第47話 新居

 馬車が貴族街1番地に入ると、周りの家がもはや豪邸を通り越して城のような造りで、一軒一軒の間隔が広く、各邸には漏れなく綺麗な庭園が付いていた。


 1番地には9軒しか家がないらしく、全て公爵家なのだとか。私が与えられた屋敷も元公爵の家で、1週間前に建てられたばかりの新築だそうだ。


 元の公爵はどうしたかというと、ゲラルドと一緒に行方不明になったらしい。


 この家は誰も住むことなく国に没収され、新たに公爵となった真面目な人に受け継がれる予定だった。私が横取りしてしまった形だが、果たして良かったのだろうか。


 屋敷の前に立つ。実は頭の中で1つの計画を立てていた。ここを化粧品販売店の敷地にしようと思っていたのだ。しかし、いざ屋敷を目の前にして見てみると、とても販売店にはできなさそうな立派な城が建っていた。


「いやコレ家じゃないだろ。城? っていうか要塞?」


 少し飛んで上空から観察する。窓の数を数えると4階建て。四隅に三角屋根の塔が建っており、それらが城壁で結ばれて正面にデカい門を構えている。中央には立派な建屋が城壁に守られるように鎮座しており、最上階には寝室と思われる部屋が特別に5階部分として設けられていた。


「建築費は庭園も含めて58億ダリアだったそうです」

「ふふっ……公爵の年収って幾らなの?」

「おそらく5000万ぐらいではないかと」

「分割払いにでもしたのかな?」

「噂では代々受け継いできた資産を全額投入したのだとか」

「建築業者は潤っただろうねー」


 庭園を歩きながら何気なくそんな会話をしていると、ゴードンが難しい顔をして私に話す。


「潤ったと言えば、鍛冶屋が大変な事になりそうです」

「ん? なんで?」

「今回の戦闘では武器、防具の修理が出されるので問題ありませんが、今後2年間、鍛冶屋は収入がなくなります」

「あれま。んー、じゃあさー、鍛冶屋の人たちに伝えてよ。私から新しい仕事を依頼するって」

「新しい仕事とは何ですか?」

「んふふー、武器のメンテナンス。銃、見せたの覚えてる? 鍛冶屋にはアレのスペシャリストになってもらう」

「なるほど! アレの整備をさせるのですね?」

「そうそう、今度時間と場所決めて皆んなで集まろうよ。できれば広い平原がいいな」

「かしこまりました。手配いたします」


 城門に辿り着くと、改めて壁の高さと門の大きさに絶句した。開け方がわからずキョロキョロしていると、門の奥の玄関からゾロゾロと兵士と執事とメイドが出てきて、テキパキと門を開き出した。


 白髪に立派な口髭と顎髭が似合う男性が前に出る。顔のしわから察するに60過ぎだろうか。それでいて屈強な手足と胸板に、にこやかな表情が印象的だ。


「お待ちしておりました。わたくし、執事長を務めるゼニス・リズニーと申します。キルリダ平原での戦い、誠にお疲れ様でございました」

「お疲れ様。よろしく。これ何人いるの? 私こんなに雇えないよ?」

「ご心配なく。皆、先の戦に出ておりました兵士です。その中でも奉仕の職務に精通した者たちで構成された公務員であります。国からサニー様をお守りするよう任命されてここに参りました。総勢27名でご奉仕させて頂きます」


 58億の家に27人も使用人が付いてきて、ちょっとご褒美貰いすぎてる感が否めない。


「サニー様、顔に出ております」


 ゴードンに心を読まれ、ニアとモモが私の顔を覗き込む。


「あはは! サニー様変な顔ー!」

「変な顔言うな! 変な顔ってのはこーゆーのを言うんだよーーー」

「あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

「ぎゃはははははははは!」


 ひょっとこをイメージした変顔をしてみせると、ニアとモモは呼吸困難になる勢いで爆笑した。


「ふふふ、サニー様、彼らを受け入れては貰えないでしょうか。私からもお願い致します」


 断るつもりはなかったけど、改まってゴードンからお願いされては丁重に受け入れるしかない。


 ゼニスに案内されて屋敷内へと入る。城門から玄関へはおよそ50メートルぐらい距離があり、中庭では兵士が行進したり弓の訓練をしたり、防衛力を見せつけてきた。すぐにその弓を銃に持ち替えさせてやろう。装備も鎧ではなくBDU――バトル・ドレス・ユニフォームに着せ替えするのが楽しみだ。


