第60話 軍事産業
調印式を終えた私は、今夜泊まる部屋でお色直しをしていた。部屋は驚くほど広く、風呂付きである。
エルラドール一行とテルミナ一行もタリドニア城に泊まることになっていて、私と同じように晩餐会に向けて支度を整えているところだった。
「サニー様、髪型はどうされますか?」
侍女のエストがブラシを持って聞いてくる。椅子に座る私は、正面に設置された大型の鏡に映る自分を見つめた。
ピンクの花やリボン、フリルが沢山あしらわれた腰やスカートの部分は華やかだが、上半身は肩紐がないシンプルなビスチェトップで、胸がない私は背中の紐で強烈に締め上げて固定している。
上半身のインパクトが足りない。ここは思い切ってこの世界にはない髪型に挑戦してみよう。
「エスト、ポニーテールはわかるよね?」
「はい。わかります。ポニーテールにしますか?」
「ううん、それをさ、横で留めて欲しいんだ」
私は側頭部で髪をまとめて手で一つにした。
「え……横にするんですか?」
「そう。サイドテールってやつにしたい」
私の髪はサラサラだが張りがあるので、高い位置で結ぶと綺麗に放物線を描くのだ。
エストは言われるままに私の髪を束ねてサイドテールにした。その表情は奇異なものを見る目で、難解な顔をしている。
私は沢山のアクセサリーの中から、大きなピンクのリボンを見つけて、髪留めにするようお願いした。
「んふー、可愛い」
鏡の中の自分は、とても元ホームレスの40歳童貞には見えなくて、別の誰かを着飾って、まるで他人を見ているようだった。
コンコンっ
「どーぞー」
「失礼致します。お迎えに参りました」
ゴードンは黒いスーツが気に入っているようで、キビルとお揃いのSPスタイルだ。
ニアとモモは仕事着が気に入っているようで、執事服とメイド服を着こなしている。
ゴードン、キビル、ニアとモモは4人で1部屋で、他の国の護衛と同じように護衛対象の部屋の隣に宿泊する。
「さて、行こっか」
「サニーさま綺麗!」
「んふふ、ありがとモモ」
***
披露宴会場では、立食形式だった来賓歓迎会とは違って、ダンススペースを設けない丸テーブルが敷き詰められた晩餐会が催されていた。
来賓歓迎会ではバイキング形式の食事だったが、晩餐会はフルコースだ。
コース料理の中に、来賓歓迎会で好評だった寿司をラインナップした。名目としてはオードブルに該当するようで、最初に出された。日本人としてはメインディッシュなのだが。
「なんじゃ。これしかないのか。もっと食べたいのじゃが。マグロはいらんからウニと甘エビを出さんか」
テルミナの席から寿司が少ないことに対してクレームの声が上がる。
「ミナス、あとで出してあげるから今は大人しく食べなさい」
「本当か⁉︎ 約束じゃぞ⁉︎」
ステージでは優雅な演奏が始まった。皆、マーチングバンドの時とは違う衣装で、濃紺の落ち着いた色の軍服を纏っている。
各席では貴族たちが
そして私のところにも漏れなく挨拶がやってきた。調印式で司会を務めたシモンズだ。
「サニー様、ご挨拶が遅くなりましたこと、誠に申し訳ございません。わたくし、マルケス・テラ・シモンズと申します」
「ご丁寧にどうも。サニーです。よろしく」
「よろしくお願い申し上げます。こちら、サッカラで造られた最上級のミグリム酒です。お口に合うかわかりませんが、どうぞお召し上がりください」
シモンズはそう言って銀色の杯にミグリム酒を注いだ。ミグリムの酒はキルリダ平原で一度飲んでいるので、味はわかっている。柑橘の爽やかな酸味と、ハチミツのような甘さが特徴的な酒だ。
「うん。美味しい。甘いお酒好きだよ」
「シモンズ卿、大変申し上げにくいのですが、サニー様は同じミグリム酒をキルリダ平原でお召し上がりです」
うん。同じ味でリアクションが取れなかった。ゴードンは私のリアクションが薄いのを察してフォローしてくれたようだ。
「おっとこれは失態ですな。二番煎じでは新鮮な反応が見られないのも致し方なし。大変失礼致しました」
「いいんだよー、気持ちは伝わったから。シモンズはどこに住んでんの?」
「サニー様のお屋敷のすぐ南側です」
「あ、じゃあ道路挟んだ向かい側だ」
「左様でございます。もう古くてあちこち傷んでおりますが」
「建て直せば?」
「いやいや、そんな金はございません」
金の話になった。これはチャンスだ。タリドニア国内の金を回すには、まず貴族からむしり取るのが手っ取り早い。シモンズは武器とか興味あるだろうか。
「シモンズさー、武器買わない?」
「武器……ですか? 私は業物の剣に目がありません。陛下ほどではありませんが、いくつかコレクションしております」
しめた。刀剣が好きなら銃にも興味を持ってくれるはず。特に金とか銀とかに装飾されたやつなら尚更だろう。
