第61話 のじゃロリBBAと戯れる
遠くで教会の鐘が鳴る。
鐘の音で時間を把握するのにも慣れて、最大16回鳴る午後の鐘が、12回鳴って、地球の時間に換算すると午後9時であることがわかった。
割り当てられた広い部屋に1人でいると、少し寂しくなる。皆んなもう寝てるだろうか。
明日は朝の鐘8つに朝ご飯だ。地球の時間で言うと6時なのでかなり早い。朝の支度を考えれば鐘6つには起きなければならないだろう。
私の体はすっかり鐘の音で起きるように適応し、寝る時間が早いこともあって、たまに鐘4つで起きてしまう。これは日本で言うと午前3時だ。高齢者か。
今日は色んなことがあって、ドッジボールなんて見たから少し興奮して寝付きが悪い。
私はLEDのランプを召喚すると、アイテムストレージに収納していた化粧テクニックの雑誌を取り出した。
化粧は難しい。ベースにファンデーション、眉と
しかし、そんな現代の化粧だからこそ、この異世界では絶対に売れる。
この世界でも女性の美の追求は現代日本と変わらず貪欲だ。それはドレスの品質からも窺える。ドレスに関しては現代日本で暮らしていた私でも驚く完成度と美しさなのだ。きっと職人は儲かっているだろう。
――コンコン
誰だろう。ノックしてくるぐらいだから不審者ではないかな。
「開いてるよー。どーぞー」
ガチャリとドアを開けたのは、枕を持って眠そうに目を擦るミナスだった。
「ねむれないのじゃ……」
「あー、いつもの部屋じゃないもんね。ホセとかはどうしたの?」
「ホセは酔っ払って酒臭いのじゃ。アルベルトとシノーテは仲良く抱き合って寝てるのじゃ。妾も添い寝して欲しいのじゃ」
半べそで俯くミナスは、幼女らしくて可愛かった。モモとまではいかないが、まだまだ子どもに見える。
「はいよ。こっちおいで。え、何お前、裸足で来たの? スリッパあったでしょーよ」
「そんなもん履かんわ」
せっかく来たのだから、ミナスを寝かしつけるついでに、何か彼女が喜ぶ技術的なアイテムを召喚したい。
「ミナス、サンダーボルトの魔法って使える?」
「妾を何だと思っておるのじゃ。妾は世界一の大魔導士じゃぞ?」
ミナスは枕をボフッとベッドに置いてぺちゃんこ座りする。
「おっけー。じゃあ、とっておきの召喚しちゃうぞ」
まずは電源の確保だ。私は100V電源の大型モバイルバッテリーを召喚した。小型のスーツケースぐらいの大きさで、かなり重い。
次にモニターだ。せっかくの広い部屋なので、大画面で楽しみたい。私は50インチのモニターを召喚した。4K対応で画質は十分だろう。
そしてメインの品だ。
「異世界召喚! ゲームステーション6!」
ゲームステーションは株式会社ケニーから発売されている最新の据え置き型ゲーム機だ。VRゴーグルにも対応しているが、まずは画面で楽しむところからミナスに体験してもらう。
ソフトは総タイトル数4000本を超え、レトロゲームからリアルグラフィックMMORPGまで幅広く対応している。
その中で、まずミナスにやってもらいたいゲームがあるのだ。
『ファイヤークレスト 聖戦の系譜』
ターン制の戦略ゲームで、自軍ユニットと敵軍ユニットを交互に動かし、ユニット同士が隣接すると戦闘が始まる、所謂シミュレーションRPGだ。
剣と魔法の西洋ファンタジーな世界観で、このユーナデリア大陸に似ている。ステータスも筋力や魔力といったパラメータがこの世界そっくりで、上限は60と差異があるが、レベルアップと共にパラメータが複数、1ずつ上がるという点でも、この世界との共通点が多い。
美しい3Dグラフィック、キャラクターの表情や武器の艶などの質感がリアルで、戦闘シーンは大迫力のカメラワークと演出で流血や欠損もリアルに描写される。
主人公は第1部が父親、第2部がその子どもという親子2世代に渡る長編ストーリーで、ネタバレになるが、第1部の主人公はラスボスに殺害される。そして、その子どもである第2部の主人公が雪辱を果たすという王道展開だ。
ひと通り召喚を終えると、ミナスはクリスマスプレゼントを貰った子どものように目を輝かせて箱を開ける。
「サニー! これは何じゃ⁉︎」
「それはねー、ゲームソフトっていうの。これからそのゲームソフトを使って遊びます!」
「遊ぶのか! きゃはは! 夜更かしじゃな⁉︎」
私はモニターやハードを接続した。ミナスはケーブルやコントローラーを眺めては不思議そうに、待ち遠しい様子でゲームソフトを抱き締める。
「これはどうするのじゃ?」
「ソフトは最後に入れるからまだ持ってて」
空き箱の山を部屋の片隅に積み上げて、モニター、ゲーム機、コントローラーとミナスを適所に配置した。
モニターの電源を入れると、画面中央にメーカー名が大きく表示される。
「なんじゃ? 何て書いてあるじゃ?」
「オリオンって書いてある。このモニターを作った会社だよ。会社は大きな店って感じかな」
「ほう。カイシャか」
続けてゲームステーションの電源を入れる。画面にはゲームステーションのロゴが映り、初期設定画面が表示された。
「今度はなんじゃ?」
「今度はこのゲーム機のロゴマークと、初期設定。これは私がやるからコントローラー貸して?」
ミナスはしぶしぶコントローラーを手放す。私は手早く初期設定を終えた。ほとんどがネットワーク関連で、オフラインで使うことが前提の私たちにはスキップしまくりの初期設定だった。
