第39話 乱戦

――テルミナ本陣前。



 雌雄を決する戦士達8人は、両軍の兵士たちで囲まれた直径およそ100メートルの円の中で4対4の睨み合いをしていた。


 『隻腕の赤鬼』ことシャロンの正面には、物理攻撃と魔法攻撃をハイブリッドに使いこなす『魔将』ディバーンが不適な笑みを浮かべる。


 タリドニア総大将の国王カルロスは、正面で杖を構える『水刃』リキエを見据えて、膝を曲げ、両足を広く構えて、その素足を地面に固く結びつける。

 カルロスは膝から下がボロボロになったズボンと国宝の剣サルナ・ルキナ以外は、戦闘により全て壊れ又は破れた。


 王宮騎士団、団長ウェルギスに焦りは無かった。正面の魔導士ガトラスとは、最前線で戦い、2度撃退している。ウェルギスは炎耐性の盾と、長年鍛えてきた魔法防御のステータスに絶対の自信を持っていた。

 ガトラスはウェルギスが正面に立つと、舌打ちをして苦虫を噛んだような顔をする。


 敵の未知数は特大の両手剣を持つ剣士だ。身長は正面に対峙するゴードンと同じくらいだが、鋼のような筋肉が革の防具の隙間から覗いている。細く硬く引き締められた筋肉からは、限界まで体重を落として短期決戦型としていることが窺える。

 ゴードンはこの時点で敵のスタミナを奪う作戦を脳裏に浮かべていた。


 ゴードンが問う。


「私はゴードン・フォア・ラッセル! そこの剣士! 名を聞こう!」


 剣士は両手剣を片手で振り回し、ガシャっと肩に乗せて答えた。


「オレはアルベルト・クラインだ。お前いい声してんな。オレに負けたら今晩抱かれろ。もっといい声出させてやる」


 卑猥な目つきで見てくるアルベルトに対し、ゴードンは盾を構えて真顔で答える。


「絶対に負けん」




 戦場に風が吹いた。緊張の汗を揮発させ、仄かな涼しさをもたらすその風は、今日1番の強風だった。




 ディバーンが提案する。


「いい風だ。この風が止んだら戦闘開始としたいが、どうだ?」


 シャロンが赤い三つ編みをなびかせて、戦闘の構えで答える。


「いいだろう」




 8人はそれぞれ構える。開始と同時に距離を詰めるために前のめりになる者、その場で重心を低く構える者、力を抜いて軽快にリズムを取る者。




 風が止んだ。




「ぬあああああらあああああ!!!」


 前のめりの構えから全速力で飛び出したのはシャロンだった。


 しかし、正面のディバーンはカルロスに向かって走ると同時にリキエとガトラスと共に唱えた。


「風の大精霊よ! 全てを巻き込むつむじと化して敵を吹き飛ばせ! トルネード!」

「水の大精霊よ! 水刃と化して敵を切り裂け! ウォーターカッター!」

「火の大精霊よ! 大地より噴き出す火柱となり敵を焼き尽くせ! ファイアストライク!」


 ディバーンはトルネード、リキエはウォーターカッター、ガトラスはファイアストライクをカルロス1人に集中砲火した。


「ぬおおおお!」


 リキエを真っ先に戦闘不能にすべく突進していたカルロスは、敵3人からの集中砲火により、その場に釘付けにされた。

 カルロスは両腕を顔の正面で交差させ、致命傷を防ぐ。


「舐めるなよディバーン! 私を無視して他に手を出すなど2度とさせん!」


 シャロンの鞭のような槍の一撃がディバーンの盾に激しい火花を飛び散らせる。


「ふははは! 一瞬でいいのだ! 一瞬奴を止められればな!」


 カルロスは旋風に一瞬体を浮かせられたが、吹き飛ばされることはなかった。また、『水刃』による一撃は、カルロスの左上腕に切り傷を負わせ、火柱はカルロスのズボンを短パンにした。


