第41話 魔族の底力


「くそっ! くそっ! くそがっ!」


 ガトラスは焦っていた。自身の火魔法はことごとく盾で防がれ、距離を取ってもピタッと追いついてくるゴードンの追い足、さらには盾から覗く凍りついたように冷静な目眩しが、彼を汗だくにしているのだ。




「んー? なんかあっちもやられて、そっちもジリ貧じゃん。これってピンチか?」


 カルロスと怒涛の攻防を繰り広げながらアルベルトが呟く。


「よそ見なんぞしおって! そりゃーーー!!!」


 カルロスの鋭い突きがアルベルトの眉間を襲う。


「おっとあぶねー」


 首を捻ってかわすアルベルトが、カルロスと戦いながら詠唱する。


「コルステラ、ウドゥス、アルビラード、テルミナ。ハシュタルト、カナミトス、アド、ナミラーゼ」

「な⁉︎ 貴様! やはり魔族!」


 すると、上空に光り輝く星のようなものが現れ、テルミナの兵士たちの体がまばゆく発光した。


「主プラナラのご加護だ!」

「魔力5倍だ!」

「ガトラス様ー! ご加護です!」


 周囲の兵士たちが騒ぎ出すと、ガトラスの魔法に明らかな変化が現れた。


 繰り出したのはファイヤーボールという初級魔法だが、その大きさは直径5メートルほどで、火の勢いも、迫り来る速度も、とても初級とは思えないものだった。


 ゴードンは飛び退き、ガトラスとの1対1において初めて回避した。

 ゴードンはまた盾を構えてガトラスを覗き見る。ゴードンはこう考えていた。


(止まった状態から回避できたということは、絶えず動いていれば更に避けやすくなる。早く陛下を助けに行きたいが、ここは時間を掛けてでもじっくりと奴を疲れさせて確実に仕留める。……ん? あれは……)


