第31話 交渉
私は寿司が好きだ。マグロ、イカ、タマゴなど数多くのネタがあるが、特にイクラが好きだ。北海道の市場でイクラ丼を食べた時は天国に召されるかと思った。
多種多様になった寿司はハンバーグやカルビ牛など邪道なものを乗っける文化が定着しつつあるが、私は何を乗せても構わないと思う。美味しければいいのだ。
だがエビ、カニ、ウニ。貴様らはダメだ。すっかり魚介類の仲間として定番ネタになっているが、皆勘違いしている。奴らは虫だ。足が何本もある時点で脊椎動物ではないのだ。最初に食べた奴はきっと昆虫も食べたことがあるであろう。ちなみに地球に生息しているGは国によっては食用として食されているが、味はエビに近いという。コオロギも同じくエビの風味だそうだ。それみたことか。エビは虫と同じ味なのだ。即ちエビは虫である。
カニも堅い甲殻に覆われ、中身がなんだかよくわからない臓器になっている時点で虫であることを疑うべきだったのだ。カニ味噌を食べる強者がいるが、あれは脳味噌ではなく内臓であることに早く気づくべきである。決定的なのは『蟹』という漢字が『
ウニは海藻を食べる海の虫である。寿司ネタに使用されている部位は精巣と卵巣だ。沢山食べると腹の中で生殖し、新たなウニが生まれるということは私の脳内では常識である。大体あの棘が足なのか何なのかわからない時点で人が食うものではない。最早昆虫以下である。
そして今、私の目の前の2人は甘エビとウニを美味そうにバクバク食っている。私は円卓に頬杖をついて2人のハムスターのような頬っぺたが
魔王ダナトスはエビの尻尾ごとバリバリと食しており、カルドはウニが気に入ったらしく、慣れた手つきで醤油を付けては口に頬張る。
「サニーよ! 甘エビ100貫追加だ!」
「ウニも追加してください」
なぜこうなったかと言うと、鎖に巻かれ牢に閉じ込められた2人を見て、精神病院の隔離室を思い出してしまったのだ。
精神を病み、医療保護の名目で精神病院に入院した人がまず入れられるのが隔離観察室だ。そこはマットレスと毛布、枕、便器しかない狭い部屋で、内側から扉を開くためのドアノブがない。外からしか開けられないのだ。
最初入った時の第一印象は牢屋だ。出入り口は分厚い鉄の板で二重扉。一度施錠されたら食事と投薬のとき以外は誰も来てくれない。深い孤独を味わった。
だからこそ、誰かを牢に閉じ込めるなんてことはしたくないのだ。私は2人に、大人しくしていれば良いものを食べさせてやると提案した。牢の中で2人にマグロ寿司を一口食べさせたら、2人とも感激して大人しくすると約束したのだ。
そして今に至る。
「ふう、腹一杯だ」
「私もです」
「お茶飲む?」
2人に濃い緑茶を召喚する。円卓では、私の右隣にダナトス、その隣にカルド、ゴードンと続き席に着いており、ダナトスとカルドの背後には空になった寿司桶が大量に積まれている。
パトロギスのメンバー達は、ダナトスとカルドが食事を終えるのを待っていた。2人が茶を啜っているのを見てカルロスが口を開く。
「魔王様、エルラドールへの侵攻はお辞め下さいますようお願い申し上げます」
「却下だ。今すぐ国に戻って戦の準備を始めろ。テルミナはタリドニアへの侵攻の準備を始めたぞ? 今回はエルラドールとタリドニアに負けてもらう」
テルミナが侵攻してくる。しかも負け戦が確定している様子だ。ここは何としても戦争をやめさせなくては。幸いこの男は胃袋が弱い。ここを攻めない手はないだろう。
「ダナトス、お願いを聞いてくれたらタラバガニっていうめちゃめちゃ美味しい虫を食べさせてあげる」
「何? エビという虫よりも美味いのか?」
「エビより美味いね。私が元いた国ではね、タラバガニを食べ出すと皆んな夢中で食べるから無口になるんだってさ。喋ることも忘れる旨さなんだよ」