 玄関は高さ5メートル以上ある木製の両開きで、私たちが近付くと、見張りの兵士が開けてくれた。


 まず入って正面に見えたのは幅15メートルはありそうな階段だった。広い吹き抜けのロビーの向こう側に、青いカーペットを敷かれて、頂上の踊り場からは、左右に階段が伸びて2階へと続いている。


「涼しい……」

「冷却と加熱の魔道具を完備しておりますので、どのお部屋におられても快適にお過ごし頂けます」

「これじゃ引きこもっちゃうぞ」

「ひきこもるってなーに?」

「お部屋から出なくなっちゃうこと」

「えーやだー、モモと一緒にお出かけするのー」

「そうだねー、ピクニックとか行きたいね」


 ピクニックと聞いて小躍りするニアとモモ。私がテルミナと戦っている間、どこかに出かけたりはしなかったそうで、ただひたすら、屋敷の掃除をしたり、勉強をして過ごしていたのだそうだ。

 楽しみは私が帰ってきてからと何事も我慢していたのだとか。


 私たちは2階のリビングに案内された。ダンスホールかと見紛みまごう広い空間に、玉座、ソファー、テーブル、円卓、ティーテーブルなどが設置され、壁際には骨董品と思われる壺や武器、盾、鎧などが展示されている。


 8人掛けの幅広なソファーに腰掛けると、ゼニスから「そこではありません」とお誕生日席に設置された1人掛けのソファーに座らされそうになった。


「私は自由を愛してるの。座りたいところに座るの」


 ワガママ姫みたいになったが本心だ。隣に誰かいた方が寂しくないじゃん?

 結局、私が中心に、その両隣にニアとモモ、さらにその外側にゴードンとカルタスが腰掛けた。


 すると、すぐに紅茶とクッキーが運ばれてきて、周囲に良い香りが漂う。

 正面のソファーには、ゼニスと、その両隣にメイドと鎧姿の兵士が座っていた。


 鎧の兵士が立ち上がり自己紹介を始める。


「申し遅れました! 自分は警備責任者のキビル・トーイ・マッコースと申します! 本日よりサニー様の身辺警護をさせて頂きます! 宜しくお願い申し上げます!」


 声がデカい。年齢は20代だろう。この世界では珍しい黒髪で、ツンツン毛の短髪だ。顔は自己紹介ほどくどくなく、スッキリした清潔感の中に、誠実そうな目が光る面持ちである。


「よろしく。ハキハキしてるのはやる気がありそうで良い印象だけど、ちょっと声がデカいからテンション上げすぎないように」

「はっ。つい腹から声が出てしまいました。申し訳ございません」


 素直だ。真面目なんだな。きっと。


 キビルがそっとソファーに掛けると、メイド服の女性が席を立った。


「ソフィア・ドン・タルマイジです。身の回りのお世話をさせて頂きます。以後、お見知り置きを」

「ドン・タルマイジって……」

「タルマイジ侯爵の一人娘です」


 ゴードンが小声で囁く。


「ほえー、全然似てねー。髪が緑だし、目がオレンジだし。いくつ?」

「22です」


 どこか影のある印象の落ち着いた雰囲気は、きっと暗めの色合いの化粧と、前髪が長く、片目が隠れているのが原因だろう。


 彼女が席に着いたところで、ゼニスが話し出す。


「サニー様、中心街のお屋敷に住む使用人は如何なされますか?」

「あー、引越しの話?」

「左様でございます」

「えーどうしよう。私がここに住むのは決まってる感じ?」

「はい。どうかここにお住まいください」

「むー、わかったよ。ゴードンとニアとモモもここに住んで?」

「かしこまりました」

「あは! いいの⁉︎」

「オレ仕事頑張る!」


 カリン達は貧民街の炊き出しがあるから、中心街に住んでいた方が近くていいだろう。私はコンビニとかの売り上げを確認しに、中心街の屋敷に通う形にすればいいかな。

 うーむ、化粧品販売どうしよう。中心街の屋敷を改造して販売店にするか。玄関ホールとダンスホールがそれなりに広いから、あそこを売店にすればいい感じかな。


「ふむ。カリン達はあの屋敷に残ってもらうよ。仕事の都合があるからね」

「かしこまりました。ではサニー様、聖騎士様、ニアとモモのお荷物だけ、こちらに運ばせて頂きます」


 うーむ、やる事が溜まってきたぞ。明日は国を挙げての祝勝会で王都だけでなく、国内の主要都市で一斉にお祝いをするそうだ。今、街中では飾り付けや出店の準備などで、てんやわんやの騒ぎになっているらしい。


 今のうちに行っておきたいところがある。たぶんもう出来ているだろう。このお茶を飲んだら日が暮れる前に行こう。


 ガザエル靴店へ。

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