 それらが目眩しであった事に気付いたのは、右側方から尋常ではない速度で斬りかかってくるアルベルトが視界に入ってからだった。


「オラアアアア!!!」

「むん!」


 アルベルトの両手剣とカルロスの宝剣が激しくぶつかり合う。カルロスは、その両手剣の鋭さから、アルベルトがレベル80を超えていると判断した。


「シャロン! こいつはダメだ! 私が相手する!」


 ウェルギスとゴードンは走った。ゴードンは自身により近いガトラスを攻撃対象に定め、ウェルギスは『水刃』リキエの元へ。ウェルギスが漏らす。


「ディバーンの狙いは配置換えか! くっ! ガトラスに引導を渡すことを楽しみにしてしまった!」




 シャロンとディバーンが激しく槍をかち合わせる。シャロンは器用に身をひるがえしてはディバーンの攻撃を盾で弾いた。


「ふん! 曲芸師にでもなったらどうだ⁉︎」

「黙れ! はあああ!」


 シャロンの弱点は「溜め」を作る所だった。シャロンは遠心力により剛撃を生み出すパワーファイター型で、その弱点は回避行動により帳消しにしている。

 彼女は盾で防ぐ、避けるなどの防御の時間に、次の攻撃の「溜め」を行っているのだ。

 攻防の最中に細かくバックステップ、サイドステップしては、溜めた力を振り回して敵に叩き込む。


 ディバーンは彼女の攻撃が規則正しいリズムから繰り出されていることに気付いた。


 わざとリズムを狂わせる。彼がとった行動はフェイントに継ぐフェイント。

 不規則なリズムで繰り出される寸止めは、シャロンの攻撃に歪みを生み出した。



 シャロンの槍が空を切る。



 ディバーンはその瞬間を見逃さなかった。シャロンが槍を振り回している間は盾を構えられない。


 ディバーンの鋭い突きがシャロンの喉に迫る。


「ぬあああ!」


 シャロンは仰け反って後方に飛ぶ事でディバーンの突きを回避した。


 一旦尻もちを付いたが、すぐに立ち上がる。


 シャロンの左頬が数センチ切れた。


「ふふふ、どうした? また槍を振り回して来ないのか? ならば、こっちから行くぞ!」


 ディバーンの鋭い突きがシャロンを襲う。シャロンは健気に体重移動し、槍を振り回す。


「ふはははは! 次は外さんぞ!」


 ディバーンはシャロンの強みを読み違えていた。シャロンを槍を振り回すだけのパワーファイターであると。


 なぜシャロンがこのような戦い方をするのか。それは片腕を失ったからである。彼女は「適応」したのだ。左腕を失い、盾を自由に動かせなくなった結果、自分自身が動く事で敵の攻撃を弾く戦闘スタイルに。

 さらにその動きをベースに槍を振り回せば攻撃力が上がるということを見出した。


 彼女の武器は「適応能力」である。数々の修羅場を潜り抜け、彼女は幾重にも戦闘スタイルを上書きしてきた。


 そして今、新しいパターンの修羅場に遭遇している。


 シャロンはわらった。


 また成長するのだと。


 度重なるフェイントにリズムを狂わされるシャロンは、一つの法則を発見した。


 ディバーンがフェイントをする際、左つま先が若干内側に動くのだ。まるでタイミングを取るように、スッと動く。


 つまり、今まさに奴は槍を突こうと右手を引いているが、左つま先が内側に動いた今、その槍が放たれることはない。


 フェイントは有効な戦術だが、バレてしまっては只の「隙」でしかないことを、今実感している。


 本来であれは回避か防御の場面だが、ここで足を踏ん張り、今まで見せなかった突きを放てば、奴に当たるだろう。


 問題は、フェイントではなかった場合だ。たまたま左つま先が動いただけかもしれない。


 良くて相打ち。悪ければ私の負けだ。




 サニーよ。


 タリドニアを頼んだぞ。




「はあああああああああ!!!」




 一際大きくシャロンの雄叫びが響き渡り、攻防を繰り広げていた他の3組も、一瞬止まってシャロン達を見つめた。


 そこには大地に両足を踏ん張り、一直線に槍を突き出し、まるで戦神のように敵の首を穿つシャロンの姿があった。


 果たしてディバーンの槍は、右手を引いたまま突き出されることはなかった。



「ぐ……ぐぶ……な……ぜ……」

「安らかに眠れ。お前は強かったよ」

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