第62話 しばしの別れ

「嫌じゃ嫌じゃ! ゲームするのじゃー!」


 本泣きで駄々をこねるミナスをシノーテが抱え、ホセが馬車の扉を開いて中に放り込む。


 窓に張り付いて私を見るミナスは、まるで小動物のような目で「もう一晩泊めてたもー!」と叫んだ。


「ミナス! 今朝教えた経験値稼ぎしてな! 全員レベル20まで上げといて! それやってる内に1ヶ月なんてすぐだから!」


 ミナスには、日本語のひらがな知育教材を持たせた。50音と、アラビア数字が学べる。この世界の数字は10進法なのは日本と変わらないが、文字が全然違うのだ。

 数字は楔形文字のような楔の組み合わせで表され、他の文字は33音のアルファベットのような曲線と直線の組み合わせだ。


「そんなに待てないのじゃー! うええええええん!」


 子どもが泣いてるのは見ていて辛い。見兼ねた私は「ゲームステションポータブル」を召喚した。携帯型ゲーム機だ。

 続けてゲームソフト「ぽよぽよ」を召喚する。


 ミナスの馬車を引き止めて、初期設定などを済ませ、一通りのルールや操作を教えると、ミナスは私に抱きついて喜びを伝えてきた。


「サニー! 早く来るんじゃぞ! 精一杯もてなすからな!」

「はいよ。出来るだけ早くね。帰り気をつけるんだよ?」

「大丈夫なのじゃ! アルベルトは野党などに遅れをとらないのじゃ」

「うんうん、またね!」


 別れの挨拶を済ますと、テルミナの馬車はトコトコと南へ去って行った。



***



 東門ではハイマン達が人力車の前で別れの挨拶を交わすところだ。


「世話になったな」


 ハイマンはプレゼントした日本刀『虎徹』を握りしめて別れの言葉を告げた。


 馬車にはドッジボールを始め、サッカーボールやバスケットボール、野球セットも山盛りに積載した。

 それぞれの競技について、簡単なルールを記載したノートも付け加えておいた。ゴールの大きさやバッターボックスまでの距離など、ルールブックを召喚して翻訳したので、最低限の競技はできるだろう。


 あとは現地に行ってスタジアムを召喚すれば、集客に向けて産業化できる。


「アリッシュ、少しいいか?」


 シャロンが馬車に乗ろうとしていたアリッシュを引き止める。アリッシュは無表情にシャロンの方へ一歩近づいた。


「何?」

「私は過去の出来事を忘れない。だがそれは『復讐』などという醜い束縛などのためではない。

 『生きること』――未来のために活かす教訓として学んだ経験なのだ。

 お前はどうだ? ちゃんと前を向いているか?」


 アリッシュの目が泳ぐ。回答に困っている様子だった。

 ハイマンが見兼ねて助け舟を出そうとしたが、息子のエラハムが肩を掴んで首を横に振る。おそらくアリッシュの言葉を聞きたいのだろう。


「あたしは……もう殺したくない……」


 アリッシュの回答に、シャロンが歩み寄る。


 アリッシュは身構えて、一瞬、炎の翼を展開するも、シャロンの覚悟の表情と、微塵も怯まない歩調に、慌てて翼を引っ込めた。


 シャロンは右手を軽く開いて、アリッシュに突き出した。


「手を繋ぐのだ。これを握手というそうだ。私はこれを平和の象徴と捉えている。互いに手を取り、未来を生きていく、言わば約束のようなものだ。どうだ? 握ってくれるか?」


 私は嬉しかった。こうやって平和の種を蒔いていくのだ。これはきっといつか芽を出して、本当に必要な時に実を結ぶだろう。


 大事に水をやろう。必要なら肥料も。


 ゆっくりとシャロンの右手を掴むアリッシュの心が萎えてしまわないように。この場で、これを目撃した全員の心が平和に導かれるように。


 エルラドール一行は、静かに人力車を発進させた。スポーツドリンクも、エナジーバーも持たせた。キャスとアリッシュがこっそり食べたりしないか不安だったが、まあ何とかなるだろう。


