第42話 ヒーローは遅れてやってくる

 巨大化した敵を倒すには、まず足から狙うのが定石だ。アルベルトは魔獣化して攻撃力は格段に上がっているが、その分、スピードは下がっていた。


 カルロスがアルベルトの正面に陣取り、攻撃を誘う。魔獣化したアルベルトは野生に身を任せ、動くものに反応していた。


「さあこっちだ! かかって来い!」

「グルルルル!」


 アルベルトは前足の鋭い爪で横薙ぎにカルロスを攻撃した。当たれば上半身と下半身が千切れてしまいそうな勢いだが、質量が大きい分、スピードは遅い。


 カルロスは後方に飛び退き、やすやすと回避した。その隙にシャロンとゴードンが軸足を狙う。魔獣の前足は太く、直径3メートルはあろうかという大木のような筋肉の塊だった。


 突きでは僅かに出血させるだけの軽傷にしかならないと踏んだゴードンは、シャロンの攻撃を見よう見まねで模倣し、重心移動で槍を振り回した。


 槍の先端は魔獣の足首の表面を鋭く切り裂き、シャロンとゴードンは次の攻撃に備えて離脱する。


「グオオオオオオオオオオオ!」


 足首に怪我を負った魔獣アルベルトは、呻き声を上げて足元のシャロンとゴードンを攻撃対象として捉えた。


 至近距離から炎が放射される。狙われたゴードンは咄嗟にアルベルトの腹の下に隠れた。炎を吐き出しながら首をもたれて腹下を覗く形になったアルベルトは、自身の炎で腹を火傷した。


 瞬間的に炎に晒されたゴードンは、炎耐性の装備により火傷は免れたが少しダメージを負った。


 後頭部をカルロスに曝け出した体勢となったアルベルトの首に、宝剣サルナ・ルキナが迫る。狙うは3つの首が合流した付け根。


「キェエエエエエアアアアアア!!!」


 カルロスは全身全霊で首を刺突すべく跳躍する。


 しかし、宝剣はアルベルトの首に届くことなく、緑色の柄、美しい黒の装飾が施された金の刃の槍により弾かれた。


 カルロスとアルベルトの間には、アルベルトを庇うようにカルロスの攻撃を防ぐシノーテの姿があった。


 シノーテとカルロスは着地し、対峙する。


「あー、たった今、4対4の決闘は俺らの負けってことで、こっからは俺の親友のしつけってことでいいか?」


 シノーテに気付いたアルベルトが、中央の頭でシノーテに噛み付こうと顎を開き襲いかかる。


 シノーテは後ろも見ずに槍の柄でアルベルトの下顎を突き上げた。その所作は最低限の手首の動きだけで槍を回転させただけに見えたが、その威力は凄まじく、アルベルトは縦に回転して宙を舞った。


 ゴードンとシャロンが素早くカルロスの後方に移動し、槍を構える。


 カルロスはシノーテの力量を察してこう話した。


「このいくさ、我々の勝ちということで良いのか?」


 シノーテは魔将ディバーンの亡骸を見て、呆れた様子で答える。


「ああ、大将がやられちゃしゃーねーっしょ。味方も我を忘れて俺に噛み付くし。あんたらを相手にする気力はもうねーよ」

其方そなたの力量、今から我々3人を相手にしても余裕がありそうだが?」

「あー、いーよ。俺は戦争は好きだけど人殺しは好きじゃねーんだ。あんたら3人殺したところでウチの負けは変わんねーし」


 すると、上空から幼女の叫び声が響く。


「なんだあれ! ケルベロスだ!」


 サニーがホセをおんぶして飛んできたのだった。ホセの頭部は体に繋がっており、気を失っている。


「なに⁉︎ どういう状況⁉︎」


 むくりと起き上がったアルベルトの左の頭頂部を槍の柄で上から叩いて、シノーテが答える。


「こういうっ! 状況っ!」


 アルベルトは、中央と左の頭が気絶した状態で、なおも残った右の頭でシノーテに火炎攻撃を仕掛ける。



***



 ケルベロスと謎の槍使いの攻防を見ながら、私はカルロスから一連の出来事を聞いた。


「なるほどね。ウェルギスどこにいんの?」

「こちらです」


 ゴードンに案内されて、ウェルギスの元へ。近くでケルベロスが暴れてるが、こちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。


「ウェルギス、起きてる?」

「…………」


 息はしている。ただ両腕と胸の傷が酷い。リジェネレーションだけでは胸の傷までは癒えないだろう。


「リジェネレーション。エクストラヒール」


 これで良し。ウェルギスの傷は治った。問題は隣で酷い顔をしている少女だ。ウェルギスと戦ったリキエという魔法使いだろう。首に噛みつかれたような痕が残っている。


 この戦闘で、その人が生きているか死んでいるか、顔で判断できるようになった。生きている人はしっかりと目を瞑るか、開いていても痙攣していたり動きがあるのでわかる。


 この目を見開いて、瞳が上を向いて静止しているのは死んだ人の顔だ。口も半開きで涎がダダ漏れである。生きていれば美少女だろうに、なんて顔だ。早く生き返らせてやろう。


「リザレクション」


 リザレクションについてはステータスから詳細を確認したところ、現地時間で鐘6つ(約150分)以内に魔法を唱えれば生き返らせることができると記されていた。


「はっ! ごほっ! ごほっごほっ! はー! はー!」


 リキエは私を見て手元のナイフを拾い、先端をこちらに向けた。もう片方の手は喉に当てている。呼吸が荒く、動揺を隠せていない。


「リキエ、戦争は終わったんだ。なんかそこでデカい獣が暴れてるけど、君は……テルミナは負けたんだ。もう戦わなくていいんだよ」


 リキエは周囲を見渡し、腕を切り飛ばしたはずのウェルギスがすやすやと寝ていること、先程まで戦っていたカルロス達が武器を持たずに見守っていること、そして何よりホセが地面に倒れていることに気付いた。


「お師匠様っ!」


 リキエはホセの元に走った。ホセが気を失っているだけで、寝かされていることに安堵した。また、この状態で誰も攻撃してこないことが、本当に戦闘が終わったのだということを確信させた。


 そうか。ホセはリキエの師匠だったのか。ホセを生き返らせるか悩んだが、よかったのかもしれない。

 ただし、これで全員生き返らせることが確定した。完璧主義で白黒思考の私に中途半端なことはできないのだ。

 戦場にはまだ沢山の死体がある。とりあえずそこの魔将ディバーンとガトラスを生き返らせて、前線で死亡した兵士たちから順にリザレクションをかけていこう。



ズズーーーン



 重量感のある地響きに、音の方を見ると、シノーテが地面に着地したところで、魔獣が倒れていた。少しすると、魔獣は徐々に小さくなっていき、裸の男に変わった。


「ったく。暴れんのはベッドの上だけにしてくれよ」


 シノーテが頭を掻きながら文句を言うと、アルベルトをお姫様抱っこして近くのテントへ入って行った。


 私は遠巻きに見てそこはかとなく2人の雰囲気から恋人のようなオーラを感じ取った。BLか? 2人ともまだ若そうだけど、そんな美青年同士がけしからん関係なのか?


 私は初めて見たリアルBLに鳥肌を立たせつつ、怒涛のリザレクション祭りに向けて腕をまくるのだった。

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