第28話 抑止力

 人ひとり通れるかどうかの狭い通路を皆でぞろぞろと一列に通り抜ける。壁や天井は港と同じ材質で、歩きながら手で触れてみると、見た目はコンクリートなのだが、表面は冷んやりとしてツルツルとした滑らかな感触だった。


「サニー。あまり壁を強く押すなよ? 罠が発動する」

「うわ、何それ怖い」


 この島は要塞か何かなのだろうか。罠が仕掛けてあるということは攻められることを想定しているということだ。この狭い通路も一度に大量の敵が通れないように1人分の肩幅ぐらいにしてあるのだろう。


「うわっぷ」


 天井や壁を見ながら歩いていたらゴードンの背中に顔をうずめてしまった。ゴードンが止まったのを見て、先頭が停止したのだと気付いた。キィキィと金属が擦れる音が響く。ゴードンの横腹から顔を覗かせて先頭を見ると、シャロンが扉のハンドルを回しているのがわかった。よく潜水艦の扉に使用されている水密ドアだ。


 先頭から順に部屋へ入っていく。部屋はドーム状で、やはり壁と天井の材質は通路と統一されている。天井が高く、頂上には豪華なシャンデリアが備え付けてあった。部屋もシャンデリアに似合う貴族調の造りと家具で、青を基調としたデザインが目に付いた。壁の無機質な灰色と他の部屋へと繋がるであろう水密ドアが少し貴族感を損ねているが、シャロンの好みがうかがえる部屋だ。

 部屋の中央には20人ぐらい座れそうな大きな円卓が置かれており、奥から順番に皆、腰掛けている。入り口から1番遠い席が上座のようで、シャロンが1番奥に腰掛けた。ゴードンがシャロンの隣の席を引いて私に目配せする。どうやらそこに座れということのようだ。

 カルタスは席に着くなり鞄から分厚い冊子とインク、羽ペンを取り出した。察するに書記ということだろう。

 皆が席についたところをシャロンが見渡すと、いよいよパトロギスの会議が始まった。


「これより、第37回、パトロギス会議を開催する」


 シャロンの開催宣言が部屋に小さくこだまする。彼女の中性的な声は、美しくも力強く、心臓に響く低音だった。


「議長にゴードン・フォア・ラッセル君を指名する」

「はっ。拝命いたしました。謹んで務めさせていただきます」


 カルタスが鞄から平和の象徴――クチトリカの彫像を取り出すと、音を立てずにゴードンの席に近付き、ゆっくりと彫像を置いた。ゴードンは議長になることを予め知っていたのだろうか。それとも今回の議題に直接関わっていることが指名の原因だろうか。


「では、まず新メンバーのご紹介から始めさせていただきます。サニー君、自己紹介をお願いします」


 ゴードン議長から突然の自己紹介依頼が来て、ゴードンの議長指名も予告なしだったことを察した。

 私は席を立ち、軽く咳払いして自己紹介に臨んだ。一応社会人経験者である。自己紹介ぐらいできる。


「えー、サニーと申します。ミドルネームもファミリーネームもありません。サニーと呼んでください。職業は神。前世では地球という世界の日本という国で暮らしていました。そこは戦争を経て平和となった地でした。この地も現在は戦乱ですが、必ず平和になれる日が来ると確信しています。なぜなら私は日本にあってタリドニアにないものを知っているからです。タリドニアに平和をもたらすと約束します。しかし、その為には皆さんの助力が必要です。どうぞ今後とも宜しくお願い申し上げます」


 皆、一斉に拍手した。精一杯礼儀正しくしたつもりだ。深く頭を下げ、お辞儀をしてみせた。すると、拍手が鳴り止んだタイミングでシャルマン卿が手を挙げる。


「シャルマン君」

「はい。サニー君に質問です。ニホンにあってタリドニアにないものとは?」


 私は複数ある回答の内、一つを選んでタリドニアに贈った。


「抑止力」


 他にも基本的人権や教育、資本主義や娯楽などの戦争を辞めさせる手段は幾つか思いついていた。

 しかしカルロスを信じてタリドニアには抑止力を持ってもらうことにした。これはユーナデリアの3国の内、いずれか1つの国が持っていればいいものだ。それを持ちつつ使わない強い意志が必要だ。カルロスにはそれがあると見込んだ。しかし、これはまだ実行段階ではない。彼らに与えるのは今は情報だけだ。使い方をよく説明し、必要だと思えるようにお膳立てしてから与えるのだ。


