第27話 宣言

 レニング卿の葬儀から7日経った日の夜、私とゴードンとカルタスは王都から3日の距離にある隣町のノーレスに辿り着いていた。


 この街は王都にも負けないぐらいの大都市で、海に隣接する海洋都市だった。昼間だったら綺麗な海が陽に照らされ、さぞ景色が良かったのだろうが、残念なことに今は夜である。ここはユーナデリア大陸の西岸に位置しており、漁業が盛んなのか夜でも漁船らしき船が行き来している。


 馬車の中で黒いローブを着用するようゴードンに言われた。黒一色だが、フードを深く被った時の額の部分に、金の紋章があしらってある。紋章は鷹のような猛禽類が翼を広げた姿で描かれており、タリドニアに生息するクチトリカという鳥なんだとか。この鳥は縄張り争いをしないことから、平和の象徴とされているようだ。


 夜の港は真っ暗で、このローブをフードを被って着ていると、全く目立たない。これから向かうのはパトロギスの本部だ。おそらくいつもこうやって誰にも見つからないように会合していたのだろう。

 港の一角にある建物に入ると、同じローブを着たメンバーと思しき人物が立っており、その人物は我々を見て無言で壁の一部を操作した。すると、壁が扉のように開き、下り階段が現れた。

 階段は広い部屋に通じており、部屋には国王カルロスとタルマイジ侯爵が座っていた。


「陛下、遅くなり申し訳ございません」

「気にするなラッセル。サニー殿、よく参られた」

「どうもー。のんびりご飯食べてたら遅くなっちった。ごめん」

「サニー様、ミラカ・ドン・タルマイジです。どうぞ宜しくお願い申し上げます」

「あ。バカ王子に女紹介してた人だ。サニーです。よろしく」


 そこへ黒いローブのメンバーが2人入室してきた。2人はフードを取り、遅くなったことを詫びる。シャルマン卿とウェルギス卿だ。


「陛下、お待たせして大変申し訳ございません」

「よい。そんなに待っとらんわ。船はどうだ?」

「はっ。もう出航準備はできているとのことです」


 シャルマン卿の方が身分が高いのだろうか。国王カルロスとの会話はウェルギス卿よりシャルマン卿が優先しているようだ。ウェルギス卿は少し控えめに一歩引いている。寝室に良く出入りするのもシャルマン卿とのことだったので、ウェルギス卿とシャルマン卿は同じ伯爵ではあるものの、より国王に近いのはシャルマン卿なのかもしれない――が、玉座の横に立って国王を護衛していたのはウェルギス卿だ。3人は歳も近そうだし仲良しなのだろうか。


「全員揃ったようですので、そろそろ船に乗り込みませんかな?」


 タルマイジ卿が立ち上がる。遅れて国王カルロスが立ち上がると、タルマイジ卿が先導して階段へと向かった。



***



 船は中型の漁船で、特に国王が乗るからと言って装飾が施されたり専用の椅子が設けられることもなく、国王カルロスは甲板にベタッと座っている。腰掛ける様は国王というより兵士のような態度であり、重厚な広背筋で背筋を伸ばして胡座あぐらくその姿は、屈強な武将を想像させるものだった。思えばこの国王はレベル158である。戦えばその辺の人間には負けない強さがあるのだ。


 私は海を眺めながらゴードンに問う。


「島かなんかあんの?」

「はい。あと鐘2つほどで到着いたします」

「ほえー」


 海風が暖かく、長袖で厚手のローブを着ている私には、風が程よく涼しくて気持ちよかった。

 船の上部にはライトの魔法がかけられた照明が設置してあり、進行方向を照らしている。

 照らされた海面を見ていると、その周囲の闇が一層深い黒に染まり、引き摺り込まれそうな恐怖を感じた。

 見えてはいけないものが見えてしまっては嫌なので、ちょっとだけゴードンに近付き、会話で誤魔化した。


「しかしこの国は気温が穏やかだね。冬とかないの?」

「ございます。7月から10月までが冬です。そして11月から14月まで春ですので、今は1番穏やかと言えます」

「雪とか降る?」

「毎年積もります。と言っても薄っすら白くなる程度ですが……テルミナの南部は豪雪地帯です」

「ん? 南の方が寒いの?」

「はい。南に行くほど気温は低くなります。サニー様の故郷は違うのですか?」

「うん。北が寒かった。あれかな? もしかしてここ南半球?」

「はんきゅう……とは?」


 ゴードンの話によれば、この世界は平面なのだそうだ。海の果ては死者の領域で、何度も探索船を出したそうだが、戻ってきた船は一隻もいなかったのだとか。管理者はここをニルディーナと言っていた。間違いなくこの世界は球体であり、ユーナデリア以外にも大陸があるはずなのだ。一度、昼間にでも上空高くまで飛んで他の大陸を見つけてもいいかもしれない。