私は金ピカに装飾されたコルト・ガバメントと、同じくコルトのシングル・アクション・アーミーを召喚した。フレームや銃身などが金色で、美しい模様が削られている。
ゴードンは目を丸くして呟いた。
「……こんな貴族向けの銃もあるとは……」
「ふへへー、くすぐられるでしょ?」
肝心のシモンズはというと、色と模様には関心があるが、いまいち銃が武器であるという認識が持てないようだった。
「ふむ。重たいですな。これが武器なのですか?」
「そうだよ? どっちが好み?」
ガバメントはオートマチックピストルで、現代のスパイアクション映画などに出てくる四角い印象の拳銃だ。
一方、シングル・アクション・アーミーは、名前は長いが通称ピースメーカーで、日本語にすると『調停人』だ。今の私にぴったりである。デザインは西部劇時代のリボルバーで、回転式拳銃とも呼ばれる。
「こっちの方が太くて男らしいですな」
シモンズはピースメーカーを手に取った。
「ふむふむ。じゃあさー、穴が空いてもいい鎧を3体用意してよ。これからこの武器が武器たる
――皆が食事をする中、ステージには古くなった鎧が3体用意された。
私は拡声器を召喚して会場に声を響かせた。
「はいはい、会場の皆様、サニーでございます。これから、タリドニアにおける新しい産業の商品について、デモンストレーションを行います。どうぞお集まり頂き、次世代の破壊力をご覧ください」
ステージ前には特別席を用意し、タリドニア主要メンバーと、来賓がよく見えるように陣取った。
その後方には多くの貴族たちが「なんだ」「何が始まるんだ」と言った声で騒めいている。
私は鎧を縦に並ばせた。おそらくピースメーカーなら鎧3体でも貫通すると見込んだのだ。鎧は胴体アーマーのみで、厚さ2ミリ弱の薄い鉄板だ。それが胸と背中で2枚で1体分。3体分で6枚の鉄板を貫通できるかどうか、定かではない。しかし、間違いなく1体は貫通するだろう。
「それでは、これから、この武器『銃』で鎧を撃ちます。これは高性能な弓矢だと思ってください。私が射撃すると、金属の弾が飛びます。大きな音も出るので、怖い方は耳を塞いでください」
私は拡声器を床に置いて、ピースメーカーを構えた。距離は2メートル程度で、胸の中心を狙うと鎧を掛けてある木製のフレームに当たるので、左胸を狙うことにした。
大声で叫ぶ。
「撃つよー! うるさいから気をつけてね!」
バゴオオオオオオン!
ガシャーーーーン!
3体の鎧は派手に揺れて倒れた。それはまるで銃で撃たれた人が倒れるような吹き飛び方だった。
会場から驚きの声が上がる。弓矢と違って弾が見えないのだ。彼らからしたら魔法を使ったように思えただろう。
ミナスがガタンと立ち上がり、ステージに転がった鎧を見に行く。ハイマンとカルロスも続いた。
鎧は2体が胸と背中を貫通し、3体目の背中で弾が止まったような凹みが付いていた。仮に人がこれを着ていた場合、2体目の鎧で弾は止まっていたかもしれない。
ピースメーカーの弾は古い設計だ。最新式の大口径リボルバーならもっと威力が出ていただろう。
「なんじゃこれは……なんでこんなに綺麗に穴が開くのじゃ……」
「それはねー、弾が回転してるんだよ。ただ飛んでるだけじゃなくて、
ハイマンが真剣な眼差しで問いかける。
「これは……どこまで飛ぶのだ?」
「いい質問。有効射程は50メートルぐらいかな……この部屋の端まで余裕で飛ぶよ。命中させられるかは撃つ人次第だけどね。銃によっては信じられないぐらい遠くの的に当てられる長いやつもあるよ?」
ミナスが戦慄した表情で私を見て呟く。
「まさか……タリドニアにこれを配備するつもりか?」
「うん」
「それはずるいのじゃ! こんなもの戦場に持ち込まれたら勝ち目はない! テルミナにも公平に与えるべきじゃ!」
「テルミナにも与えるよ。ただし、これはタリドニアで産業化する商品だからタダではあげられないなーうへへへ」
「買う! いくらじゃ⁉︎」
ミナスと同じようにハイマンも銃の購入を持ちかけた。しかし、そこにカルロスが割って入って、価格は熟考してから取引したいと申し出た。
私もテルミナとエルラドールに、それぞれある物を与えると約束した。それはタリドニアも欲しがるもので、皆んなで強みを持った商品を貿易するよう提案した。
テルミナには銃に負けない『メディア』を、エルラドールには誰もが集まる『スタジアム』を与える。
そうやって人と物が行き交う世界にするんだ。強力な武器を持っても、大切なものを失うのが怖くなるぐらい。
徹底的に近代化するんだ。
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