第5章 停戦協定

第45話 凱旋

――タリドニア王国。王都サルマン。



 テルミナから長い旅路を経て王都に帰還した私たちを待ち受けていたのは、国民たちの盛大な歓迎だった。


 メイン通りに立ち並ぶ建物の窓からは、タリドニア国旗を掲げて綺麗な花びらを風に舞わせる国民、歩道には溢れんばかりの行列、通りの中央には「おかえりなさい」と書かれた横断幕を持つ子ども達が並んでいた。


 私はその子ども達の中にニアとモモがいることに気付き、軍列の先頭のランドクルーザーを停止させて彼らに駆け寄った。


「ただいま! ニア! モモ!」


 2人を抱き締めると、ボディーソープの良い香りが鼻を通った。


「「おかえりなさい! サニー様!」」

「サニーさま、服に穴が空いてる……」

「あ、ああ、これね。一回やられちった。えへへ」


 モモが一段と強く私にしがみつく。きっと心配してくれていたのだろう。待つ側にも戦争の苦しみがあるのだ。私はモモの髪をそっと撫でて「心配かけてごめんね」と呟いた。


 私が2人を抱き締めるシーンは、観衆には平和の象徴に見えたようで、盛大な拍手と歓声が湧き起こった。


「よし! 2人とも、もうちょっと待っててね。王様送ってくるから」

「サニー様! オレお菓子作ったんだ!」

「モモも一緒に作ったの!」

「それは楽しみ! 何作ったの?」

「へへへー、帰ってからのお楽しみ!」

「クフフっ! お楽しみー!」

「わかった。ソッコーで帰る!」


 私は2人に別れを告げると、選挙カーを先頭に出させた。選挙カーを運転するのはガトリーで、帰りの道中、基本操作だけ叩き込んだ。東京の街中を走るとかでなければ、走る、曲がる、止まると言った操作はちゃんと出来ている。


 選挙カーのルーフにカルロスとウェルギスを立たせ、国民に手を振りながらメイン通りを進む。

 国民は大いに喜んだ。まだ停戦については何も知らないはずだが、タリドニア側にもテルミナ側にも死傷者が出なかったことは伝わっており、それを喜ぶ国民たちを見ると、皆、平和を望んでいるのだと心から自分の行いに自信を持った。


「平和の女神! サニー様に栄光あれーーー!」

「サニー様ーーー! ありがとうございます!」


 そんな歓声も聞こえてきて、カルロスが私に手を振るように促す。


「あはは。顔が熱い」


 恥ずかしい事など何もしていないのだが、こんなに持ち上げられるのは初めてなので緊張する。ぎこちない笑顔で手を振ると、一層歓声が大きくなった。


「サニーよ、この程度で上がっていては、これから先やっていけんぞ?」

「さすが国王。見事な上からコメント、ありがたく頂戴します」


 凱旋パレードは王城前まで滞りなく進み、選挙カーを降りたウェルギスが先頭に立ってカルロスを王城内に案内した。


 入り口ではシャルマンとタルマイジを始め、多くの貴族たちが出迎えてくれた。この様子だと謁見の間に皆んな集まる感じだろうか。


 帰りの道中で聞いた話によれば、ゲラルドとバイデッカ、トスカーの3人の他に、戦争強硬派だった貴族数名が行方不明になっているとのことだった。


 この行方不明者たちはシャロンを筆頭にパトロギスが全力で行方を追っていて、見つかり次第、私の馬車を爆破した罪を追求することになっている。その他、テルミナと通じて戦況を操作した罪も視野に入れて捜査するとのことで、特にカルロスが私を狙った事に対して本気で怒っていることを直に聞いた。


 まあ私もその点においてはゴードンとテッドたち最後の砦が死にかけた訳だから、ゲラルド許すまじである。




――謁見の間。




 カルロスが玉座に腰掛けると、その後方ではシャルマンとウェルギスが厳かに部屋を見守っていた。

 私はゴードンと並んで何十人といる貴族たちの先頭に立っている。


 カルロスが一呼吸置いて声を張る。


「諸君。この度の対テルミナ戦の勝利、大義であった。先のエルラドール戦から2連勝となったのは、実に10年ぶりの快挙である。しかも、今回の戦においては実質無血勝利であるから、平和の女神サニーの功績は甚大である」


