第29話 魔族

 円卓には上座から時計回りにシャロン、ロベルト、サドス、ミトラ、カルロス、タルマイジ、シャルマン、ウェルギス、カルタス、ゴードン、私の11名が等間隔に席に着いている。

 一通り銃の性能や取り扱いについて説明したところで、ゴードンが会議の時間配分を考えて今回の議題の提起に移るため皆を席に着かせたのだ。


「今回の議題は『回復魔法と邪神の封印との関連性』です。まずテスモア洞窟で何があったのかご報告いたします」


 ゴードンはテスモア洞窟で隠し部屋を発見したこと、禁書に該当する書物があったこと、貧民街の女性を回復魔法の実験体としていたこと、回復魔法は邪神に呼びかけて呪文を唱えれば使用可能であること、そしてその呪いについて報告した。

 しかし、ノートに記載されていた魔王ダナトスとカルロスとの密会については触れなかった。今回、パトロギスのメンバーを招集して報告会議を行ったのはカルロスと魔族との繋がりを明らかにするためだ。そこを端折はしょられては困る。


 私は挙手した。


「サニー君」

「ひとつ報告漏れがあるので補足を。レニング卿のノートにはこう記されていました。魔王ダナトスと国王カルロスとの密会。魔王が回復魔法の研究について進捗を確認し、国王が『順調に』滞っているとの回答をしたことも記されています」


 会議場がざわつく。


 私はアイテムストレージからレニング卿のノートを取り出すと、シャロンに手渡した。そしてこう続けた。


「カルロス、自分の口から説明してくれないかな。私が聞きたいのは、それでもパトロギスの一員として、どうやって魔王の支配から逃れているのか。今でも魔王と接触してるのか。この2つだよ。この期に及んで隠すつもりはないでしょ?」


 カルロスは普段から鋭い目つきをしているが、ここに来て一段と鋭さが増している。しかしそれは私には覚悟の表情に見えた。決して睨んでいるのではないということもうかがえた。


「よかろう。全て話そう」


 カルロスは立ち上がって皆の顔を一通り眺めた。


「私は魔族だ。9年前までこの戦争を扇動していたことも認めよう。洗いざらい白状すればテルミナ国家元首とエルラドール皇帝も魔族だ。この戦争はデキレースだよ。目的はエルヌスを封印された報復だ。

 エルヌスはユーナデリアの民を恨み、当時の魔王ザルダーバと結託して回復魔法を支配し、各地で暴動を起こした。

 タリドニアでは『プラナラの裁き』と称して罪のない人々を殺戮し、テルミナでは『エニストスを讃えよ』と声を張り上げ村を焼き払い、エルラドールでは『サラエドこそが唯一の神』と叫びながら教会を襲撃した。

 全て魔族の仕業だ。しかしユーナデリアの民はそれに気付かなんだ。タリドニアはテルミナに侵攻し、テルミナはエルラドールへ、エルラドールはタリドニアへと見事に魔王ザルダーバの術中に嵌り、ユーナデリア大陸は3国が三つ巴の戦乱へと飲み込まれていった。

 ちょうどその頃、3国ではクーデターが起きていた。これも魔族による国の乗っ取りだ。それぞれの国のトップは魔族に処刑され、タリドニアでは初代国王が王国を名乗り、テルミナでは共和制の国家が誕生し、エルラドールでは初代皇帝が生まれた。皆魔族だよ。

 そこからは3国がそれぞれ一進一退の攻防となるように工作するのは難しいことではなかったようだ」


 国王カルロスの告白に皆言葉が出なかった。そんな中、沈黙を破ったのはシャロンだった。


「9年前。父上が亡くなった時。あの時の涙は嘘ではなかったということですね?」


 カルロスは俯くと、ふるふると震え出し、テーブルには幾つもの雨粒のような涙が音を立てて降り注いだ。

 涙声になったカルロスの叫びが会議場に響く。


「デモンズはっ! デモンズだけはっ! あいつが死ぬぐらいなら私が死ねばよかった! シャロン! すまん! 私のせいであいつはっ!」

「陛下……」


 言葉にならない嗚咽を漏らすカルロスの肩に、タルマイジ卿がそっと手を掛ける。

 これ以上カルロスが魔族であることについて追求するのがはばかられたが、どうしても聞きたいことがあるのだ。

 私が重い口を開こうとした時、カルロスは泣き止み、また語り出した。


「9年前、私はこの馬鹿げた戦争を終わらせることを決意した。しかし魔王ダナトスの支配は絶対だ。私1人で魔王に盾突く力はなかった。私は密かに他国を攻める攻撃の手を緩め、防衛戦に特化した采を採った。

 異変にいち早く気付いたのはテルミナ国家元首のミナス・フォートピアだ。彼女から何故攻めてこないのか打診があった。その時は『国力がない』と苦しい言い訳をして場を凌いだが、私が戦争に対して弱腰であることが魔王の耳に入るのに、そう時間は掛からなかった。

 息子のゲラルドは魔族幹部から色々と入れ知恵されたのだろう。私を亡き者にしようと企んだ。妻も愚息も娘も魔族だ。妻と娘だけは毒牙にかからずに済んだようだが。

 今はまだ魔王ダナトスに私が回復した事は伝わっていないはずだ。もうひと月もすれば伝わるかもしれんが。現時点では魔王ダナトスとの繋がりはない」


 カルロスは白と言っていいだろう。だが魔王からまた暗殺だの刺客だのカルロスを亡き者にしようと働きかけがあるかもしれない。その時はいよいよ魔王と直接対峙することになるだろう。


 私が挙手をすると、ゴードンが私を指名し、カルロスに着席するよう促した。


「カルロス、魔王からなんか接触があったら教えてよ。私も魔王と会ってみたい。一つ提案があるんだよね」


 ウェルギス卿が手を挙げる。


「ウェルギス君」

「サニー君、提案とは何か」

「2年間の停戦協定。これを3国相互に結ぶ」


 シャルマン卿が挙手。


「シャルマン君」

「そんな事が可能なのですか?」

「条件次第だろうね。こっちから出せる条件は、2年後、私が戦争に干渉するのを辞めるってとこかな。停戦協定ができないなら、私は戦争に干渉しつづけ、徹底的に魔族の邪魔をする。魔王も排除する。こう言っちゃ身も蓋もないけど、脅しだね」


 問題は、魔王の強さだ。管理者は『魔王』と言っていた。停戦協定は魔王と1対1で勝てなければ成し得ない。

 他にも魔王を懐柔するための策は2つ程あるが、いずれも決定打に欠ける。魔王がバカだと助かるのだが――


 とりあえずカルロスがこっち側だと言うことはわかった。あの涙は本物だ。シャロンの父デモンズとどれ程仲が良かったのか聞きたいところだが、また泣かれては心が痛むのでタイミングを見計らって聞くことにしよう。

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