第4章 戦争

第32話 我が家

 久しぶりに帰った我が家は、コンビニ、神社、銭湯ともに好調な経営状態だった。屋敷のロビーでは皆総出で私たちの帰りを迎えてくれた。


「サニー様おかえりー!」


 モモがボフンと胸に顔を埋めてくる。その後ろでニアがもじもじしているので、手を引いて抱き寄せた。


「ただいま。2人とも。みんなもただいま!」


 時間は夜15の鐘が鳴ったところで、子どもは寝る時間だ。2人とも私とゴードンが帰って来たと知って、飛び起きてきたのだとか。


 メイド長のカリンとメイドのアンナは急いでメイド服に着替えたようだ。もう1人メイドとして雇ったタコタなのだが、この娘はトランスジェンダーで心が男なのだ。なので、執事服を支給した。長い足が強調され、オールバックの黒髪も似合っている。


「サニー様、お風呂の準備ができております」


 ゴードンがいつの間にか執事服に着替えて私に案内する。帰って来て早々、お湯を沸かしてくれたようだ。


「ゴードンさー、家帰んなくていいの? ずっと気になってたんだけど結婚とかしてないの?」

「私は生涯を主サラエドとサニー様に捧げております。7年前に婚約者が病死してから、生涯独身を貫くと決意いたしました」

「ありゃま……それはお気の毒だったね。ごめんね、変なこと聞いて。ゴードンいくつだっけ?」

「23です」


 まだ若い。これから結婚してもまだまだ遅くないが、生涯独身を貫くと決めてしまっている以上、野暮なことは言うまい。



***



 広い風呂はいいものだ。これなら5人ぐらい一緒に入れる。お湯も少しぬるめだが長風呂気味の私には丁度いい湯加減だ。


 のんびり浸かっていると、脱衣所から物音がして出入り口のりガラス越しに誰か立っているのが見える。


「サニー様、お背中を流しに参りました。失礼してもよろしいでしょうか」


 カリンの声だ。時々こうして背中を流しに来る。もう体は洗ってしまったのだが、こういうスキンシップは大事にしよう。


「いいよー。入ってー」

「失礼いたします」


 カリンの体は痩せこけていたが、胸だけは豊満だった。タオルで前を隠しているが、隠しきれないバストがタオルからはみ出ているのを見ると、女性の裸を見慣れていない私は、つい目を逸らしてしまう。


 天然のウェーブヘアーは背中の肩甲骨より少し長いぐらいの美しいオレンジ色で、屋敷内で流行っているマニキュア、ペディキュアも同系統の色で統一感のある仕上がりになっている。


「マニキュア、綺麗だね」

「うふふ、サニー様のおすすめの色、とても気に入っています」

「これコンビニで売れるかなー?」

「こんなに艶があって色とりどりで、耐久性もある商品は他にありません。きっと売れますわ」


 カリンの声の張りから、背中を優しく洗いながらにこやかに笑っているのがうかがえた。マニキュア自体はこの世界に既にあるそうだ。ただ、ペースコートやトップコートといった発想はまだないようなので、塗り方を実演販売したら売れるかもしれない。ネイルの本も翻訳できれば売りたいのだが、翻訳して製本となると敷居が高い。


 マニキュアを売るなら化粧品もセットだろう。化粧などしたことがないので、マニキュアと同じように本を召喚して読み込まなくては。


「サニー様、終わりました」

「お疲れ様。ありがとう」


 湯船に浸かり、コンビニの商品戦略を考えていたら、美容とコスメ関連は別に店舗を設けてもいいかもしれないと思いついた。貴族街に近い方がいいだろう。むしろ貴族街の中に店舗を構えたいぐらいだ。



***



 一夜明けて、朝の鐘8つ。今日は朝からタリドニア軍の軍略会議がある。カルロスが仕切るので問題ないと思うのだが、あのバカ王子も参加するとのことだ。


 バカ王子は私が参加することを今でも反対しているらしい。部外者だと言い張っているのだ。まあ確かに部外者と言われればそうかもしれない。だがタリドニアの王都に居住する1国民として参加を押し通す。


 屋敷から出ると、通りにはカルタスが馬車を停めて待っていた。カルタスの隣にはガトリーの姿も。


「おはよう2人とも」

「「おはようございます」」

「ガトリーも会議出るんだ」

「はい! 各団の副団長まで出席します」


 馬車に乗り込み、各団について尋ねる。


「何団があるの?」

「王宮騎士団、魔法騎士団、神官騎士団、傭兵団があり、各団の団長、副団長に加え、王宮騎士団については規模が大きいので、重装兵隊隊長、剣士隊隊長、弓兵隊隊長が出席します」


 ゴードンの説明を聞いて、何人出席するのか指折り数える。


「ほうほうほうほう……11人。これにカルロスとバカ王子とバカ公爵とバカデブ。シャルマンとウェルギスは?」

「シャルマン卿は出席しません。ウェルギス卿は王宮騎士団団長です。それと監査隊と言って、軍略会議が正常に行われているか監査するチームが5名ほど参加します」

「なんじゃそりゃ。公安みたいな?」

「こーあん……はわかりませんが、彼らは会議の議決権を1人1人が持っています。心証を損ねると5つの反対票を買うことになるので注意が必要です」

「議決は過半数?」

「はい。今回はサニー様を含め21名が出席しますので、11票で過半数となります」


 そうこう話している内に王宮に到着した。今日はいつもの王城から離れた庭園ではなく、王城正面の大きな門から入るようだ。ここが正門なのだろう。


 ゴードンが門番と話をすると、鉄格子で出来た大きな門が金属音を立てて開門する。

 正面には綺麗な白いレンガが敷き詰められた広場、その中央には豪華な装飾が施された噴水があり、その向こう側に幅30メートルはありそうな階段が見えた。


 広場には近衛兵が巡回し、階段の中央付近にはレッドカーペットが敷かれている。

 ゴードン、ガトリーは慣れた様子で階段を登っていく。初めての私はカーペットが雨に濡れたら劣化しないのか心配になって足元ばかり見ていた。


 ロビーに入ると、体格のいい男性と派手な露出のドレスを身に纏った女性が立ち話をしていた。女性の背中は大きく露出し、お尻の上半分が見えている。髪はエメラルドグリーンでポニーテールだ。男性がゴードンに気付き話しかけてくる。


「おっ、ゴードンさん、おはようございまっす」


 女性もゴードンが背後に接近していることに気付き、なまめかしい態度で挨拶する。こちらに振り返ると、胸元が大胆に開き、ヘソも露出しており、もはや何も着ていないよりもセクシーなドレスであることがわかる。


「あらゴードン団長、いつ見ても素敵ですわ」


 女性はゴードンを舐め回すように上目遣いで大きなバストの谷間を強調する。ゴードンに気があるオーラが目に見えるようだった。


「サニー様、こちらは傭兵団団長のヌーベル・ザラハと、副団長のキーシャ・マルステルです」

「サニーです。よろしく」

「へへへ、お初です、サニー様。ダコロス平原ではお世話になりました」

「あらー、サニー様、思ったより小さいんですわねー」


 キーシャが私の胸を見て小さいと言っているのが気になったが、つるぺったんであることに自信を持っている私は、いつか垂れるであろう巨乳を哀れみこそすれ、羨ましいなどと思うことはないのだ。


 一同は会議室を目指す。窓から見える空模様は、屋敷を出た時は青空だったが、ひと雨降りそうな黒い雲が立ち込めていた。

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