その頃、管理者は【その1】
第44話 閑話*管理者のお仕事
――惑星キュリオス。ジャポネ国。首都トキヨ。何でも屋「奈落」事務所。
私はこの宇宙を司る管理者。女神サニーの転生後、とある仕事のためにこの惑星に降り立った。
地球とよく似た惑星だ。どの時代のどの惑星でも、ホモサピエンスは遺伝子レベルで同じように進化し、また退化する。この大都市も彼らの遺伝子が日本の銀座とよく似た街に、また、同じような文明を築き上げる運命に従っているのだ。
エレベーターで雑居ビルの5階に到着すると、エレベーターホールを黒いスーツの男2人が見張りしていた。
「こんばん――っ! 何だコイツ! 手を挙げろ!」
2人の男は慣れた手つきで懐から拳銃を取り出し、こちらに向けてきた。訓練されているのだろう。銃口はピタリと私の心臓に向けられている。
「却下。動くことを禁止します」
驚くのも無理はない。この惑星に肌の色が灰色の人種はいない。目が赤い人種もいない。
私は動かなくなった2人の間をすり抜け、長い廊下を歩く。素足で歩くのが心地いい絨毯だ。ここが雑居ビルであることを忘れそうな高級感。
ちなみに服は着ている。ナノマシンスーツの上に祭服を1枚。長年連れ添った『親友』が作ってくれたものだ。以前、ここにきた時、裸で訪れたら小言を言われたので今回は着てきた。
廊下の角を曲がると、無駄に装飾された両開きの扉が目に付く。歩いてきた勢いのまま扉を開いて中に入る。
小綺麗な社長室は500年経った今でも以前と変わらないアンティークな造りと家具が目立つ。
そして社長椅子に座るこの男も変わらず黒いスーツに黒いシャツ、黒いネクタイに黒のハット。葉巻は最新式の電子葉巻に変えたらしい。昔ながらのタバコの香りが部屋に漂っている。
「来るなら事前に連絡をして欲しいものですな」
「そうしたら貴方はどこかへ隠れてしまうでしょう」
「ふふ、まるで私が何か悪いことでもしてるかのような言い方ですな」
「貴方は何もしていない。貴方はね」
男は一服して私に問いかける。
「その服装でここまで歩いてきたんですか?」
「何か問題でも?」
「さぞ目立ったでしょうに」
私はナノマシンスーツの光学迷彩モードをオンにして気配を消し、彼の真後ろに立って答えた。
「私がそんな間抜けに見えるのですか?」
「……さあ、見えませんが……」
光学迷彩モードをオフにして執務机に腰掛け、本題に入る。
「聖杖ネストラルを誰に売ったのか答えなさい」
「さあ、何のことだかさっぱり――」
ドガっ!
黒いハットを鷲掴みにして執務机に叩きつける。4回叩きつければこの男は弱腰になる。
ドガっ! ガッ! ガッ!
「ぐふっ! いきなり何を――」
「聖杖ネストラルを誰に売ったのか答えなさい」
「だから! 何のことか――あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
男の腕が床に落ちる。私は男の耳に口を近づけてこう告げた。
「神生、終わりにしてあげようか?」
「ひっ! 私を殺したら欲しい情報が手に入らなく――うぎゃーーーーーー!!!」
男のもう一本の腕が床に落ちる。私のナノマシンスーツのバックパックからは、6本の触手が刃物のように変形して男の周囲を取り囲んでいた。
「あなたは不老不死だから幾ら切り刻んでも死なない。痛覚無効は取得しなかったから痛みだけ味わうことになる。次は右足。誰に売ったのか言え」
「わかった! わかったからやめてくれ! 総理大臣だ! 首相だよ! 桑野だ!」
総理大臣か。また厄介な人物に渡ったものだ。
聖杖ネストラルは2500年前に私が作ったアーティファクトだ。能力もステータスもいらないという変わった転生者が、代わりにと欲したもので、縦に振れば雷が落ち、横に振れば海が溢れる。
何より重大なのは、持っている姿を見るだけで、見た者の心を操れる魅了の能力が備わっていることだ。
ここ数年、そういったアーティファクトが立て続けに行方不明になっている。誰か1人が売買でもしているのかと睨んだが、そういうわけでもないらしい。
一度アーティファクトを全て回収しなければならないだろう。アーティファクトは全部で17個。回収済みは3個なので、残り14個だ。
「次にアーティファクトを捌きたい客が現れたら私に報告するように。隠したら次こそ消滅させる」
私は両腕が失くなってしまった男を治療すると、社長室を後にした。
「さて、首相公邸は……」
ナノマシンがヘッドアップディスプレイを表示する。永田町までの経路が表示され、ナビの案内が開始された。
ナノマシンスーツの光学迷彩モードをオンにして街に出る。ギンザシティの夜はどこもかしこもカップルだらけで、この国が平和であることを物語っていた。
文明レベルは中級で、ようやくクルマから車輪が外れ、各車両に小型核融合炉が搭載された程度だ。
道ゆく人は皆、四肢のいずれか又は全てを筋電義肢化しており、1人1台スマートドローンが追尾している。
9割以上がARグラスまたはVRゴーグルを着用しており、その影響で街には広告などが一切設置されておらず、壁の色も真っ白、車の色も白一色である。ARかVR越しに見れば色鮮やかに装飾されているのだろう。
ナノマシン越しに広告が表示される。
「次世代のAR!
