第46話 サバル・ココナ

「ニア! モモ! 帰ってきたわよ!」


 カリンの呼びかけに、トイレ掃除中だったニアは、掃除用具を放り投げて1階ロビーへと駆け出し、風呂掃除中だったモモは、まるで花でも咲いたかのような笑顔で階段を駆け降りた。


「ただいまーーー!!!」


「「「おかえりなさいませ!」」」


 笑顔で出迎えるカリン、アンナ、タコタの横を、2人のチビたちがダッシュで通り抜けて私の胸に飛び込む。


「「おかえり!!!」」


 こんな風に出迎えてくれる家族がいることに、心から感謝して2人を抱き締めた。


「お菓子! 食べたい!」


 2人は満面の笑みでうなずき、私に着替えてくるよう促した。確かに移動中ずっと着てたから埃っぽいし、若干汗臭い。


 結局、穴開きの革ジャンは血の跡もシミになって消えないので処分することにした。私はシャワーを浴びてさっぱりしてから部屋着のジャージに着替えた。何色か持っているが、黒にした。


 食堂に行くと、コンビニ、神社、銭湯のメンバーたちも総出で迎えてくれた。神社だけ無人で解放して、コンビニと銭湯は臨時休業にしてきたようだ。


 テーブルには見慣れない沢山の食事が用意されていた。20人掛けのテーブルで決して小さくないものだが、端から端までお皿が並べられている。

 何かの肉であろう骨付きの照り焼きからデザート、それからニアとモモが作ったであろう不揃いな形と大きさのお菓子が山盛りだった。


「あはは。コレだな? お菓子」


 見た目はマカロンだ。何か生地を焼いたと思われるクッキーのようなもので、クリーム状のペーストを挟んである。

 ひとつ手に取ってみると、予想以上に軽くて驚いた。これはきっとモモが作ったに違いない。他のものと比べて一段といびつな形で、私が手に取った瞬間、モモの目が輝いた。


「いただきます」


 一口で食べられるサイズだが、敢えて半分かじり付く。驚くほど軽い食感で、まるでウェハースのようなサクサク感の生地は、舌に乗せるとジュワーっと溶けてココナッツのような香ばしい香りが鼻腔を抜けた。

 生地に挟まれていたクリームは、レモンのような柑橘の甘酸っぱい爽やかな酸味で、中に隠されていた木の実を砕いたであろうナッツがコリコリした心地いい食感を生み出していた。


「うーまいっ! なんだコレ!」


 それを聞いたニアとモモがハイタッチして飛び上がる。


「サバル・ココナって言うんだよ!」


 モモが自慢げに言う。


 話を聞くと、メイド長のカリンの故郷で作られている菓子なんだそうだ。

 シグニスという木の実を粉にして生地を作り、ミグリムという柑橘類の皮を擦り潰してクリームを作るのだとか。クリームに混ざっていた木の実もシグニスだ。


「さ、皆んな食べよう。私はもう一個サバル・ココナを食べるぞ。ニアが作ったのは……コレだな!」

「すげー! なんでわかったの?」

「ふふふー、伊達に40年生きてないんだぞ」


 皆席について「いただきます」を合唱すると、ニアとモモはお腹が空いていたのかガツガツと食べ始めた。

 ちょうどお昼時なので昼食ということでいいだろう。屋敷のメンバー全員と食事をするのは久しぶりだ。家族揃っての食事は楽しくて、私は見たこともない料理を次々と頬張った。


