第22話 ダンジョンデビュー

 この国には50箇所ものダンジョンがあるそうだ。私たちはその内の1つ、テスモア洞窟ダンジョンに向かっていた。全てのダンジョンは探索し尽くされており、地図も出現するモンスターの情報も冒険者ギルドで確認できるようになっている。

 今向かっているテスモア洞窟は、レベル40から60が適正らしく、テッドたち最後の砦の平均レベル41には丁度いい狩場だ。そこにレベル63のゴードンが加わるのでレベル上げは楽になるだろう。

 皆の装備は戦争用の最強装備で来てもらった。普段は壊れてもいいように革の防具などの安い装備で挑むらしいが、今回は格上に挑むことになりそうだったので本気を出してもらう。

 私はサポートに徹するつもりだ。時間魔法のスロウダウンやスピードアップを使えば格上のモンスターも狩れるだろう。テッドたちに美味しい経験値を食べさせてやるのだ。


「ここがテスモアです」


 テッドが先陣を切って案内する。私たち一行は王都から西へ鐘2つほどの距離にある森の中に辿り着いた。正面の洞窟は高さ10メートル程度の丘に大きな開口部の入り口があり、入り口からは下り坂の通路が見えている。通路の奥は暗くて何も見えない。


「光の精霊よ、ここに集いてこの場を照らしたまえ。ライト」


 カティアがライトの魔法を唱えると、通路が明るく照らされ、下り坂の先に部屋があるのが見えた。


「最初の部屋です。トロールがいますので1匹ずつおびき出して狩ります。囲まれると死にますので俺とガイルが通路で壁になります。カティアが魔法で奴らを通路内におびき出し、アルラはヒットアンドアウェイで確実にダメージを稼ぎます」

「了解。1匹ずつ確実にね。トロールってデカい?」

「俺の2倍って感じっす」


 この世界はゲームのようなシステムがあり、ステータス画面からパーティーの申請ができる。私とゴードンも最後の砦のパーティーに加入しており、モンスターを倒した時の経験値が割り振られるようになっていた。

 それと、視界の片隅にパーティーメンバーのHPとMPが表示されている。最後の砦のメンバーで1番HPがあるのはガイルだ。所謂タンクになるのだろう。HPとMPは時間経過で回復し、5秒に1回5%回復する。ガイルはHPが43なので、5秒毎に2回復する計算だ。


 通路から部屋の中を覗くと、たしかにテッドの2倍はありそうな巨大なモンスターがノソノソと歩いているのが見える。手には太い棍棒を持っている。部屋の中にはそれが10匹ぐらい見えており、暗がりで見えない部分を含めれば更に多くのモンスターが潜んでいるであろうことは明らかだった。


「そんじゃ、1番近い奴から行きますよ」


 テッドとガイルが通路を塞ぐように横に並び、その隙間からカティアが杖を構える。お手並み拝見だ。


「火の精霊よ、槍と化して敵を穿ちたまえ。フレイムランス」


 カティアの杖の先から炎の槍が形成され、ボッという低い音と共に杖から放たれると、テッドとガイルの間を通り抜けて1番近くにいたトロールの横腹に突き刺さった。

 トロールは「ウグッ」という呻き声を上げると同時に、炎の槍が放たれた方向を見てノッシノッシと大股で近づいてくる。


「さあ来いデクの棒」


 テッドとガイルが大型の盾を構える。ゴードンも後列に控えているが、私の前に出て盾を構えた。彼のこういうところから誠実さが伝わってくるのだ。


 炎の槍がもう1発放たれる。今度はトロールの胸に直撃した。トロールは「ウゴアッ!」と叫び声を上げ、右足を踏み込んでガイルに棍棒を振り下ろした。

 ガイルの盾から鈍い音が響き渡る。その瞬間、ガイルの右隣にいたテッドが槍でトロールの左脇腹を突き刺す。


「おらぁ!」


 トロールが「グッ!」とよろけたところに、アルラが素早く背後に回り込み2撃3撃と目にも止まらぬ速さでトロールの左足を切り刻んだ。体格に見合わぬ細い足はズタボロになり、トロールは転倒した。

