第23話 ダンジョンの奥
曲がりくねった洞窟の通路を進むと、仄かに明るい部屋の入り口が見えてきた。入り口から部屋を覗くと、炎に包まれたオレンジ色の大きなトカゲがゆっくりと歩いており、それがこの明るみの光源になっていることに気付かされる。全長は3メートルほどで、呼吸をする度に口からボボボと炎が溢れている。テッドたちが言っていたレベル63のサラマンダーだ。
私たちは物音を立てないように作戦を練った。
「私が部屋の中央でスロウダウンの魔法を唱える。かなりゆっくりになるから、カティア以外は側面から物理攻撃ね。カティアは水か氷の属性付与ってできる?」
「水ならできます」
「そしたら全員に効果が切れないように立ち回って。それと全員にこれ」
私はメンバー全員を意識して唱えた。
「スピードアップ」
全員話すスピードも呼吸も速くなった。相対的にサラマンダーの動きがゆっくりに見える。歩く速度はまるで大きな陸亀である。
「水の精霊よ、武器に纏いて万物を濡らしたまえ。アクアエッジ」
テッドの槍が水に覆われ、ピチャン、ピチョンと音を奏でる。カティアは全員の武器にアクアエッジを唱えた。
私は部屋の中央に浮遊し、声を張る。
「いくよ! スロウダウン!」
サラマンダーは陸亀の如く鈍重だった動きが更にスローモーションとなり、ほぼ停止しているように見える。
一同は一斉に通路から飛び出し、各々がサラマンダーの側方から攻撃を仕掛けた。
武器がサラマンダーの腹部を斬りつける度にジュウッと言う音と共にサラマンダーを覆う炎の勢いが弱まる。
「天使様! これならいけるぜ!」
勢いに乗るテッドの後方で、サラマンダーがゆっくりと口を開き、またゆっくりと炎を吐き出す。炎の動きもスローモーションで、回避は容易いが見ていないことには反応のしようがない。
「テッド! 後ろ! ブレス!」
アルラがテッドに忠告する。
「おっと、あぶねあぶね」
テッドは立ち位置を変えてブレスを回避した。テッドはムードメーカーとして、またリーダーとしてはその素質を活かして役割を全うしているが、戦闘においては少し注意が散漫なのかもしれない。きっとダコロス平原でも同じような油断に似た不注意で致命傷を負ったのだろう。
テッドのブレスに対する油断はあったものの、一同は危なげなくサラマンダーを駆逐していく。ゴードンは与えるダメージ量が大きい為か討伐のペースが早く、残りのメンバーたちの補助を行っている。
また、ガイルはわざと攻撃を受けて積極的にシールドで防御しており、そこにカティアがアイスランスを撃ち込むなどのパラメーター上げにも余念がないようだ。
私が大量討伐して彼らのレベルだけ上げるのは容易いが、それでは彼らのパラメーターが思った通りに伸びないのだ。意識しなくても何らかのパラメーターはランダムで上昇するが、意識して狙ったパラメーターを上げるのが彼らの常識なのだそうだ。
――サラマンダーを狩り続けること数時間。部屋の隅々までサラマンダーを狩り尽くした。復活するまでは鐘3つほど掛かるとのこと。その間に素材を剥ぎ取ることに。
「こいつの尻尾と炎袋は高く売れるんすよ! 天使様! アイテムストレージ使わせてもらってもよろしいですか?」
「いいよー。いっぱい持って帰りな」
「ひゃっほーい!」
テッドの笑いが止まらない中、私は部屋の壁に寄りかかった。
瞬間!
