第40話 ウェルギスの武器

 魔将ディバーンが倒れ、シャロンが片膝を付いて息を整えている頃、ウェルギスは『水刃』リキエの連続魔法に苦戦していた。


「水の大精霊よ! 水刃と化して敵を切り裂け! ウォーターカッター!」


 水刃は重く、盾で防ぐことはできるが、両足を踏ん張っていなければ体勢を崩され、盾を構えることができなくなるだろう。




 1対1の戦闘において、魔法使い――テルミナでは魔導士と呼ばれているが、その魔導士に最も必要なものは何か。



 魔力? 知識?



 否。



 それは『持久力』である。敵に対して常に一定の距離を保つべく走り、尚且つ息を乱さずに呪文を詠唱し続ける。


 リキエはテルミナ魔導学園を首席で卒業し、魔導研究所の所長ホセ・ロッソの下で魔道具の開発や新魔法の研究を行うエリートである。


 テルミナは別名『魔導国家』と呼ばれ、全ての国民が魔法使いだったプラナラを崇拝している。




 リキエは小さい頃から水が好きだった。どんな枠組みにも形を変えてピッタリと収まり、時に大波となって荒ぶり、圧を上げれば人体を切り裂く。それでいて喉の渇きを癒してくれる。


 リキエにとって『水刃』は大好きな水遊びなのだ。ウォーターカッターは初級魔法でありながら、呪文を唱える度に大きさや切れ味が異なる制御の難しい魔法で、彼女は常に美しい形の三日月のような『水刃』が打ち出されるのを楽しみにしている。


「うふふ。今のはいい出来だった」


 ウェルギスの盾に深い傷が付く。同じものをあと3回も喰らえば盾は壊れるだろう。


「水の大精霊よ! 水刃と化して敵を切り裂け! ウォーターカッター!」


 早口で唱える言葉はまさに呪文だった。ウェルギスはなるべく盾の傷がついていない箇所で『水刃』を防ぐ。


 しかしそれは裏目に出た。盾を持つ左手が痺れ、盾を手放してしまったのだ。



 リキエはその好機を見逃さなかった。



「水の大精霊よ! 土の大精霊よ! 互いに手をとり激流と化し、敵を穿て! ウォーターサンドブラスト!」


 リキエの杖から砂が混じった水流が放たれる。それはリキエが初めて作った新魔法だった。その直径は約5センチで、体勢を崩したウェルギスの胸を狙って、まるでレーザービームのように高速で迫る。


 ウェルギスは悟った。完全に避けるのは無理だと。ならばせめて致命傷を防ぐべく的を変える。

 ウェルギスは不安定な体勢ながらも、リキエのウォーターサンドブラストが胸ではなく右腕に当たるように体を捻った。




 強烈な水流が右腕の付け根に当たる感触を得た次の瞬間には、右腕が鎧ごと宙を舞っていた。




 ウェルギスは叫ぶと同時に立ち上がり、宙を舞った右腕ごと左手で槍を掴んだ。


「うがああああああ! 陛下ーーー!!! 先に参ります!」


 アルベルトと交戦していたカルロスは、その言葉の意味を理解し、即応援に向かう。


「待て! ウェルギス! 早まるな! 今助けに――」


 アルベルトの強烈な一撃がカルロスを襲う。カルロスはかろうじてその一撃を防いだが、ウェルギスの元に駆け寄ることは叶わなかった。


「へへ、あんたの相手はオレだ。そっちには行かせねーよ」

「ぐっ! 邪魔をするな! ウェルギーーース!!!」




 ウェルギスは走った。槍を掴んでいた右手が地面に転げ落ちる。

 直後、水刃が胸の鎧を粉砕し、大胸筋に裂傷を刻む。しかしそれは致命傷に至るほどの深さではなかった。



 リキエとの距離、およそ8メートル。



 リキエにも弱点があった。それは戦場での命のやり取りの経験不足。

 リキエはウェルギスの雄叫びと、狂気の表情で走り迫るウェルギスの覚悟に怯えていた。


「がああああああああ!!!」


 リキエは咄嗟に水刃を唱えた。


 冷静さを失ったリキエの水刃は、的の中心を右に外してウェルギスの左腕に命中した。


 ウェルギスの槍と共に左肘から先が宙を舞う。


 刹那、千切れた左肘でヘルメットを脱ぎ捨てるウェルギス。鮮血で顔が染まり、黒髪がぶわっと広がる。


 ウェルギスは、動揺し「逃げる」ということを忘れたリキエに飛び掛かった。


 攻撃を防ぐということは、相手の攻撃がある程度読めて初めて成し得ることである。


 リキエには、両腕を失い、武器を持っていないウェルギスが、ただ体当たりしてきただけのように思えていた。


 武器をように見えてしまったのだ。


 大きな音に怯えすくんだ少女のように、目を瞑り、両手を胸に交差して少しかがんだリキエに、ウェルギスの巨体が体当たりする。




 その衝撃であらわになったのは、リキエの『首』だった。




 後方に吹き飛ぶリキエの首に、ウェルギスが噛み付く。少女の細い首は、190センチの体格を誇るウェルギスにとっては、その大きな顎で容易に咥えられるものだった。


 ウェルギスの意外な攻撃に対して、リキエの生存本能が腰のナイフを抜かせた。


 リキエはジタバタしながらウェルギスの頭部をガムシャラに斬りつける。しかし、腰の入っていない細い腕から繰り出される斬撃は、ウェルギスを深く傷付けることはなかった。




 抵抗を見せるリキエにトドメを刺さんと、ウェルギスが渾身の力で噛み付く。より深く、より強く噛み付いたのは、意識を保っていられるのがあと僅かであることを悟ったからであり、頸動脈を締める、首の骨を折るということまで計算していたわけではなかった。



メリッ!



 確かな歯応えを感じた。それと同時にリキエは動かなくなった。ウェルギスもまた、失血により意識を失った。


 その直後、シャロンが駆けつける。


「ウェルギス卿! ウェルギス卿!」


 シャロンは、リキエに覆い被さるウェルギスを引き剥がし、仰向けにした。

 ウェルギスの脈を確認すると、まだ力強く脈動していた。

 ウェルギスの上着の一部を千切り、紐にして両腕を止血する。


「遅くなり申し訳なかった」


 シャロンは立ち上がり、カルロスとアルベルト、ゴードンとガトラスの戦況を見極める。


 スタミナは回復した。ここからは3対2の勝負だ。

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