 人力車が見えなくなったところで、私は目一杯、背伸びをした。


「くあー! 終わったー!」

「サニーよ、友として礼を言う。此度こたびの協定、お前のおかげで成すことができた。本当にありがとう」


 カルロスが頭を下げる。


「いいってことよー。私自身のためでもあるんだしさ」

「そうか。この後はどうするのだ? すぐに始めるのか?」

「え、何を?」

「ラッセルのクラスチェンジだ。教会は既に儀式の準備を終えて待っているそうだぞ?」

「あー、聖騎士の件ね。あれクラスチェンジなんだ」


 正直に言うと少し休憩したい。昨夜は夜更かししちゃったし、今日はのんびり過ごしたいのだ。


「明日にしない? 今日は家族と一緒に過ごしたいんだ」


 ニアとモモがバアっと明るい顔になる。ゴードンも決して急いでる様子はなかった。優しく微笑んでくれる。


「うむ。では私もゆっくりさせてもらおう」

「ねーねー、シャロンも家に来ない? 見せたいものがあるんだよね。忙しい?」


 シャロンは少し悩んだ様子で遠くを見て、押し黙った。やはりパトロギスは忙しいのだろうか。でもここらで休憩させないとシャロンはどこまでも突き進みそうだ。少し心配だった。


「何を見せてもらえるのかにもよるな」

「なるほど。うーん、軍事兵器って言ったら来る?」

「それは興味がある。見せてもらうとしよう」


 よし。無理矢理休ませる作戦は成功しそうだ。


 すると、ウェルギスが声を張る。


「サニー様。私も見たいと存じます」


 ウェルギスはいずれ国防軍の総司令だ。彼には後で実物を見せようと思っていたが、予備知識として今日見せておいてもいいかもしれない。


「わかった。暇な人は家においでよ。100人とか来られても困るけど、幹部クラスには見せておきたいかもしれない」




***




 貴族街の屋敷に戻ると、堅苦しいドレスを脱いで、化粧を落として、ジャージ姿になった。これが1番リラックスできる。色は紺にした。目に優しい。


 私は宴会場にプチ映画館セットを構築した。


 500インチのスクリーンやプロジェクター、ホームシネマセットとサラウンドスピーカーを召喚。これらをゴードンとニアとモモに手伝ってもらって、スクリーンを壁に設置したり、ケーブルなどを接続する。電源は既に召喚してあった大型モバイルバッテリーだ。


 続々と客が集まってきた。


 カルロス、シャルマン、ウェルギス、シャロンは同じ馬車でやってきて、最前列の席に座る。

 少し遅れて、タルマイジ、シモンズが現れ、彼らは王宮騎士団の幹部と、魔法騎士団、傭兵団の主要メンバーを呼び寄せた。


 そこにゼニス、ソフィア、キビルを合わせて、総勢32名の観客が集まった。


 私はステージにマイクとスピーカー、アンプなどを設置して、これから見せる映像の翻訳に備えた。


「マイクテスト、マイクテスト、聞こえてるよね?」


 カルロスが手を挙げる。聞こえているようだ。


「はい、じゃあ堅苦しい挨拶は抜きにして、皆んな調印式お疲れさまでした!」


 会場に拍手が巻き起こる。テッドたち最後の砦も来ていて、テッドが指笛を鳴らす。


「今日はですねー、皆さんに軍事兵器を見てもらいます。と言ってもですねー、実物ではなくて『映像』というものを見てもらいます」


 私はプロジェクターにデジカメのSDカードを挿して、ミナス達と撮った写真をスクリーンに映し出した。


「ミナスだ。ハイマンもおる。なんだこれは」

「これが映像。カメラっていう道具を使うと、目の前の光景がこうやって保存されます。これから見てもらうのは、軍事兵器の光景を保存した映像です。地球の言葉で喋る映像もあるから、それは私が通訳します」


 私が用意したDVDには、自衛隊の最新装備の紹介や、軍事演習が収録されている。


 まだ停戦して間もないが、彼らには停戦が終わった時の準備をしてもらう。今日は嵐の前の静けさというやつだ。この静かな会場で、臨場感あふれる映像を体験し、軍事化に向けての第一歩を踏み出してもらう。


 私はのんびり翻訳しながら映像を楽しむことにしよう。午後には散歩でもして昼寝するのだ。


 明日からまた忙しくなるから。


 今日という平和を謳歌するんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る