第43話 戦後処理

 エルラドール帝国とテルミナ共和国との戦闘が、テルミナの勝利に終わったことが私の耳に届いたのは、丁度最後の戦死者をリザレクションで生き返らせた時だった。


 私は今回の戦場の中央地点に、大型のテントを2つ組み合わせて超大型にした治療用テントを設営するようウェルギスに依頼した。


 出入り口はタリドニア側とテルミナ側に2つ設け、私が中央に座って両側から流れてくる負傷兵たちを順に治療する。


 最初は1番激戦だったテルミナ本陣前に治療用テントを張りたかったのだが、ディバーンが激しく反発し、それならと、タリドニア野営地まで負傷兵を運ぶよう依頼したら、それも嫌だと言い出したので、結局両陣営の中央に配置することになった。


 テント内では、万が一の喧嘩などに備えて、カルロスを筆頭としたタリドニア精鋭と、ディバーン率いるテルミナ精鋭とが、大きなテーブルを囲んでお茶をすすっていた。

 テーブルはテント中央に配置され、私の背後に皆んな腰掛けている。私も喉が渇くので真夜中の紅茶ミルクティーをテーブルに置いていた。


「サラエドの奇跡が本当だったとは……驚きじゃよ」


 ホセがエクストラヒールを唱える私を横目に茶をすすりながら言う。


「ホセも呪文唱えれば回復魔法使えるよ?」

「何じゃと?」

「サニー様、それは極秘事項です。内密にお願い致します」

「あれま。ホセ、さっきのは嘘だわ」

「誤魔化すのが下手にも程があるじゃろ。何じゃ、タリドニアは回復術師を隠しておるのか?」


 見かねたシャロンが口を挟む。


「我が軍の有能な武将が回復魔法が使えることを実証した。しかし、それは命をかけた一度きりの魔法であることがわかった。それ以上は教えん」


 皆、黙ってしまった。テント内は私を崇めるタリドニアの兵士たちの高揚した声と、戦闘に敗れたことに悲嘆しつつ、怪我が治ることを静かに喜ぶテルミナの声が混ざり合い、複雑な騒めきをかもし出していた。


 中央テーブルが沈黙しているので、私は気になっていたことを尋ねた。


「ディバーン、私のメーデイアが効かなかったのは何でなの?」

「む、あれは睡眠反射の指輪だ。我が軍の兵士の小指を見てみろ。黄色い指輪をしているだろう」


 正面に座るテルミナ兵士の左手を見ると、確かに黄色い宝石のようなものが飾られた指輪をしている。


「ほーん。そんで? これは誰の指示で嵌めたの?」

「閣下の指示だ」

「閣下って誰?」

「テルミナ国家元首。ミナス・フォートピアだな」


 カルロスが横から口を出す。カルロスと同じ立場の魔族だ。仲良しだったりするのだろうか。


「そのミナスがさ、誰から助言を受けて睡眠避けの指輪なんか用意させたのか知りたいんだよ」

「んな事知ってどうしようっての?」


 ずっと黙っていたシノーテが口を開いた。カルロスの話によれば魔族でなければ有り得ない強さだとか。つまりコイツは魔族側だ。


「私の勘ではさ、タリドニアのゲラルド王子が絡んでると見てるんだよね。テルミナにゲラルドと仲良しな人いない? ちなみに私はゲラルドを一回殺してやろうと思うぐらい嫌いなんだけど」

「ぶふぁっ! 何アイツ、サラエドの遣いに嫌われてんの?」


 シノーテが笑いながら答えてお茶を吹き出す。なるほど魔族繋がりで交友はありそうだ。でも仲良しという感じではなさそうに思えた。


「サニーって呼んでよ。やだよそのサラエドの遣いって。シノーテはゲラルド知ってんの?」

「あー、俺はアイツ嫌いだけど……」


 そう言って隣で黙り込むアルベルトに目をやる。アルベルトはあからさまに目を逸らしている。


「アルベルト……ゲラルドとおホモだちなの?」

「うるせえ! 誰がホモだ! オレはゲイだ! アイツは女の尻ばっかり追いかけててオレに構ってくれなかった! でも今回の件が成功したら寝てくれるって約束したんだ! だからオレは魔道研究所の下っ端に睡眠反射の指輪を作らせて――」