「サニー様、40年というのは前世の話ですか?」

「うん。言ってなかったっけ?」

「初耳です」

「初耳ついでに、男だった」

「そうだったんですか」

「……驚かないんだ。嫌いになったりしないの?」

「前世の話です。嫌いになどなりません」

「じゃあ好き?」


 ゴードンは数秒黙って皿に盛られた料理を私の皿に取り分けた。


「お慕いしております」


 慕う――尊敬すると言う意味と、恋しているという意味がある。どっちかわからない回答だった。


 でも今はそれでいい。


 私もそうだから。




***




 リビングのソファーで化粧の雑誌を読み込んでいると、ゴードンがニアとモモを連れて私のところへやってきた。


「サニー様、服を買いに参りませんか?」

「ひょっとして買ってくれるの?」

「はい。異世界の服では目立ちますので」

「さすが5000万。太っ腹」

「モモも一緒に行っていい?」

「オレも!」

「いいね。皆んなで行こう!」

「「やったー!」」


 玄関を出て庭を抜けると、通りにはカルタスが馬車を用意して待ってくれていた。外は日差しが強く、風は涼しいが少し汗ばむ陽気だった。


「もう半袖でいいかなあ」

「今日購入するのは体温調節の魔道具を装備した最新式です。夏でも長袖でいられます」


 そんなハイテクな装備があるのか。でも考えてみれば真夏にフルアーマーの鎧なんか着てたら熱中症になるもんね。そういうエアコン的な魔道具があっても不思議ではない。


 馬車は中心街を出て貴族街へ入って行った。ニアとモモは貴族街が初めてで、規則正しく並んだ豪邸に、目を皿のようにして感嘆の声を上げている。

 ニアは子どもサイズの執事服、モモもメイド服なので貴族街でも浮いたりしない格好だ。どちらかというとジャージ姿の私が浮いている。


 馬車は貴族街3番地の呉服屋の前で停車した。2階建ての大きな店舗で、馬車の駐車場まで完備している。

 馬車を降りてショーウィンドウを眺めると、子どもサイズのマネキンが煌びやかなドレスや鎧まで着せられていた。どうやら子ども用の呉服店のようだ。


 ゴードンが扉を開く。店内は広く、工房と思われるスペースも奥に見えた。


「いらっしゃいませ――女神様! ようこそおいでくださいました!」

「ラッセルだ。午前中に注文した品は用意できているだろうか」

「はは、承っております。少々お待ちくださいませ」

「それと、この子たちの服も見繕って欲しいのだが」

「はっ、いま係の者を呼んで参ります」


 ゴードンの話によると、ここは貴族御用達の呉服店で、パーティー用のドレスから、ダンジョンでのレベル上げ用の装備まで幅広く扱っているとのことだった。

 冒険者ではないが、子どものうちから戦闘スキルを身につけさせ、レベルを上げる英才教育が主流なんだとか。


「モモ! この鎧がいい!」


 鎧はやめなさい。しかも値段が500万だぞ。貴族の金銭感覚ってどんな感じなんだろうか。私の感覚では一生に一度のお買い物なんだが。


「モモ、もっと可愛いのにしようよ。モモにはピンクのワンピースが似合うと思うんだよなー。モモがワンピース着てるところ見たいなー」


 私は近くにあったワンピースを広げてモモに見せる。上は白、スカート部分はピンクのツートンカラーで、レースやリボンがあしらわれた可愛い系のワンピースだ。

 コレを見たモモは鎧と交互に見て数秒悩んだ後、ワンピースを手に取った。


「可愛い?」

「うん! すごく可愛い!」

「クフフっ! これにする!」


 その頃ニアは、冒険用の装備を真剣な眼差しで品定めしていた。


「すげえ。どれも火炎耐性が当たり前に付いてる。これなんか筋力50%アップだ」


 ゴードンはかなり高級な黒のジャンパーとカーゴパンツを手に取ってニアの体に当てがった。


「ふむ。これがいいだろう」

「え⁉︎ これカッコいいけど150万――」

「欲しくないのか?」

「……欲しい」

「よろしい」


 モモはワンピースで可愛く、ニアは黒の上下でカッコよくなって試着室は大賑わいだった。

 2人とも成長を見越して少し大きめサイズを購入することに。靴も服に合わせて、モモはピンクのパンプス、ニアはゴツいブーツを選んだ。

 ニアに関して言えば武器を持たせたら冒険者に見えるだろう。


「ニアは将来何になりたいの?」

「オレは探検家になりたい。ユーナデリアの周りには幾つも島があるって聞いたんだ。オレはそういう島を探索して新しいダンジョンとか遺跡とかないか冒険したいんだ」


 思ったよりしっかりした回答が返ってきてびっくりした。


「じゃあ船の操縦学ばないとね」

「へへ、屋敷で沢山働いて船を買うんだ。もう貯金も始めてるんだ」

「そっかー。モモも連れてくの?」

「もちろん。……サニー様も一緒に行かない?」

「お? 私も誘ってくれるんだ。今の仕事が終わったら連れてってよ」

「あは! 約束だからなっ!」


 将来の約束。ホームレスだった頃は未来への希望なんてこれっぽっちもなかった。そんな私に希望を与えてくれたこの子は、きっと沢山の人を巻き込んで大きくなって行くのだと思う。その成長を見守りたい。そう思った。


 肝心の私の服はというと、以前ガトリーに貰った服と同じデザインのものだった。ただ、上から下まで火炎耐性が施されていて、エアコン機能や筋力、俊敏のバフなど多機能な装備で、お値段なんと1200万ダリアだそうだ。


 ゴードン、だいぶ変なところにお金使ったな。


 私は新品になった白のローブを試着したまま着て帰ることにした。この後、新しく与えられた土地と屋敷を見に行くのだ。きっとジャージ姿は似合わない。


 外に出ると、エアコン機能が心地よく作用していて、強い日差しにも関わらず長袖は快適だった。

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