サイボーグ化が進んでいる。この惑星はAIにはあまり力を入れていないようだ。賢い選択だ。AIの開発を進めただけ、AIとの戦争が近づく。いざ戦争が始まればAIの勝利で人類は奴隷化する。お決まりのパターンだ。
低空飛行してしばらく進むと、目的地に辿り着いた。
「ここね。警備は――薄い」
生体検知モードで警備を確認すると、入り口に2名、中に巡回しているのが5名。3名は止まっている。夕食時なので食事でもしているのだろう。
入り口の2名は新人だろうか。光学迷彩モードで数センチ飛んでいるということもあるが、隙だらけなので難なく隣接できた。
まずは1人。首元に手刀を入れて気絶させる。
ドサッ
「え? お、おい。大丈夫か? うっ!」
ドサッ
2人。この扉は――すんなり開いた。鍵は掛かっていないようだ。不用心な。
中に入ると、住居としては落ち着かない造りの豪邸ぶりが露見した。一国の王にでもなったつもりだろうか。まるで王城である。
まずは巡回している5名を無力化する。私のナノマシンスーツは『親友』が作った最高傑作なので光学迷彩が歪むこともブレることもなければ、この巡回警備に私の存在がバレることはない。
ドサッ
1人目。私は食堂を避けて残りの4人を無力化した。装備を確認した限り、定時連絡をしているであろう無線機が目に付いた。あまり時間はないようだ。
食堂の扉を開けると、桑野首相と思しき男性と、その妻、長男と思われる青年が食事をしていた。
皆、扉が開いたのに誰も入ってこないことに不思議そうな顔をしている。
そっと桑野の隣の席に腰掛けて光学迷彩モードをオフにする。
「な⁉︎」
3人ともガタンと席を立つ。
「大声を出すことを禁止します。黙って席に着きなさい。そして食事を続けてください」
3人は強制的に席に着いた。そして強制的に手を動かされ食事をとっている。
「なんだ君は。どこから入った」
桑野が私の禁止に全力で
「玄関から入ってそこの扉から入室しました。私も質問があります。杖はどこですか?」
「つ、杖? あの骨董品か? 君は強盗か?」
「その杖です。私は強盗ではありません。杖の所有者です。返してもらいますのでどこに置いてあるのか教えなさい」
「ハッ、ハッ、あがっ、がっ、し、寝室にっ、飾ってある、ひっ、く、口が勝手に!」
「ご苦労さま。食事を続けなさい」
屋敷のマップを表示すると、2階にやたら広い部屋を発見した。おそらくここが寝室だろう。
寝室は無駄に広く、数多くの嗜好品が飾られ、まるで博物館だ。一際目立つ場所にそれは横にして飾られていた。
桑野は43歳にして総理大臣になった。高齢化が進んだこのジャポネ国で歴代最年少だ。この杖を使った証拠はないが、杖がなくなった時期と照らし合わせれば状況証拠としては十分だろう。
私は杖を手に取った。これでここにはもう用はない。桑野がこれからどうなるのか見ものではあるが、次のアーティファクトを回収する仕事があるので、また数年後にでも様子を見に来よう。
この宇宙を管理して25億年。数々の文明と出会い、別れ、転生者を従えてきた。今回の事件は偶然にしては出来すぎている。必ず黒幕がいる。
最新の女神サニーの動向も気になるが、こっちの仕事が終わるまでは見に行けないだろう。
まあ、彼女なら大丈夫という確信はあるのだが。ふふ、今頃は若かりし日の『親友』と仲良くやっている頃だろうか。
彼がいれば大丈夫。サニーよ、その親友を生涯大事にするのだ。彼はお前の支えなのだから。
***
管理者の三次元モデルを公開しています。
よかったら見て下さい。
https://kakuyomu.jp/users/sunny_clouds/news/16817330662199730114
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