第36話 激突

「1人では危険だと申し上げたではないですか!」


 ゴードンが珍しく感情的に怒鳴る。その視線は真っ直ぐすぎて、私の心に突き刺さった。周囲に整列した第1陣の兵士たちが私とゴードンに注目しているのが横目に見える。


「私はサニー様にもしもの事があったら……っ!」


 そう言うと、ゴードンは俯いて右手で両目を覆った。薄茶色のサラサラとした髪が顔の両脇に垂れてユラユラと風に靡く。


 何か言わなければと思うほど言葉が出てこなかった。


 私は過去に「おめーは情がねー人間だなぁ」と言われた事を思い出した。


 私はこれでも自動車学校の教官だったのだ。完璧主義の私には、法によって雁字搦がんじがらめにされた安全運転教育が良くも悪くも性に合っていて、何も知らない生徒たちの性格を分析して1人1人に合ったアドバイスをする教育方針は「厳しいながらも優しい」という評価に繋がった。


 私はその評価が嬉しかった。しかし、昔ながらの「楽して稼ごう」というスタイルを貫く先輩方の教官には嫌われるやり方だったらしく、私が頑張れば頑張るほど、その先輩たちも頑張らなければならなくなり、一言でいえば私のやり方は「迷惑」だったのだそうだ。


 当時の私はそれを知りながら頑張る事をやめなかった。迷惑? 知ったことか。そっちも頑張ればいいではないか。という理屈だ。


 そこに「情がない」という一言を浴びせた1人の先輩は、核心を突くのが上手いと思った。


 今になって思うことがある。


 あれは私を「批難」していたのではなく「心配」していたのではないだろうか。


 現に頑張り尽くした私は、日本一の指導員を目指してオートバイの技量を競う全国大会に出場し、何も結果を残せなかったという虚無感から自殺を図った。


 過ぎたるは及ばざるが如し。努力とは聞こえはいいが、やり過ぎると自身を傷つける両刃の剣であることを皆理解しているだろうか。故に努力を強いることは、その人を傷つけることである。


「皆サニー様を心配しているのです! サニー様はお一人で何でもこなそうとする悪い癖がございます! どうか私を頼って下さい! もう貴方が傷つくところなど見たくありません!」


 教官をやっていた時、1人でもこう言ってくれる人がいたなら、私は変わっていただろうか。


「ゴードン……心配かけてごめんね。きっとこれは私の性質なんだ。簡単には変えられないかもしれない。でも、これからは1人で何かしようとした時、ゴードンに相談するよ。2人で解決できるように」


 そのやりとりを見ていたシャロンが口を挟む。


「2人ではない。仲間全員を頼れ。お前に足りないのは『人を巻き込む覚悟』だ。レニング卿がそうだった。お前の仲間は巻き込まれて迷惑などと思う連中なのか? もっと仲間を信頼しろ」


 ここは第1陣中央本隊。カルロスを先頭に、パトロギスのメンバーや軍略会議で出会った団長たちがいる。

 皆、話のやりとりを聞いて、私を見ている。その視線は優しく、テッドなどはニコニコ笑顔を見せてくれた。


「サニーよ、皆を鼓舞してくれんか。この戦闘に勝ち、盛大に祝勝会が開けるように」


 そう言うと、カルロスは私に軍の前に立つよう促す。


 しんと静まり返った陣営は、皆、私に注目していて、私が話し出すのを待っている様子だった。


 正面には総勢2万の兵士たち。中央突破前提の陣形は縦に長く、声が届く距離ではないと判断した私は、選挙カーを召喚した。


 カルロスとウェルギスを連れてルーフのお立ち台に上がる。マイクのスイッチを入れ、マイクテストをする。


「あー、あー、最後尾、聞こえましたら挙手をお願いします」


 最後尾の兵士たちが揃って手を挙げた。


「サニー様、これはいくさにおいて強力な道具です。これで走り回り指揮を執ったらどんなに有効か……」


 ウェルギスが意外な活用方法を示してくれた。私はこの場で使うことしか考えてなかったが、たしかに指揮に使える。ただし運転できるのが私とカルタスだけなので今回の戦闘で使うことはないだろう。


 私はマイクを構え、口上を述べる


「諸君。私はこのいくさに勝って酒を飲もうと思う。普段は酒を飲まないが、この戦には重要な価値がある。この戦に勝てば戦争は終わると宣言しよう。

 皆、何のために戦うのか今一度考えて欲しい。名誉のため、金のため、または愛する家族のため。どんな理由でもいい。それを勝ち取るのだ。


 ある人は言った。


『組織のために働くな。自分のために働け』


 国という組織のために戦う人もいると思うが、今回の戦は自分のために戦ってみて欲しい。これは組織優先ではなく、自分優先の働き方で、自分を大切にしろという意味だ」


 陣営の兵士たちがどよめき出す。中には槍を上下に振って地面に打ち付け、リズムを取る者も。

 私はその音に負けないように声を張った。


「生きろ! あらがえ! 死ぬことが前提の戦いなどクソ食らえだ! 全員生き残って皆で酒を飲むのだ!

 怪我をしたら治してやる! 死んだら生き返らせてやる!