――武器を。そして平和の為の軍事力を。


「抑止力……とは?」

「それは今はまだ言えない。必要になったら教える。今言えることは、強大な力によって攻める気を失くさせるってことかな」


 シャロンが挙手する。


「シャロン君」

「強大な力について詳しく説明を求めます」

「んー、例えばだけど、この国の兵士が皆んなレベル5000になったとしよう。全兵士がね。パンチを繰り出せば敵は一瞬で粉々になる。そんな兵士がいる国に戦争仕掛けようと思う?」

「思わんな。それで『抑止力』か。で? どうやったらそんな力が手に入るのか説明を求める」

「んー、いっか。じゃあサンプルを出してあげる」


 私はテーブルに右手をかざして唱えた。


「異世界召喚。G36C」


 私が前世で持っていたのはオモチャのアサルトライフルだ。電動で6ミリのプラスチック球が撃ち出される。しかし召喚された物は実銃だった。テーブルの上に、剣と魔法の世界には無縁なガンメタルの銃がゴトリと音を立てる。

 シャロンをはじめ、皆興味津々で銃を眺めた。私はオモチャで得た知識で、それを手に持ってマガジンを抜き取った。弾が入っている。慌ててセーフティになっているか確認した。銃口がタルマイジ卿に向いていることに気付き更に慌てて上に向ける。


「それが、抑止力なのか?」


 カルロスが挙手という形式を忘れたのか無視したのか、ぼそりと呟いた。


「そう。これねー、ここで使うわけにはいかないんだよね。壁に穴開いちゃう」

「壁に穴が? それで突くのか?」


 カルロスは銃の使い方に興味があるようだ。


「いや、そういう武器じゃない。これは小さい金属を撃ち出すものなの」

「壁に穴が開いてもかまわん。使って見せてくれ」


 そう言うシャロンを見ると、目が据わっていた。私も覚悟を決めることにした。オモチャで構えや操作はわかっている。初弾を装填して引き金を引くだけの簡単な作業だ。しかし壁の強度が気になる。


「そこの壁ってさ、剣で突いたら穴開くの?」

「私が渾身の力で突けば先端が1タルド程度なら凹むだろう。穴が開くほどではないが」

「1タルドってどれくらい?」


 ゴードンが小銅貨を取り出すと「これの直径が1タルドです」と教えてくれた。約2センチだ。


「了解。じゃあみんな耳塞いでよ。凄い音するんだこれ。私も初めて体験するんだけど、炸裂音だから気をつけてね。あ、罠大丈夫?」

「この部屋は大丈夫だ」


 そう言うと、私は書棚などか置かれていない壁面が露出した場所に狙いを定めた。光学照準器とフォアグリップが装備してあり、狙いやすい。皆、私が狙っている方向を向いて耳を塞いでいる。


 初弾を装填し、引き金に指をかける。


「撃つよ!」


 引き金を引くと、バァンという炸裂音と壁が裂ける破裂音が混ざり、室内には轟音が響いた。反動は思っていたよりも小さく、しっかりとストックを肩に当てていたこともあって、仰け反るようなことはなかった。

 皆、音に驚いてざわめいているが、シャロンだけは壁に接近し、穴をよく確認していた。それを見て、皆そろって穴を確認しに行く。


 この壁は金属で出来ているのだろうか、穴は約1センチ弱の綺麗な円で、その周囲直径8センチ程が円錐状に凹んでいる。

 皆「おおー!」とはしゃいでいるが、シャロンとゴードンの目は鋭かった。


「サニー、これは狂気の沙汰だ。私の筋力は78だが、その銃とやらの威力は私の100倍と言っていい。これがレベル5000の由来か?」

「うん。これ魔力も筋力もいらないんだ。私みたいな子ども体型でも使えちゃう。たぶん鎧貫通するよね?」

「ああ、盾も突き抜け背中まで貫通するだろう。これがあと何発撃てるのだ?」

「あと29発。このマガジンってゆーのを交換すればまた30発」


 シャロンは下を向き、ぶつぶつ小さな声で何かを呟いている。


「これを全員に持たせたら……」


 皆、抑止力の意味がわかってきたようだ。だが、まだここで彼らに武器は与えない。訓練もそうだが、準備が必要だ。例えば、エルラドール、テルミナに『凶悪な武器を使う』と脅したり、軍事演習を行ったり、実際に戦争で使われないようなお膳立てをしてからでないと渡せないのだ。実際に配備して使用したら敵軍が血の海になるのは目に見えている。


 まだ会議が始まって間もないが、皆、異世界の殺戮兵器に興味津々だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る