第3章 秘密結社

第26話 パトロギス

「あなた! こんな姿になって……っ!」


 レニング卿の亡骸を前に崩れ落ちるのは、奥方のノレイラ夫人だった。その傍には涙を浮かべながらも泣き顔になるのを堪えて拳を握りしめる長男のベリアルと、両手で顔を覆い嗚咽している長女のサティーが立ち尽くしていた。

 レニング卿は53歳とのことで、4人の孫がいるらしく、ベリアルの妻とサティーの夫と思しき面々も部屋の片隅で状況を見守っている。

 大黒柱が亡くなるというのは家族にとって一大事だ。それが公爵となれば尚更だろう。私も両親を交通事故で亡くしたときはショックだった。たとえそれが2年、顔を合わせなかったような疎遠な仲であったとしてもだ。親というのはそれほど子にとって大きな存在なのだ。


 しかしこうなると、死因や死体発見の経緯などを聞かれるのは言うまでもないことだ。

 死因については盗賊に襲われ胸を刺されたこととし、女性は盗賊に襲われていた被害者ということにした。

 テッドはそういう嘘が得意で、次から次へとまるで本当の話なのではないかという作り話をペラペラと話し出す。


「俺の見立てでは、これは盗賊の仕業にちげーねーっす。旦那はこの女性が襲われてるところを助けたんすよ。この女性の傷から察するに盗賊野郎はドSっすね。旦那も盗賊を5人やったみたいで、死体が転がってました。胸を刺された状態で女性を助けようと治療したんでしょう。女性はもしかしたらそん時まだ生きてたのかもしれねーっすね。旦那は女性に覆い被さるように亡くなってました」


(全部嘘じゃねーかっ!)


 私は嘘が苦手だ。いや、もしかすると逆に凄く上手いという可能性もある。というのは、嘘が上手な人は99%本当の事を言い、1%だけ嘘を吐くのだという。

 私は嘘が上手いのか下手なのかわからないが誤魔化す時はほんのちょっとだけ嘘を混ぜる。本心では口から出まかせが言えないので、仕方なくそうなるという結果なのだが、これは嘘が上手いと言えるのだろうか。

 しかし、そう考えると、テッドの嘘は物凄く下手だと言える。先の話で本当の事と言えば2人が死んだという事実だけだ。何が盗賊の仕業だ。5人の死体が転がってたとか、お前の舌はどうなってるんだと問いたい。


「あの、ノレイラさん? この女性も一緒に埋葬してもらう訳にはいかないでしょうか?」

「主人が命をかけて守ろうとした女性なら……」


 私はこの貧民街出身の名もなき女性を、レニング卿と同じ墓に入れてやりたいのだ。2人分の棺桶があるかゴードンに聞いてみたのだが、それは聞いたことがないとのことだった。ならばと、せめて2人の棺桶を寄せ合って埋葬して欲しいと頼んだ。



***



 その日は雨が降っていた。この世界に来て初めての雨だ。前世の時政時代に祖父が亡くなった時、葬式で雨が降っていたのを思い出した。叔父は『涙雨だ』と自身も涙を流しながら呟いていた。

 レニング卿と名もなき女性の棺桶は、艶のある綺麗な青に金の装飾が施され、表面を伝う雨粒には棺桶を運ぶ魔法騎士団の兵士たちが映った。

 王都近郊にある墓地を目指して、レニング卿宅から徒歩で移動する。参列者は100名を超え、街は厳かに葬儀を見送った。

 レニング卿には数々の武勇伝があるとのことだった。テルミナの将軍との一騎打ちでは見事勝利を収め、エルラドール敵軍200人を連続撃破し、城内では魔法の研究に余念がなかった。さらに回復魔法について密かに研究していたことを思えば、タリドニアにとって非常に優秀な人材を失ったと言えよう。