「うわわっ!」
私は尻餅をついた。背中の壁がガラガラと崩れたのだ。びゅうっと風が吹き通る。皆私の方を向いて心配している様子だった。
「これは……通路?」
人ひとり通れそうな穴から見えたのは、明らかに人工的に作られたと見れる通路だった。その壁と天井は黒く磨かれた艶のある表面で、細いラインの溝が幾重にも掘られ、溝の奥は薄っすらと黄色く光っている。床には所々照明のようなオレンジの光が点々と奥へ続いており、かなり遠くまで通路が続いているように見えた。
「サニー様……これは一体」
「なんだろね。ちょっと普通じゃない感じだね」
テッドたちも通路の入り口から中を覗いている。
「こんな通路、地図にねーっすよ」
「この部屋は行き止まりのはずです」
テッドとガイルが首を傾げる。私はワクワクしてきてしまった。地図に載ってない隠し通路である。お宝の予感が止まらない。
「ぼっおーけん! ぼっおーけん! はい! みんな行くよ!」
先頭はゴードン、次に私、テッド、アルラ、カティア、しんがりはガイルの順で進むことにした。
「ゴードンお宝見つけても皆んなで分けんだかんね」
「私は独り占めなどしません」
カツン、カツンと硬い床を鳴らしながら進んでいくと、通路の先に光が見えた。
そこは10畳ほどの部屋で、机、椅子、書棚が置かれた書斎だった。通路の反対側の壁には木製の扉が閉まっている。また、机には一冊のノートらしき薄い書物が置かれていた。
私はどんなお宝よりも良いものを見つけてしまったようだ。情報は力だ。ここにはきっと強力な情報が隠されているに違いない。
ゴードンが書棚の本の背のタイトルから、この部屋の主がどんな書物を保管していたのか調べた。主な本のタイトルは『失われた秘法』『回復魔法の全て』『傷薬とポーション』『蘇生術』『エルヌスと魔族宗教』『封印の謎』だった。
「くっ! 邪神の名がっ! この本は燃やさなければ! 火の精霊よ!――」
「ちょ! ゴードン何してんの!」
ゴードンが一冊の本を手にして、右手を本にかざし火の魔法を唱えようとしていたので制止した。
私は燃やされそうになった本を抱きしめてタイトルを確認する。
「ダメだよ! 貴重な情報源なんだから! ん? エルヌス?」
エルヌスという文字を見て管理者が言っていたことを思い出した。
***
「俺の他に神はいないんですか?』
「いません。一昔前に『エルヌス』という神がいましたが信仰を失い消滅しました」
***
「サニー様! その名を口にしてはなりません!」
邪神の封印――そして信仰を失い消滅――ゴードンの焚書未遂と口にしてはならないという理由。これはこの本を読まなければならない。しかし先ず確かめなければならないのは、なぜゴードンが邪神の名前を知っているのかということだ。
「ゴードン、なんで邪神の名を知ってるの?」
「……私は、禁書庫に入る権限を持っております。この戦争の発端を調べているときに知りました」
「禁書庫にはここと似たような本が?」
「はい。多数ございます」
「なぜそれらは燃やさないの?」
「如何なる手段を以っても破壊できませんでした。魔導書なのです」
ならこの本も破壊できない可能性が?
私は表紙の目立たない場所を爪で引っ掻いた。傷も跡も付かない。革でできているであろうページをめくり、角を千切ろうと引っ張ってみる。本はオレンジ色の光を纏い、強く千切ろうとするほど光が強まって傷つけることができなかった。
「サニー様、その本も禁書庫へお預けください」
「私も禁書庫に入って良いなら預ける」
「かしこまりました。皆、聞いてくれ。ここで知り得たことは他言無用だ。特に邪神の名はすぐにでも忘れろ。決して広めてはならない」
「ゴードン、なんで名前言っちゃいけないの?」
「封印が解けるからです」
なるほど。信仰が蘇ることを恐れているのだ。おそらく徹底的に焚書したのだろう。しかし一旦消滅した神が信仰を取り戻し復活することなどあるのだろうか。
外はもう日が暮れているだろう。だがこの部屋の探索は慎重に行いたい。部屋の主が帰ってきてくれるのが1番手っ取り早いのだが、もう少し時間をかけて調べるのだ。奥の扉の先に何があるのかも調査しなければ。
ちょっと狭いがここで一泊だ。
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