「サニー様、もうすぐ到着いたします」


 そこは森に覆われた島だった。接岸できるような港はなく、船は切り立った崖の岸壁に向かっている。

 シャルマン卿が船首に立つと、何やら呪文を唱え始めた。


「闇の精霊よ、幻惑を解き真の姿を現したまえ。アンチイリュージョン」


 すると、断崖の海面近くの空間が歪み、渦のように揺らいで洞窟のような開口が現れた。船は洞窟に侵入する。

 船体が洞窟内に入りきると、シャルマン卿が今度は船尾へと向かい、イリュージョンの魔法を唱えた。解除した幻惑魔法をかけ直したのだろう。


 しばらくすると、広い空間に出た。明らかに人工的に作られたドーム状の空間で、コンクリートに似た表面の壁と天井に、所々照明が設置された大きな港だった。

 船が一隻すでに係留してあり、その船は漁船ではなく大型の貨物船で、緩やかな波に揺られてゆっくりと上下している。

 シャロンと3名のメンバーと思しき男女が船を接岸する場所――係船岸に立っているのが見えた。カルタスはゆっくりと漁船を接岸させる。馬車の扱いも上手いが船の操縦も手慣れているようだ。


「陛下、長旅お疲れ様でございました」


 全員船を降りると、シャロンと3名のメンバー、タルマイジ卿、シャルマン卿、ウェルギス卿、ゴードン、カルタスは、改まって国王カルロスの前に跪く。私はそういうのは苦手なので国王の横に堂々と仁王立ちした。


「楽にしろ。それからパトロギスでの活動中は私は国王ではないと言っておったはずだ。シャロン、お前がリーダーだ」

「はっ。ではサニー殿、こちらの3名をご紹介いたします。ロベルト、サドス、ミトラ、自己紹介だ」

「「「はっ」」」


 3名は前に出て整列した。3人とも鎖帷子くさりかたびらに黒いマスク、籠手に脛当て、背中にロングソードという装備で、第一印象は隠密だ。

 一際大きな体格の短髪かつ白髪の男性がマスクを外す。この男性は目が全部白い。肌も真っ白であることから、アルビノなのかと感じさせられた。しかし手足がたくましく、腕は最早前足といわんばかりの太さでゴリラを想像してしまった。


「私はロベルトです。よろしくお願い申し上げます」


 声が特徴的過ぎた。ハスキーボイスを通り越して、とんでもなくこじらせた喉の風邪のような嗄声させいである。


「あの……ロベルト? 風邪ひいてんの?」

「いえ、私の声はいつもこうです」

「わかった。よろしくね」


 そして隣の根暗そうな黒髪の青年がマスクを外す。目つきが異常に悪く、目の下のクマが更に印象を暗くしている。身長はロベルトほどではないがある程度高く、手足が細長い。なで肩で猫背になっているので、シャキッとして目をクリッと見開けばイケメンにも見えなくもない。


「俺は……サドスです……よろしく……お願いします」

「よ、よろしく。あの、もっと明るくできない?」

「いや……無理です」

「わかった。お前を笑わせるのを一つの目標にする」


 サドスが一歩下がると、ミトラが前に出た。身長は私と同じぐらいで、紫のベリーショートだ。目も紫色で大きく、満面の笑顔である。ニコニコしながら話し出す。


「ミトラはねー! ミトラだよっ! よろしくサニー!」

「こらミトラ。様か殿を付けんか。サニー殿申し訳ない」

「いや! 全然いいよ! よろしくミトラ!」


 様や殿を付けずにフレンドリーに接してくれるのが心から嬉しかった。シャロンはミトラを咎めたが、私は仲間が欲しいのだ。変に上に見て欲しくない。できればシャロンもカルロスも呼び捨てにして欲しい。


「ここでハッキリさせとこう。私に敬称はいらない。それでも様とか殿とか付けたいなら強要はしないけど、私は皆んなのことを同じ目線で見てるからね? 大切な仲間として見てる。だから全力で守るし、皆んなも私のことを大切に思って欲しい」


 すると、カルロスはシャロン達と同じ向きに立って、ひと呼吸置いてから跪いた。それに合わせて全員私に跪く。


「サニー殿……いや、サニー。私も国を代表してお前の力になると宣言する。シャロン、お前も何か宣言しろ」

「サニー。平和の神を目指していると言ったな。パトロギスが全力で支援すると宣言しよう。ただし支援だ。主体となるのはお前だ。見せてもらうぞ? お前の力」

「おう! 任せとけ!」


 こうしてパトロギスに招かれた私は、皆んなとの距離が少し縮まった気がして、ホームレスだったときの1人の寂しさが、こんな形で救済されるのだと、心から管理者に感謝した。

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