 墓地が見えてくると、ひとつの人影が見えた。雨の中1人で佇むその人物は、レインコートに制帽を被る軍人の装いで、遠くに見える山の方を向いて雨に打たれていた。その後ろ姿で嫌でも目につくのは足首の辺りまで長く伸びた赤い髪で、三つ編みにしてあるが髪のボリュームがあるのか1束1束が太く存在感がある。足は肩幅に開き、右手はポケットへ、左手は――無い。おそらく肩から切断されているのだろう。レインコートの左袖は風になびいている。

 その人物は棺桶が届いたのを見て、参列者から誰かを探している様子だった。そして私と目が合った。女性だ。なぜわかったか。巨乳だからだ。


 棺桶が墓地の穴の隣に置かれ、家族たちが棺桶を囲む。国王は棺桶の前に立ち、雨にも関わらず膝を付いて祈りを捧げた。


 レインコートの女性は私の横に立ってこう語る。


「彼の戦場での二つ名は『ジェノサイドマジシャン』だ。彼の火魔法は芸術だった。まるで炎が生きているかのように敵を殺すのだ。くっくっ、詠唱が早くてな。一度、真似してみたんだが舌を噛んだよ」


 そう言って女性は人差し指と親指で目尻を押さえ、目を覆うようにして笑った。

 中性的な声が印象的で、よく見ると顔の左半分に大きな火傷の痕がある。

 彼女はこう続ける。


「惜しい人を亡くした。お陰で最前線で戦う時の負担が増えたよ。2人で競うように敵を倒していたんだがな」

「その腕で戦うの?」

「右腕1本あれば十分だ。先の戦いでは見事に眠らされたぞ? 久しぶりに熟睡した」

「あそこにいたんだ。あの状況で黄色だけに狙いを定めるのが困難だったんだよ。だから最前線は青も眠らせた」


 女性は無表情になり、鋭い目つきでこう問いかける。


「もっと凶悪な魔法もあったんじゃないのか?」

「あったけど私は平和の神様目指してんの」


 女性は即答した私の顔をジッと見て、しばらくしてからフッと笑った。


「シャロン・ザナ・パトロギスだ」

「意外。もっと大人しい感じの人かと思ってた」

「ふふ。戦場以外なら大人しいぞ? 今も大人しくしてるだろう?」


 彼女からは『平和』という印象は全く見てとれなかった。第一印象は軍人。戦争に身を置く兵士の様だ。しかし、片腕を失った彼女だからこそ、平和への願いが強いのかもしれない。そう思うと、彼女の鋭い目から感じる力強い眼光には、平和という言葉を盾に戦争から逃げることなく、むしろ真っ向から最前線へと飛び込む勇気が込められているのだろうと感じた。この人はきっと逃げないのだ。この戦乱において平和を願うという途方もない苦労からも。


「シャロン。お前が戦場以外で明るい時間に顔を出すとは珍しいな。お陰で雨が降りおった」

「陛下、ご回復なによりでございます」

「サニー殿、今日はラッセルは一緒ではないのか?」

「あー、ゴードンは会議の調整中。カルロスのとこにはまだ案内来てないの?」

「案内? はて」

「陛下、裏の会議がございます。ご出席賜りますようお願い申し上げます」

「おお、今来たわ」


 葬儀は滞りなく執り行われ、家族が順番に棺に土を被せていた。土に帰るとはどういうことなのだろうか。今や不老不死になってしまった私には想像もつかないことだ。私にとって死は消滅。信仰を失った時に初めて死のカウントダウンが始まる。もっと信者を増やさなければ。


 私は神社に帰り、少しでも多くの人を救う為、投函ボックスの願い事を一つ一つ読み込むのだった。



***



あとがきのようなもの


こんにちは。筆者のあるてなです。


書き溜めておいたストックが残りわずかとなってしまった為、定期更新ができなくなりました。

今後は数日に1回、不定期に更新しようと思います。早く書けるようになったら定期更新に戻します。

楽しみにして下さっている方がおられましたら、本当にごめんなさい。


引き続き応援して下さったら嬉しいです。


それでは、また次回。

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