第38話 ホセ・ロッソ

 テルミナ本陣になだれ込んだタリドニア軍は、シャロン、カルロス、ゴードン、ウェルギスが先頭に立ち、敵将と対峙していた。


 後方ではテルミナ軍およそ1万を相手に、タリドニア軍およそ2万がシャロン達先頭へのバックアタックを防ぐべく奮闘している。


 その軍勢を指揮するのは傭兵団団長のヌーベル。彼はウェルギスが不在の王宮騎士団を統率して防御陣形でテルミナ軍を捌く。


「怯むなー! 攻める必要はない! 守りに徹して時間を稼げー!」




 戦況が変わったこのタイミングで、ホセがゆっくりと上空に飛行する。




 私はそれを見逃さなかった。




「ホセーーーーーーー!!!」


 ホセに向かって一直線に飛び掛かる。また手足を拘束される前に接近戦に持ち込むのが狙いだった。


「む⁉︎ 貴様なぜ生きておる! ホーリーバイ――」

「遅いっ!」

「ぐぬっ!」


 私の右拳がホセの鳩尾みぞおちに食い込む。飛び掛かった勢いのあるパンチは、私とホセの体を戦場から1キロほど離れた上空まで移動させた。


「自動戦闘!」


 ホセと密着状態で自動戦闘により手足が勝手に動き出す。1番近くにあったホセの左腕を両手が絡め取り、奴の肘関節を逆にめる。


メキッ


 鈍い音と共にホセの左腕は本来であればあり得ない方向に曲がった。


「ぐぬぬ! 舐めるなよ小娘ー! ブリザードストーム!」


 ホセを中心に周囲に大量の氷のつぶてが発生し、それらが竜巻の様に私とホセを巻き込んだ。


「バカなっ! それじゃお前も――ぐううう!」


 氷は私とホセの体を細かく切り裂いた。奴の狙いは私が嫌がって距離を取ることだ。距離を取ったらホーリーバインドで手足を拘束する気だろう。


 自動戦闘は優秀で、この程度の傷なら自己再生ですぐに治ること、距離を取れば不利になることを理解しているかのように、ホセの側頭部目掛けて上段蹴りを繰り出す。


「ふぬっ!」


 ホセは自身の魔法で至る所に切り傷を作りながら、杖で私の蹴りを防いだ。


 氷のつぶてが激しく渦を巻く中、一撃でもクリーンヒットすれば奴を戦闘不能にできる拳と蹴りが繰り出される。


 ホセは徐々に後退しながらも、それらを杖で防ぎ、さながら近距離戦闘職のような防御を魅せる。奴は魔道騎士団長と名乗っていた。団長の肩書きは流石と言ったところか。


「ええい! 鬱陶うっとうしい! これでも喰らえ! ラプチャー!」


 0コンマ何秒と言う世界が私には見えていた。私の右手首を囲むように薄っすらと空間の壁が生じるのが見えたのだ。しかしそれは私の手の動きに追従するものではなかった。


 つまり、ラプチャーは固定された空間を引き裂く魔法で、高速で動くものをフレキシブルに追いかけて断裂させるものではないということだ。


 そしてそれは自動戦闘の性能により、避けるべきものと認識され、奴の顳顬こめかみを狙って放たれた右拳は、自動的に且つ瞬間的にラプチャーを回避した。


「な⁉︎ この! 化け物め! ぐはっ!」


 動揺した奴の動きが鈍ったことを、自動戦闘は見逃さなかった。私の左中段回し蹴りが奴の右脇腹に突き刺さる。


「ごええええ」


 この上ないチャンスだった。奴の集中力が切れた事は、周囲の氷のつぶてが消えたことにより明白。




 殺すなら今だ。




 首の骨を折ってもいい。貫手で奴の胸を突き刺してもいい。膝で奴の顳顬こめかみを頭蓋骨ごと粉砕しても殺せるだろう。


 幾つかある選択肢の中、自動戦闘が動かしたのは、口だった。




「ラプチャー」




 ホセは一瞬ギョッとした顔で私を見た。そしてその表情のまま、奴の頭部はポロリと首から重力に従って落下した。遅れて身体も力なく自由落下を開始する。


 ひとり上空に残された私は、氷のつぶてにより傷付いた裂傷を徐々に回復しながら、森に落下していくホセを黙って見送った。




***




――私がホセに最初の一撃を加えた直後。



「魔将ディバーン・クルスと見受けた! 尋常に一騎打ちを所望する!」


 シャロンが左肩の盾を失った状態で敵将ディバーンに言い放った。


「ふん! 一騎打ちではつまらん。俺の側近3名とお前の仲間3名とで4対4ではどうだ?」

「勝ち抜きか? それとも8人同時か?」

「8人同時で乱戦と行こうじゃないか」

「いいだろう」


 シャロンはカルロス、ウェルギス、ゴードンをメンバーに選んだ。


 シャロンには勝利への確信があった。


 敵4人のうち、3人は見たことのある顔だ。敵将ディバーンは重装で、槍と盾と魔法で戦う物理魔法職。魔導士ガトラスはたまに前線で見かける炎魔法の使い手。同じく魔導士のリキエは「水刃」の異名を持つ水魔法の達人。


 残り1人は装備を見るに剣士だろう。革の防具で身軽にしているところを見ると俊敏型に見えるが、身の丈ほどの両手剣を見る限りでは筋力型かもしれない。

 こういう得体の知れない敵にはゴードンがぴったりだ。カウンター型のゴードンなら奴の両手剣を見切って斬り伏せてくれるだろう。


「準備はいいか? というよりここでやるのか? 中央の広いところでやろうではないか」

「ぬかせ。折角敵陣まで切り込んできたのだ。押し上げた前線を元に戻させてたまるか」

「ふん。食えん奴だ。双方武器を納めよ! この戦闘の決着はこの場の8人で決する!」


 ディバーンが大声で叫ぶと、ウェルギスもタリドニア軍に戦闘を一時停止することを指示した。


 テルミナ本陣を囲むように両軍の兵士たちが集まる。


 そこへ新品の盾とボルトを持ってシャロンに近づく1人の兵士がいた。


「シャロン様、替えの盾です」

「ご苦労。本陣に戻ったのか?」

「いえ、ボルトとアームは予備のものを持っていました。盾は仲間のものを即席で穴を開けて加工しました」

「ふふ、有難いことだ。感謝するぞ」


 兵士はきびきびとシャロンの盾を取り付ける。


 準備は整った。両軍が見守る中、敵将と3人の側近、シャロン、カルロス、ウェルギス、ゴードンが等間隔に対峙する。


 戦場は真昼の陽に照らされ、春の陽気は鎧を着込む兵士には少し暑いと思わせる風を吹かせていた。

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