右隣からゴクリと生唾を飲み込む音がする。手応えありだ。
「何だと? 今すぐ食べさせろ」
「やーだよっ。お願い聞いてくれるなら1年分用意してあげる」
「2年の停戦……だったか」
「2年間、3国各々で国力を蓄えさせてよ。2年後に戦争再開したときにさ、今より面白い結果になるって約束するよ。飽きてきたでしょ? 同じ展開。2年力を蓄えてさ、一気に放出するんだよ。きっと激しい争いになるよ? うへへ」
「ふむ……」
カルドがダナトスに耳打ちする。
「魔王様、この機に領内の食糧問題をこの娘に解決させては如何でしょうか。無限に食糧を召喚する能力は利用価値があります」
ダナトスは一時沈黙した。会議場が静寂に包まれる。
「2年の停戦、受け入れよう。ただし、サニーは魔王城並びに魔族領の領民に対し、不自由のない食糧を提供することとする」
「魔族領、飢えてんの?」
「皆大食いでな。一昨年から天候不順が原因で農作物が育たん。その影響でコエニを食い過ぎて生産が追いつかなくなった」
「ほーん。わかった。じゃあ魔族領も何とかしよう。3国の面倒も見なきゃだから付きっきりにはなれないからね?」
「よかろう」
「交渉成立か?」
シャロンが割って入る。
「テルミナの侵攻は最早止められん。それ以外は今日から2年間の停戦を認める」
各席から安堵の声があがり、拍手が送られた。カルタスは議論の間に停戦の誓約書を作成しており、ダナトスの席に羽ペンとインクを添えてそっと差し出す。
ダナトスは誓約書をカルドに読ませると、カルドは一通り目を通して「よろしいかと」と言ってダナトスに返した。
皆が注目する中、ダナトスが誓約書にサインする。
『ダナトス・グンゼバルト・ギャレット』
「よし! シャロン、ダナトスと握手して」
「あくしゅ?」
「こうするの!」
私はダナトスとシャロンを対面にして立たせ、互いの右手を交わすよう指示した。
2人は固い握手を交わす。周りからは大きな拍手が送られた。
「皆んな王都に帰ろう。テルミナを止めなくちゃ。ダナトス、あとで魔王城行くから待ってて」
「おう。早く来い」
「それでは、第37回パトロギス会議を閉会します。皆様ご起立願います」
ゴードンが宣言すると、パトロギスのメンバーは全員起立した。ダナトスとカルドは座ってその光景を眺めている。私は迷ってしまった分タイミングが遅れたが、一応パトロギスのメンバーなので慌てて立ち上がった。
起立したメンバーは右手を握り拳にして胸の中央に当てている。私も真似すると、シャロンが高らかに宣言する。
「平和から逃げるなかれ! 真の平穏はこの戦いの先にあり! 苦痛の先導者たれ! 最前線にこそ平和への活路あり! 敵を退ける鉄壁の守護者たれ! 攻撃の意思は醜い自尊心にあり! パトロギスは内外問わず戦火を鎮める勇者の集団なり! 武器を持ち! 敵を討てー!」
皆力強く右手を上に挙げる。パトロギスの会議が終わった瞬間だった。
帰りは私の魔法『ポータル』で王都へ帰還することにした。馬車は会議に参加しなかった裏方のメンバーが後日王都へ届けることに。馬車で帰っていてはテルミナの侵攻を防ぐ時間がなくなってしまう。
ポータルは一度行ったことのある場所の風景や部屋の様子を強くイメージできれば、現在地と行き先の空間を繋いで扉を開くことができる魔法だ。
ポータルは王城の謁見の間に繋がった。真っ暗で少し気味が悪い。
「ゴードン、暗い。怖い」
「廊下に出ましょう。そちらの方が明るいです」
こうしてパトロギス会議は終わり、ニアとモモが待つ我が家へ帰還したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます