第34話 罠

 戦場となるキルリダ平原への道のりは険しかった。物理的にという意味で。王都サルマンを出て1週間ぐらいは道が綺麗に整備してあり、馬車の乗り心地も良かったのだが、ここ3日ぐらい悪走路である。


 右に左に揺られながら、時に上下にガタンゴトンと尻を突き上げられ、ゴードンに問う。


「あと何日かかるの〜?」

「あと2回野営すれば、その次の朝には到着します」

「うげぇ、今日はまだ始まったばかり。あと2日も掛かるのかー」


 馬車にはテッドたち最後の砦の4人も乗車しており、私とゴードン含めて6人乗りのフル乗車である。

 テッドたちはこの揺れの中、グーグーすやすやと頭を揺さぶられながら器用に寝ている。

 野営の際、夜中の見張りで交代で起きていたのだろう。きっと寝不足なのだ。


 昔、満員電車で立ちながら寝ていた人を思い出した。ちょうど今のテッドのように私とアルラの間に挟まって揺れに身を委ねていた。揺れのせいでたまに私にヘッドバットを喰らわしてくるのだが、その度に頭を引っ叩いた。


「イッタいな! 起きろ! ボケっ!」


 ベチン!


「あだっ! ほえ?」


 馬車の列は渓谷に差し掛かる。崖沿いに曲がりくねった狭い道は、お世辞にもたいらとは言えない凹凸の地面のせいで、車輪がわだちとられて崖側にスリップする度に全身の血管が収縮する想いだった。


「なんでこんなとこに道作ったかな……上に木生えてるけど、切り倒して道作ればよかったんじゃないの?」

「ここはドローガという獰猛どうもうな魔獣が生息している地域なのです。森の中は彼らの縄張りです」


 縄張りを避けるための苦肉の策ということだろうか。しかしもっと丁寧に整備して欲しかったものだ。


 崖と反対側の壁を窓越しに見ていると、通路脇の壁沿いに紙のようなものが石で固定されているのを見つけた。

 馬車は歩兵たちに合わせてゆっくりと前進しているので、その四角い紙もじっくりと見ることができた。

 紙には魔法陣が描かれており、魔法陣の円周には魔族語でこう記されていた。


『大いなる災いの神エルヌスよ、悪しき魔女サニーを業火にて焼き滅ぼせ。イビルフレイム』


 私は叫んだ。


「伏せろーーー!!!」


 テッドとゴードンを両脇に抱えて出来るだけ壁の反対側に寄った。

 直後、轟音と共に馬車の窓が割れ、背中と後頭部に火傷の痛みが走る。黒い炎は私の両脇をすり抜け、車内を焼き尽くすと共に、その圧力でキャビンを内側から破壊し、馬車を馬ごと崖下に吹き飛ばした。


 テッドとゴードンの髪が焼け、顔が半分ただれているのが見える。アルラ、カティア、ガイルも酷い火傷であると気付いた時には、川に転落していた。


 腹の底から怒りが沸々と湧いてくる。こんな真似をするのはバカ王子しかいない。

 私は怒りに震える声を押し殺し、渓谷の空間を支配した。


「っ! スペーシャルドミネーションっ!」


 すると、川は重力に反して私たちを避けるように上空に迂回し、カルタスも含めて私たち7人と馬車の残骸が川底に残された。


「ぐ……うう……サニー……さま……」


 ゴードンは左目が焼けてもなお、私を心配していた。全員生きてはいる。私は目の前の惨状に全裸で仁王立ちした。


 悔しかった。仲間をこんな目に遭わせられて。私は1人1人フローティングの魔法で崖上の通路まで運んだ。全員運び終える頃には、私の火傷は自己再生の能力で自然治癒していた。


 ウェルギスが駆けつける。


「サニー様! 何があったのです⁉︎」


 そう言いながら私が裸であることに気付き、マントで覆う。


「そこに待ち伏せ式の魔法が仕掛けられてた。やられたよ。イビルフレイムだってさ」

「イビルフレイム……それは……殿下のユニーク魔法……」

「やっぱゲラルドか……あの野郎! 絶対許さねー!」


 皆にエクストラヒールをかける。ゴードンが1番重症で、イケメンの顔が無惨にただれ、左腕も開放骨折して血が噴き出ているのを見て、すぐに治療した。


 軽症だったのはカティアだ。座っていた席が爆心から離れており、ガイルが盾になって庇っていた。それでも髪は燃えて半分しか残っておらず、両腕に酷い火傷を負っていた。


「1番重症だったのはサニー様です。黒焦げのお姿を見た時は心臓が止まるかと思いました」


 回復したゴードンが安堵の溜め息と共に言う。私は顔と胸以外、全身黒焦げだったのだとか。思えば全裸になったのは私だけだ。皆、鎧なり革の防具なり着用しており、それらには火炎耐性の魔法が付与されていたようだ。戦場に向かう装備だったのが功を奏した。


 さて、困ったことが2つある。


 1つは私の服だ。今から向かう先には街も村も無いらしい。ここは異世界召喚の出番だろう。私は白の革ジャンと革パン、赤のタンクトップに赤のショーツ、黒い靴下にエンジニアブーツ、そしてサングラスを召喚した。


