第33話 軍略会議

「ぐっ! 貴様っ! 立ち去れっ!」


 バカ王子は私が部屋に入った途端に狼狽ろうばいし、上座から2番目の座席から立ち上がった。


「干渉するなと言ったのは貴様ではないか! なぜ接近してくるのだ! 近寄るな化け物!」

「うるさいなー、静かにしろよ。私もお前なんか視界に入れたくないんだよ。嫌ならマーガリーと代われよ」

「くっ! 衛兵! この化け物を摘み出せ!」

「お前ねー、つまんねーこと言ってっとまたぶった斬るぞ? 大人しく座れよ」


 私は自分のネームプレートが置かれた席に着いた。カルロスの座席がお誕生日席で、その右手側第1座席にバカ王子、私はその反対側、カルロスの左手側第1座席だ。


「国王陛下! ご入場ー!」


 衛兵が高らかに声を上げる。全員起立して国王に敬意を表している。私はそういうのは苦手なのだが、座ったままだとまたバカ王子がピーチクパーチク言いそうなのでゆっくりと立ち上がった。


「皆、よく集まってくれた。楽にしてよい。特にサニー、無理に合わせんでもよいわ」

「ほえーい」


 私は堅苦しい起立からフッと力を抜き、ドサっと着席した。周囲から「無礼だ」「いくら天使でも」と言ったヤジが聞こえる。


「静粛に。サニーは王都に住まう1国民であるが、同時に国を救った女神でもあり、私の友人だ。文句がある者は私に申せ」


 カルロスがそう言って席に着くと、皆、黙って着席した。バカ王子はまるでねじ切れそうな複雑な表情で苛立ちを露わにしている。その隣のバイデッカ公爵も、さらにその隣のトスカー大教皇も何か言いたげな顔で、しかし何も言えずに憤慨が滲み出ている。


 バカ王子が立ち上がり宣言する。


「これより軍略会議を始める。まず、ウェルギス伯爵から現況報告を」

「はっ。偵察部隊によれば、テルミナ軍は国境へ向かって進軍を開始したとのことです。進軍先はキルリダ平原と推測されます。我が軍も斥候をはじめ、第1陣の進軍を開始いたしました」

「敵の数は如何ほどですか?」


 王宮騎士団、第1重装兵隊、隊長が口を開く。ネームプレートにはバンダル・ウェイ・サムソンと書いてある。スキンヘッドに立派な髭、それに見合った屈強な筋肉は、ウェルギスよりも重厚で、太く筋張った首はそう簡単には落とせそうにない。


「5万」


 ウェルギスがそう言った途端に会場が騒つく。


「5万だと⁉︎」

「先のエルラドール4万も異例だったが」

「こちらの兵は間に合うのか」


「静粛に!」


 カルロスが一喝し、ウェルギスに問う。


「ウェルギス、こちらも5万出せるか?」

「いえ……4万が限度かと」


 ここである事に気付いた。皆の様子をうかがっていたのだが、俯いて「どうすれば」などとボソボソ呟く者と、平然と前を向いている者と2通りに分かれているのだ。バカ王子に至っては平然を通り越してニヤついてすらいる。私は異常事態を悟った。しかし先手を打ったのはバカ王子だった。


「ウェルギス卿、こちらの兵は2万が限度では?」

「殿下……それは一体……」

「エルラドールが攻めてくる可能性もあるのだ。全軍をテルミナに向けて無防備なところを東から攻められたらどうする。エルラドールに対する防衛部隊も2万必要だ」

「しかし……エルラドールはテルミナに侵攻したという情報はあれど、我が国への侵攻をほのめかすような情報は――」

「黙れ! 俺は可能性の話をしているのだ! 準備を怠ってはならんという話が通じんのかっ!」

「はっ! 申し訳ございません!」


 違和感を覚える。2万の兵で5万に太刀打ちできるはずがない。負けに行くようなもの――


 私は思い出した。ダナトスが言っていた。「タリドニアに負けてもらう」と。そしてバカ王子も魔族であるということを。


 なるほど。こうやって勝ち負けを操作しているわけだ。しかし今回の戦いでは「エルラドールも負け」とダナトスは言っていた。テルミナはエルラドールの侵攻に対して何人の兵を向かわせているのだろうか。