 おや。冒頭から私の個人名が出るとは思わなかった。たしかに今回、私は頑張った。でも皆んなも頑張ってたよね。


「よって、サニーの功績を讃え、サニーを伯爵位に叙任する」

「異議あり! 私も頑張ったけど皆んなも頑張ってた! シャロンなんか敵将討ち取ったんだがら私よりも功績は大きいと思う!」

「サニーよ、ホセの二つ名を知っているか?」

「え、知らない。二つ名があるんだ」


 二つ名持ちいっぱいいるな。いや、それだけ私が主要人物と関わっているということかもしれない。


「ユメル。それが奴の二つ名だ」

「ユメル? なんぞ?」

「ユメルはユメルだ。今も空で輝いているだろう?」

「空? 太陽のこと?」

「タイヨウ……は知らんがアレがユメルだ」


 そう言ってカルロスは窓から見える太陽を指差した。どうやらこの惑星では太陽のことを『ユメル』と言うらしい。すると、ホセの二つ名は『太陽』――私を時に見せた巨大な火の玉が由来といったところか。


「奴が戦場に姿を現した時、タリドニア軍が無事であった試しはないのだ。奴の編み出した大技『ユメル・ストライク』は一撃で500の兵士を焼き殺す。それを連発してくるから始末に負えん」


 なるほど。それを始末した褒美ってわけだ。


「んー、それならさー、シャロンとウェルギスとゴードンにも何か褒美を与えてよ。特にシャロンは特別なやつ。私だけご褒美貰えないよ」


 カルロスはシャルマンに意見を求めた。なにやらヒソヒソと話し合っている。


「ゴホン。ではこうしよう。サニーには伯爵位に加えて貴族街の一等地と屋敷を与える」


 なんで増えたし。


「シャロンには武勲として『神槍マグニス』と2億ダリアを与える」


 おお。なんか凄そうな槍だ。でももう使わせないが。この世界の通貨価値って100円で100ダリア相当なところあるから、2億ダリアってかなり奮発したな。いいぞいいぞ。


「ウェルギスは農地サッカラの領主に任命するとともに、辺境伯に叙任する。ただし、王宮騎士団長の任は継続し、定期的に王都へ通う事とする」


 え……ウェルギス飛ばされた?


 そんな私の心配を他所に、ウェルギスを見てみると、彼は驚きと嬉しさが相まった表情でカルロスを凝視し、カルロスはニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「陛下……よろしいのですか?」

「ああ、お前の夢を叶えたくてな。2年の停戦だ。2年間、思う存分農業をすればよい。だが私の護衛の手を抜くことは許さんぞ」


 どうやらウェルギスは農業したかったらしい。あの巨体で畑を耕すのか。穴だらけになりそう。


「そしてラッセル。お前には女神サニーの専属神官騎士として『聖騎士』の称号と、5000万ダリアを与える」


 よし! ゴードンよくやった! 金は大事だぞ! パラディンで何か得するのかわからんが金は重要だ。


「聖騎士だと……」

「まだ若いだろう」

「実質、トスカー大教皇の称号剥奪か」

「儀式はどうするのだ」

「スメーラ大司教が代行するのだろう」


 突然、貴族たちから騒めきが生じた。聖騎士は何か特別な称号なのだろうか。


「私が……聖騎士……有り難き幸せ。全身全霊努めさせて頂きます」

「ゴードン、聖騎士って何?」

「聖騎士はこの世界で1人だけ成ることが許された使徒です。神の加護が与えられ、3つの聖魔法が使用可能になります」

「3つの聖魔法について詳しく」

「アクセラレーション、ホーリーシールド、パニッシュです。アクセラレーションは身体強化、ホーリーシールドは強靭な盾、パニッシュは受けたダメージを倍返しするカウンター魔法です」


 全部戦闘用だ。この世界は本当に戦闘に特化した仕組みで成り立っているのだと再認識した。


 だからこそタリドニアには軍事力を与える。魔法などという目に見えない武器が備わっている以上、武装解除は難しい。ならば魔法を超える武器で戦意喪失させる他ない。


 銃、ミサイル、戦闘機。あらゆる近代兵器を配備して、エルラドールとテルミナが攻める意思を失くすような圧倒的な戦力を身につけさせるのだ。


「4人ともどうだ? 褒美を受け取ってくれるか?」


 シャロンが前に出て跪く。それを見てウェルギスとゴードンも続いたので私も並んで跪いた。


 斯くしてタリドニアは王の帰還と功労者への褒美の儀を果たし、謁見の間には鳴り止まない拍手が響き渡った。


 我が家へ帰ろう。家族が待っている我が家へ。

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