言する!


 命を掛けて、この核を使わせないよう、あらゆる手段を講じる! その為ならば如何なる努力をもいとわない! 無人島の1つや2つ吹き飛ばしてでも彼らに戦争をやめさせてみせる!」


 カルロスの男泣きは会場の皆の心を揺さぶった。それは、私にこれが答えであると確信させた。


 本当は戦争なんてしたくないのだ。


 今こそ、エルヌスの呪いから解放されるときだ。もう300年も復讐したのだ。きっとエルヌスも満足しているだろう。


 ダナトスを止める準備もしなければならない。2年の停戦期間終了後、奴はまた戦争が再開すると思っている。それが為されなかった時、奴はどんな行動に出るだろうか。


 奴を止めるのは私の役目だ。


 最悪、殺してでも止める。


「陛下、お一人では逝かせません。その時は私もご一緒致します」


 シャルマンが覚悟の表情でカルロスの肩を持つ。ウェルギスもまた、同じ気持ちだった。


 これ以上、映像を見せる必要はないだろう。彼らには強力な兵器を所持する心構えがある。いざという時、それを行使する覚悟もある。


 タルマイジが拍手を始めた。反対意見だった彼が拍手をしたことで、核の所有に賛成のものは拍手を送ることが暗に示された。


 少し悩みながら拍手する者もいたが、やがて会場は拍手の音に包まれた。


「カルロスに提案なんだけど、国防軍を立ち上げてはどうかな」


 今までの剣とか弓とかの戦い方とは違ってくるのはもう分かったと思う。これからは銃の取り扱いから、クルマの操縦、飛行機の操縦と幅広く兵士を鍛えなきゃならない。


 組織改革が必要だ。


 そうなると私1人の知識では限界がある。あれをやるしかない。


 その道のプロを召喚する。


 異世界召喚の魔法の説明にはこうある。『前世の世界に存在するあらゆるものを召喚できる』そう、あらゆるだ。物ではない。つまり者も召喚できると思われる。


 その人の人生を変えてしまう所業だが、「人を巻き込む」ことを心に決めた私に躊躇はない。


 カルロス達は国防軍の是非について話し合っている。


 今この場でプロを召喚してしまおう。


「異世界召喚。独身の超一流タクティカルトレーナー」


 すると、私の目の前の床に魔法陣が現れ、空中が眩しく光ると、身長180センチ前後の男性が召喚された。


 男性はフライパンを持っており、エプロン姿で固まっている。フライパンには大きめのステーキが音を立てていい感じに焼き上がっていた。


 男性は口を開けて瞬きもせずに私を見ると、しばし呆然とした後でこう呟いた。


「Ah……What happened?」

(あー……何が起きた?)


「I'll explain after you eat the steak」

(ステーキ食べてから説明するよ)


 私はその調子で、軍事機器に詳しいオペレーターと、戦闘機に詳しいパイロット、潜水艦艦長に基地運営に詳しい司令官、ミサイル兵器のプロを召喚した。


 潜水艦艦長とミサイルのプロは女性、特に潜水艦艦長は日本人だった。英語も話せるようで、新規召喚組で異世界に召喚されたことについて話している。他は全員アメリカ人だ。


 皆、意外と冷静で、特に日本人女性が異世界召喚を喜んでいる。


 全員独身にした。配偶者と離れ離れになることがあってはならない。彼らの人生を預かってしまった分、何不自由ない暮らしを約束しなければ。


 6人ぐらいならこの屋敷に住まわせられるだろう。


 午後は彼らを連れて、この世界の説明でもしながら散歩しよう。

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