 テント内の全員が立ち上がって熱弁を振るうアルベルトに注目していた。中央テーブルの全員がジト目で睨んでいることに気付いたアルベルトは、ハッとして我に返り、ドカッと椅子に座ってお茶を一気飲みした。


 すると、タリドニア側の出入口から1人の兵士が早足で入場し、カルロスに向かってツカツカと歩を進める。


 兵士はカルロスに耳打ちした。


「――――――」

「何? 本当か?」

「確かな情報です」


 私はこういう時、内緒にされるのが凄く嫌なのだ。聞かれては困ることなのだろうか。


「どしたの? 内緒話?」

「いや、聞かれて困ることでもない。身内の恥なのであまり言いたくはないのだが……」

「なになに? 私は気になるから聞いちゃうぞ」

「それがな……ゲラルドが、旅に出ると言い残して失踪したそうだ」

「うーわ、逃げたなあの野郎。行き先は?」

「行方不明とのことだ」


 奴には城を守るという責任があるだろうに。職務放棄。もはや敵前逃亡だな。恥を知れ。




***




「最後の1人はテルミナ。右腕欠損か。痛い? すぐ治すね」

「本当に治るのですか?」

「まあ見てなよ。リジェネレーション」


 気弱そうなテルミナの兵士は、骨や筋肉が再生する様子を見て歓喜した。


「よかったあ……これで明日も農作業ができる」

「農民なの?」

「はい、私はコエニの飼育をやっておりまして」


 戦士ではない。そう気づいてディバーンを見た。総大将なら知っていたはずだ。彼は申し訳なさそうな表情で農民の兵士を見ていた。


「サラエドの遣い……いや、サニーよ。礼を言う」

「いいよー、皆んなそれぞれお礼言ってくれたし。それにね、これからお世話になる国の人、死なせたくなかったんだよ」

「テルミナを訪問する気か?」

「ダメなん? 停戦したんだもん、自由に出入りしてもいいでしょ?」

「2年間の停戦か。まだ現実味がなくてな。テルミナに来たら俺の屋敷を訪ねるといい。首都を案内しよう」

「助かる。何人か同行させてもいい?」

「構わん。客間は幾つも空いている」


 やったぜ。テルミナでの宿代が浮きそうだ。まあでも、テルミナに行くのは半年後ぐらいだろうから、まだ先だけどね。


 まずはタリドニアを近代化する。大規模な基地を建設する必要もある。おおかた召喚に頼るけど、訓練とか教育とかは時間が掛かるだろう。


 それに、魔族領も行かなければ。ダナトスがお腹を空かせて待っているのだ。


 ――半年じゃ終わらんかも。


 まあいい。とりあえず今は我が家に帰ろう。帰って祝勝会だ。久しぶりの酒は日本酒がいいな。こっちの酒もどんな味か気になる。


 やることは山積みだけど、今はこの戦闘が無事に終わり、死傷者0の結果に出来たことを自分で褒めよう。

 そうだ。誰かに褒めて欲しくてやったわけじゃない。これが私の使命なんだ。適応しろ。私にしかできない事が他にも沢山――


「サニー様」


 考え事をしていたら、ゴードンが私の前に立って真剣な顔をしていた。この表情は心配してる顔だ。


「サニー様、また悪い癖が出ております。何を1人でお考えなのですか? 私にも聞かせてください」


 頭の中を覗き見られた気がして、恥ずかしかったけど、こうして心配してくれるのが凄く嬉しかった。


「あはは。今晩飲む酒を考えてたんだよーだ」

「……そうですか。では私が持ってきたミグリムの酒を開けましょう」


 この時の私は、ゴードンと話している時だけ、頬が染まり、瞳孔が僅かに大きくなっていることに気付いていなかった。


 外は夕暮れ。今晩は両軍とも自軍の野営地で泊まることになり、タリドニア野営地では、皆、踊るように祝勝会の前祝いの準備に取り掛かるのだった。

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