 私は今この時を以て平和の神を名乗る! 平和は甘くない! 敵を討て! その先に未来がある!」


 兵士たちのテンションが一気に高まり、雄叫びを上げる者も。

 私は最高潮に達したところでこう締め括った。


「タリドニアよ! この最後の戦い! 怯むことなく全力で突破せよ! テルミナの心臓に槍を突き立てるまで決して止まるなーーー!!!」


『『『おおおおおおおおーーー!!!』』』


 兵士たちは激しく足を踏み、槍を地面に突き立て、盾を剣で叩いた。


「カルロスとウェルギスは? 何か言う?」


 私はマイクを2人に突き出した。


「いや、いい。この盛り上がりに水を差すわけにはいくまい」


 カルタスにお願いして選挙カーを野営地へ移動してもらった。

 そこへシャロンがやってきてウェルギスと私に提案する。


「サニー、この士気の高さ、メーデイア無しでも中央突破できると私は踏んでいるがどうだろうか」


 確かに兵士たちを見る限り、皆、高揚し、戦闘開始を待ち侘びている様子だった。

 しかし、無血勝利できる可能性がある以上、開幕メーデイアは必要不可欠だ。

 バカ王子の策が気になるが――


「いや、作戦通りメーデイアは使うよ。もしダメだったら突撃してよ」

「そうか。ウェルギス卿もそれで良いか?」

「了解した」


 いよいよ開戦だ。開戦の合図は金属製の楽器――簡単に言えば大きなラッパで行うらしい。

 この合図より先に仕掛けるのは最大の不名誉とのことだ。合図が鳴り次第、メーデイアで仕掛けられるよう、前もって召喚しておいた。


「メーデイア、ラッパの合図が鳴ったら、即、敵軍全体に睡眠攻撃ね」

「了解です。マスター」


 平原に風が吹く。


 シャロンは左肩に特殊なアームとボルトで直接シールドを取り付けた。肩から10センチほど太い金属アームが4本伸びており、そこにボルトで盾を取り付けた形だ。


 シャロンは深く、何度も深呼吸する。彼女なりの呼吸法なのだろう。眼光鋭く、目に見えないオーラが体から溢れているようだった。


 彼女が睨むテルミナ軍までの距離はおよそ800メートル。開戦と同時にダッシュし、400メートル以上走れれば有利となる。


 私は自軍の援護が受けられる距離で上空に浮遊した。万が一、ホセが瞬間移動してきても自軍の弓兵たちが援護してくれる。


 機は熟した。


 1人の兵士が大きなラッパを構えると、テルミナ軍の兵士も構えた。



――ブオオオオオオオオ!



 両軍一斉に飛び出す。


 タリドニアはカルロス、シャロンを先頭に総攻撃を仕掛けた。


「総員! 走れーーー!!!」

「おおおおおおおおおおお!!!」


「メーデイア!」

「はい。マスター」


 メーデイアは踊るようにヒラヒラと手のひらをひるがえしながら上に挙げる。

 テルミナ軍の頭上には光の絨毯じゅうたんが展開され、光の粒子が降り注いだ。


 そして、その粒子がテルミナ軍の1人の兵士に触れた瞬間。


「くかーーー」


 メーデイアが寝た。彼女は手のひらをヒラヒラとしながら落下して行く。


「メーデイアーーー!!!」


 私は慌てて下降し、空中でメーデイアをキャッチしてお姫様抱っこした。


「メーデイア! 起きて! なんで寝たん⁉︎」

「んごーーー」

「ダメだこりゃ。熟睡しとる」


 私がメーデイア召喚の解除を念じると、空間の歪みが現れた。そこにメーデイアを押し込み、ウェルギスに向かって叫ぶ。


「ウェルギス! 睡眠が反射されたっぽい! 状態異常攻撃はダメだ!」

「了解した! 総員! 攻撃開始ーーー!!!」


 真っ先に接敵したのはシャロンだった。シャロンは左肩のシールドで敵陣にタックルする。


「おおおおおおおあああああああ!」


 敵陣の先頭集団が吹き飛び、敵陣の中央に5メートルほどの穴が開く。


「突撃ーーー!!!」


 カルロスが叫びながらシャロンを援護。迫り来る敵達を次々に槍で斬り捨てて行く。突きを放てば薙ぎ、槍をぶんぶん振り回す。


「そおおおりゃーーー!!!」


 最前線中央は完全にタリドニアが押す形となった。しかし左右がガラ空きなのでテルミナ軍の左翼、右翼がタリドニア野営地に直接攻め入る形に。


「左右がガラ空きだ! 本陣を落とせー!」


 テルミナの指揮官が叫ぶ。


「かかった! 中央押せーーー!!!」


 ウェルギスは野営地に攻め入る敵を無視し、さらに中央を攻めるよう指揮する。


 野営地はもぬけの空だった。タリドニアは総大将カルロスを筆頭に、文字通り「総員」攻めているのだ。

 はなから防御など考えていない。テルミナ軍の左右が野営地に向かってくれれば敵は3分の1になる。それが狙いだった。


 ただし、テルミナが野営地に誰もいないと気づき、引き返し様、後方から襲いかかってくるのは時間の問題である。

 そうなったらタリドニアは完全に囲まれ、逃げ場を失い、周囲から押しつぶされる形になるだろう。


 そうなる前に中央突破し、敵将を討ち取るのだ。


 最前線は北風――タリドニアにとっての追い風が吹いていた。

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