 ゴードンは一転、盾を構えるのをやめて走り出した。


「はははは! 逃げ出したか! しかしこれで逃げ場はないぞ! 火の大精霊よ! 獄炎を放ち眼前の敵を焼き尽くせ! メガフレイム!」


 ガトラスの杖から火炎放射器で放たれたような炎の線条が、太くメラメラと渦巻きながらゴードンを追いかける。


 ゴードンはガトラスを中心に左へ走っていたが、きびすを返して右に進路転換。一瞬、炎に晒され、少なからずダメージを負いながらも元いた方向へ走り出した。


「くはははは! どっちに逃げたって変わらねーよアハハハハ――はぐっ!」


 高笑いしていたガトラスの両手が、杖と共にゴトリと地面に落ちる。

 ガトラスに向かって左側方にはシャロンがいた。槍を振り下ろし、ガトラスに告げる。


「いつから1対1だと思っていたのだ?」

「ぐ! ぐわーーーー!!!」


 ゴードンが右に走ったのはシャロンをガトラスの死角に隠すためだった。メガフレイムの轟音もシャロンの足音を打ち消す絶好の不意打ちのチャンスだったのである。


 ゴードンがゆっくりとガトラスに接近する。シャロンはいつでもトドメを刺せるようにガトラスの首に槍を構えた。


「や! やめてくれ! 降参する! 見てくれよ! もう戦えねーよ!」


 ガトラスはそう言って手首から先が失くなってしまった腕を上にあげる。


 ゴードンは立ち止まらずに槍を引いて突きの構えを取った。


「ひっ! ひええ! 待ってくれ! 家族がいるんだ! 俺の帰りを待ってんだ!」


 尻もちをついて無様に後退あとずさるガトラスを見たゴードンは、ピタッと止まって数瞬黙り、ガトラスに告げた。


「言い遺すことは?」

「へ?」

「家族に伝えてやる。最後の言葉を言え」

「へ……へああああ! 助けてくれーーー!」


 ガトラスは急に立ち上がり、明後日の方向へ走り出した。直後、ゴードンが槍を投擲する。


 槍は勢いよくガトラスの後頭部に突き刺さり、槍の先端は口から飛び出した。ガトラスは力なく地面に倒れ、ガランと槍の柄が音を立てて横になる。


「仲間が見ている前だというのに、誇り高く死ねんとは……なんと無様な」


 ゴードンは槍を引き抜き、50メートル先で戦うカルロスを見据えた。


「シャロン様、加勢に参りましょう」

「ああ、だだ奴は厄介だ。足手纏いにならぬよう細心の注意を払え」




――「キェエエエエエ!」


 カルロスの連撃がアルベルトの首、腕、足を襲う。しかしアルベルトは両手剣で防ぎ、またはかわして反撃に出る。


 カルロスもまた、アルベルトの鋭い剣撃を冷静に受け止めていた。


 2人の攻防は互角に渡り合い、接敵時から両者一歩も引かない鍔迫つばぜり合いが続いていた。



「はあああああ!!!」



 そこへシャロンの横薙ぎが放たれる。アルベルトの背後から狙った不意打ちだった。

 アルベルトはすぐさまかがんでそれを回避すると、振り向きざまシャロンに飛び掛かった。


「キェエエエエエ!」


 背を向けたアルベルトの首を落とすべくカルロスが水平斬りを放つ。

 アルベルトはシャロンへの攻撃を中断して両手剣を背中に回し、カルロスの一撃を防いだ。


「くそっ! 卑怯だぞ! 前から後ろから攻められるとかベッドの上だけでいいんだよ!」


 それでもアルベルトにはまだ冗談を言うだけの余裕があった。しかしそこにゴードンが加わってはどうか。


 ゴードンの突きがアルベルトの右脇腹に突き刺さる。首を狙いたかったが両手剣で守られていて突くことができなかった。


「ぐっ! テメー! 今晩ヒーヒー言わしてやっからな! 覚えてろよ⁉︎」


 3対1になり明らかに敗勢となったアルベルトが取った行動は――


 突如、アルベルトの体がメキメキと音を立てて膨張を始める。目は吊り上がり赤く染まり、食いしばる歯は尖って牙と化し、全身が獣の毛で覆われた。


「うおおおおおおおおおお!」

「魔獣化⁉︎」


 カルロスには一部の魔族にのみ与えられた変身能力の知識があった。『魔獣化』『魔人化』そして魔王にのみ与えられた『魔神化』である。カルロスもまた『魔獣化』の能力が備わっていた。


「グオオオオオオオオオオオ!」


 アルベルトの咆哮と同時に周囲に衝撃波が生じ、それはカルロス、シャロン、ゴードンを含めて周囲の兵士たちを吹き飛ばした。


 数十メートル吹き飛ばされたゴードンは、起き上がると全高15メートル、全長40メートルの狼――現地語でケルムが視界に入った。

 しかしそれは通常のケルムと違って、頭が3つ、尻尾が3本の魔獣であった。


 魔獣は右の頭部の口から火を吹き、中央の口から竜巻を生じさせ、左の口からは何本もの氷柱つららを吐き出した。


 それらは敵味方関係なく襲い、それまで観衆であった兵士たちを次々に巻き込んだ。


「逃げろー! 化け物だー!」


 兵士たちはタリドニア野営地の方向へ逃げ出した。


 ちょうどその時、タリドニア野営地から走ってきたテルミナ軍3万は、上官シノーテを先頭にテルミナ本陣へ辿り着こうとしていた。


「シノーテ様! 敵と味方がこちらに向かって走ってきます!」

「どうした⁉︎ 何があったっつーんだよ!」


 逃げ惑う兵士たちが次々に叫ぶ。


「化け物だー!」

「逃げろー!」


 シノーテが先を見ると、魔獣が暴れているのが見えた。シノーテにはこの魔獣に見覚えがあった。


「アルベルトの野郎。やりやがったな。総員! タリドニア野営地へ避難! 俺は奴を鎮静化する!」


 アルベルトと同じ魔族であるシノーテには、魔獣化が長くても鐘1つ(約25分)しか持たないことがわかっていた。また、レベル321のシノーテには、魔獣化したとは言え、レベル152のアルベルトを生身で相手にできる実力があった。


 テルミナ軍最強の戦士が魔獣の暴走を止めるべく、テルミナ本陣に走り出した。

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