「ウェルギス、テルミナはエルラドールの侵攻に対して、どれぐらいの兵を動かしてるの?」

「5万との報告を受けています」

「え……じゃあテルミナは総戦力10万なの?」


 ゴードンが割って入る。


「サニー様、我が軍の総力も10万です。しかしそれは訓練中の者や子どもも含めての戦力となります。最前線で戦わせられるのが4万という意味です。おそらくテルミナも同様。今回は子どもも戦場に向かわせるつもりなのでしょう」

「それでタリドニアにもエルラドールにも勝つつもりってこと?」


 バカ王子とバカ公爵とデブ大教皇がニヤニヤしているのがたまらなくムカついた。テルミナはそれでも勝つという筋書きなのだろう。


 そうはさせない。


「ウェルギス、2万でいいよ。私がなんとかする」


 私の意図を読んでいるのか、しかし読めているなら何故余裕の表情なのか分からなかった。バカトリオは私がメーデイアを使って敵軍を眠らせられることを知っているはずなのだ。なのにあのニヤニヤが止まらない。


 何かある。そう思った。


 私はこれ以上ない殺気を込めて真顔で目を見開きバカ王子に告げた。


「王子、テルミナへ向かう2万の兵は精鋭を揃えるが宜しいか? 特に国王陛下には最前線に立ってもらう」

「な⁉︎ なにをバカなことを――」

「宜しいか⁉︎」


 私が全身に力を込めると、会議場の空気が渦巻き書類が宙に舞った。窓はピシピシと音を立て、部屋全体が小刻みに揺れ、紫と黒が入り混じるあやしい光に包まれる。

 私の目が紫に光ってることに気付いたバカトリオは酷く怯え、3人揃って窓際に縮こまる。


「よ、良い! かか構わん! しかし陛下に身にもしものことがあった時は貴様の責任だ!」


 私は力を抜いた。宙を舞っていた書類がパラパラと床に落ちていく。


「いいよ、それで。ウェルギス、今から猛ダッシュでキルリダ平原に向かったとして、第1陣に追いつく?」

「追いつきます」

「おっけー、じゃあさ、ここにいる隊長クラスを全員最前線の中央に配置してよ。あとシャロンとその部下も。テッド達も呼ぼう」


 私はテーブルに置かれた地図を見て、皆に作戦を伝えた。


「初手は私のメーデイア。できれば戦闘が始まる前に敵軍を全員眠られされたら最善かな。でもなんかそこの王子の顔見てたら何か対策してそうなので、メーデイアが効かなかったら中央突破。私が先陣を切る」

「メーデイアの対策とは何だ? ゲラルド、何か知っておるのか?」

「い、いえ……何も……」


 こいつは嘘が下手だ。いや、下手以前に顔に出ている。何かメーデイアの対策を講じているのは間違いなさそうだ。


「ふん。たわけめ。ウェルギス、サニーの作戦に何か問題はあるか?」

「はっ。時間との戦いになるかと。中央突破が間に合わなければ最前線は総崩れになります。その前に突破し、敵将を討ち取れれば勝ちかと」

「間に合わせるさ。こっちにはカルロスとシャロンがいる」


 何としてでも間に合わせるのだ。この戦いに勝って停戦に持ち込みたい。停戦後の段取りのためにも、タリドニアには防衛力があるということを他の2国に知らしめる必要がある。そこに更に強い武器が備わって抑止力となるのだ。


 これを平和に向けての最後の戦いとする。この戦いが終わればもう戦わなくていい。この戦争を終わらせてみせる。私は強く決意した。

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