モニターにはホーム画面が映されている。
ミナスにソフトを開封するようお願いした。彼女はニコニコしながらパッケージを開ける。そこにはカッコいいラベルが印刷されたディスクが収められていた。
「ミナス、その円盤はデリケートだから取り扱い要注意ね。絶対キズ付けたらダメだよ?」
「わ、わかったのじゃ。そーっとじゃな。そーっと」
ミナスにディスクの取り出し方を教えて、ゲーム機本体に挿入させた。
ウィーンというモーター音と共にディスクが本体に吸い込まれると、ミナスは頬をピンクにして大喜びした。
ソフトが起動し、モニターにゲームステーションのロゴが表示される。
ミナスは何かアクションをするとモニターに反応があるということを学んだようで、モニターに映し出されたゲームのスタート画面に興奮した。
「なんじゃ! 何が始まるのじゃ⁉︎」
「ふふふー、これから物語が始まるんだよ。この世界には物語はあるの?」
「古代の神を題材にした本なら1冊持っておるぞ?」
「なにそれ後で読む。これはね、自分が物語の主人公になって、物語に参加するゲームなんだ。失敗すれば死んでゲームオーバー。仲間が死んだら当然生き返らない。でも回復はできる。
ミナスは、主人公と仲間をレベルアップさせて、宿敵を倒す軍師になるんだ」
「妾が軍師……将軍ではないのか?」
「このゲームは戦略を考えて、どう駒を動かすのか試行錯誤するのが楽しいんだよ」
すると、タイトル画面がオープニングムービーに切り替わった。ムービーでは荘厳なBGMと共に、イケメンと美女が美しく戦い、大規模な戦闘や、一騎打ちのシーンが映し出された。
それを見たミナスは、一気に物語の世界観に引き込まれて、両手を胸の前で握りしめて画面に食いついている。
「獣化じゃ! ハイマンのように獣に成りおった!」
「ああ、獣人も出てくるね。敵で出てくると強いよ」
「むう! こやつ下半身が隙だらけじゃぞ! そこじゃ! 足を切り落としてしまえ!」
そうか。戦闘慣れしてる人から見ると隙だらけに見えてしまうのだな。
「なんじゃその屁っぴり腰は! 妾に代われ! そいつをぶった斬ってくれる!」
ミナスがモニターの向こう側にズカズカと歩いて覗き込む。当然そこには誰もいない。
「む? なんじゃ。どこにおるのじゃ」
画面の中だよ。
「はい、ミナス、いい子だからここに座りなさい」
「むう、子ども扱いしおって……」
その後もオープニングムービーにツッコミを入れまくるミナスは、ゲーム開始のスターティングムービーに切り替わったところで雰囲気の違いを察した。
緊迫感あふれるBGMで、主人公とその側近の会話が始まる。この物語は攻め込まれるところから始まるのだ。会話は字幕が表示されているが、一流の声優が声を当てている。
私は拙いながらも感情を込めて同時通訳した。ミナスは物語が始まったことを察して、画面に見入りながら私の話をよく聞いた。
「敵が攻めてくるのじゃな。ここは城のようじゃが、国境はどうなっておるのじゃ?」
「きっと突破したんだろうね」
「なんと手薄な警備じゃ……やすやすと城に接近させるとは」
画面はシミュレーションマップに切り替わり、いよいよ自軍のユニットと敵との戦闘が始まろうとしていた。
私は緑色のユニットが味方で、赤色のユニットが敵であるとミナスに教えた。
ゲーム画面では、移動の仕方や、戦闘の仕方などのチュートリアルが表示されている。
私はチュートリアルに従って、ミナスに基本操作を教えた。
ミナスはコントローラーを操作すると画面に反応があるのが楽しいようで、ニコニコしながら主人公を動かす。
「なぬ? 一回動くと敵の番になってしまうのか?」
「そうだよ。移動とか攻撃とかすると、次は敵のターン」
「ぬぬぬ、一度しか斬りつけてないではないか。連続攻撃はできんのか?」
「できても2回まで。特別に5回斬りつけるキャラクターもいるけど、1人だけだね」
「む? そやつを仲間にしよう」
結局、ミナスは第1ステージをクリアできず、3人いた仲間は全滅した。チュートリアルで全滅とは、なかなかいいセンスをしている。ちなみにゲーム難易度は1番簡単なイージーだ。
「な、なんという弱さじゃ……」
「いや、敵も弱いんだけどね」
「やはり筋力7では弱すぎるのじゃ。子どもではないか。主人公は魔導士の道に進んだ方がよかろう」
それじゃ物語後半の聖剣を扱う剣士がいなくなっちゃうだろ。
私は序盤のテクニックをミナスに伝授した。このゲームにはセオリーがあるのだ。そこから外れると一気に難易度があがる。逆にセオリーさえ掴んでおけば序盤で苦戦することはない。
ミナスはコツを掴むと、一気に物語を進めていった。同時通訳の私は、ミルクティーを飲みながら喉を潤し、美少女キャラで可愛い声を出しては、イケオジの渋い声を真似し、ミナスの笑いのツボを刺激した。
そして第7ステージで5回連続攻撃のスキル『流星』を持つ女剣士を仲間にすると、ミナスは満足そうに笑みを浮かべて仰向けになった。
教会の鐘が鳴る。午前の鐘2回だ。
私はそっとゲームを中断セーブして、コントローラーを持ちながらスヤスヤと眠るミナスをベッドに寝かせた。
LEDランプの電源を切る。
部屋はファナとティルのほんのりした明かりに照らされ、横になった私は、あっという間に寝てしまった。
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