 私は怒っているのだ。ゲラルドを、今回やられた全員分の7発殴るまではこの格好でいることにした。返り血で赤の模様を付けてやる。


 もう1つ困ったのは道が寸断されたことだ。私たちの馬車はほぼ先頭だ。後続が立ち往生している現状を何とかしないと、テルミナが国境を越えてしまう。


「ウェルギス、土魔法使える人は?」

「魔法騎士団におりますが、かなり後方です」

「連れてくるよ。なんて言う人?」

「レニング卿の跡を継いだサリエラ・ドレイクが有能です」

「軍略会議に出てた女性だね。了解」


 空を飛んで上から軍の列を見渡すと、改めて大軍であることを思い知らされる。

 重装兵隊、剣士隊、弓兵隊と綺麗に並んでおり、その後方に魔法使いと思しき装備の部隊が並んでいた。


 部隊の先頭の馬車に声をかける。


「もしもーし、サリエラいる?」

「これは天使様、中におります。少々お待ちください」


 御者はキャビンをノックし、私が来たことを伝えてくれた。中から軍略会議で見た魔法騎士団団長のサリエラと、副団長のバーカスが出てくる。


「サニー様、先で何があったのですか?」

「あー、なんかねー、爆破された。道が寸断されちゃってさ、直して欲しいんだ」

「爆破……皆ご無事なのですか?」

「いや、結構やられた。まあ治療したから大丈夫だけどね」

「サニー様がおられて良かった。道は私が直しましょう」

「オッケー、動かないでね、連れてくから」


 彼女をフローティングで浮かせると、私は元の場所まで飛んで行った。


 5メートルほどの道の崩落は、サリエラの土魔法によって、あっという間に直ってしまった。しかも、彼女が直した箇所は表面が綺麗で、術者のレベルの高さがうかがえた。


「さて、皆んなちょっとこの辺あけてもらってもいい?」


 私は直してもらった道に誰も入らないように案内すると、そこに召喚した。


「異世界召喚。ランドクルーザー」


 エンジンが掛かった状態の白のランドクルーザーが召喚された。ルーフキャリアが装備され、車高もリフトアップされてマッドタイヤを履いているカスタム仕様だ。


「サニー様……これは一体……車輪が付いていますが……柔らかい……」


 カルタスが興味深そうにタイヤをグニグニと指で押す。


「これはねー、自動車っていうんだ。馬がいなくても前に進める馬車の代わり」


 私は川に流されてしまった野営の道具の代わりとなるテントやガスストーブ、寝袋なども人数分召喚した。


「ふへへー、これは野営の時のお楽しみね」


 皆で道具をルーフキャリアに載せて固定すると、私はカルタスを助手席に乗せた。運転を教えるためだ。

 全員乗車すると、室内の質感に皆感嘆した。


「天使様! この背もたれの質感最高です!」


 アルラは馬車にはない背もたれの座り心地が気に入ったようだ。カルタスはコンソールパネルのスイッチや、ハンドル、レバーに興味津々の様子。

 私は窓を開けて先頭に進めと指示した。


「な⁉︎ 窓が勝手に!」

「ああ、パワーウィンドウね。風が気持ちいいから全部開けちゃおうか」


 私は驚愕のリアクションをとるカルタスを尻目に、手元のスイッチで助手席と後部座席の窓を開ける。


「ななな⁉︎ なんと! 一体どうやって開けたのですか⁉︎」


 カルタスは珍しく感情をあらわにし、二列目シート中央のゴードンは考察する。


(魔法か? いやしかし詠唱も何も……サニー様は何か手元を操作しておられた)

「サニー様、魔道具か何かでしょうか?」

「コンビニで電気使って自動ドア開閉してるじゃん? あれと原理は同じ」

「いや、しかしあれは大きな建物で……この小さな車体のどこにそんな仕掛けが……」

「ふふふー、小型化は工業の最先端だよゴードン君」


 前の馬車が発車したので、セレクターレバーをドライブレンジに入れると、一瞬車体が揺れ、それと同時にカルタスの表情が一変する。

 ブレーキを緩め発進すると、皆「動いた!」「どうやって!」と驚きの声が上がる。


「船……と似ておりますな」

「そっか、船もレバーあるもんね。私は船は操縦できないけど、カルタスならクルマ運転できるんじゃないかな」

「速度の調整は如何にしておられるのですかな?」

「足元見える? このペダルがブレーキで、こっちの小さいのがアクセル」

「ほうほう」

「そう言えば船って何で動いてんの?」

「水魔法の魔道具で出力を調整しております。レバーを操作してスピードを調節する仕組みです」

「なるほど。じゃあエンジンと似たようなもんだ」


 私はカルタスに一通りの操作を教えた。できれば早く運転を代わって欲しいのだ。なぜなら140センチ弱の身長では前はよく見えないし、ペダルの操作もつま先でやっと届くか届かないかなので、テクニカルな運転はできないのである。


 渓谷を進むと、川幅が狭くなっているところに橋が架けられていた。橋の先は道幅が広く、運転の練習にはもってこいの地形だ。

 私はカルタスに運転を代わってもらうと、カルタスの運転のセンスの良さに感動し、このクルマはカルタスにプレゼントしようと心に決めたのだった。

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