 そしてリーダーのテッドが地面に伏したトロールの頭部に強烈な一撃をお見舞いする。トロールは一瞬全身が硬直し、数秒後、手足が力無く地面に落下した後、ピクリとも動かなくなった。


「いっちょ上がり!」

「今ので経験値いくつなの?」


 テッドは自分のステータスを私に見せる。私のステータスは経験値の欄が『MAX』と表示されていてわからなかったが、テッドが言うには、先ほどの戦闘でゴードンを除く全員に経験値5が割り振られているのだとか。経験値100でレベルアップのようだ。ちなみにゴードンには経験値が入っていない。これは戦闘に参加しなかったのが原因ではなく、レベル差があり過ぎる所為だと言う。


「ガイルあと5匹か? 6?」

「あと6で上がる」

「おっしゃ! 防御しまくれ! 物理防御上げろ!」

「行動によって上がるパラメーター変わるの?」

「変わります! 素早く動けば俊敏が上がるし、魔法攻撃しまくれば魔力が上がります」


 テッドたちは同じ手順でトロールを倒していった。その手口は手慣れており、同じ光景が次々に流れていく。そして6匹目を倒した時。


「上がった」


 ガイルが呟く。特にエフェクトや音が鳴るわけでもなく、レベルが上がったことは本人にしかわからないようだ。


「おお! おめでとう!」

「おめー!」

「お疲れ様です!」

「これでレベル43。筋力、俊敏、物理防御、魔法防御が上がった」


 テッドたちはガイルのレベルアップを喜び、ステータス画面を覗き込んでいる。1度のレベルアップであがるパラメーターは1らしい。複数のパラメーターが上昇するようだが、上がる数値は原則1だけで、稀に2上がることもあるが、それは素質を持った若い戦士だけとのこと。


「ねーねー、もっと格上のモンスター狩ってみる?」

「格上っすか……でも、この部屋のモンスター片付けないと次の部屋に行けねーっすよ?」

「そりゃ私とゴードンでパパッと。ねえゴードン?」

「私1人でも十分ですが、サニー様がご一緒ならあっという間かと」


 モンスターは時間に応じて復活するとのことだ。復活にかかる時間はモンスターによって異なり、トロールはちょうど鐘1つ――およそ30分だ。復活するモンスターなら虐殺しても誰にも恨まれないだろう。


 私とゴードンは部屋に飛び出し、トロールの処理を始めた。

 相手の戦力がわかっているというのは大きなアドバンテージである。ゴードンはトロールに囲まれながらも冷静で、振り下ろされる棍棒をシールドで防いだり回避しながら的確に槍で急所を突く。トロールたちは一撃のもとに地面に伏した。背中に棍棒の攻撃が当たることもあったが、ゴードンの物理防御はトロールの攻撃力を大きく上回っていた。ゴードンは何食わぬ顔でトロールを殲滅する。

 私も負けじと魔法を繰り出す。


「ラプチャー!」


 視界に入ったトロールたちは上半身と下半身が2分割され、一面が紫色の血で染まり、ボトボトと骸が地面に転がった。


 テッドたちはこの殲滅を唖然としながら見ていた。何もしていないのに経験値が入り、全員のレベルが上がっていく。


「格が……違いすぎる」


 部屋は一掃され、周囲は静寂に包まれた。一行は部屋の中心に集まり、周囲を光で照らした。心臓をひと突きにされた死骸、真っ二つになった骸が散らばっており、おびただしい血溜まりが広がっていた。


「素材、剥ぎ取ってもいいですか?」


 テッドがナイフを片手に聞く。


「素材? 何取るの?」

「目玉です。こいつらの目はギルドで売れるんですよ」

「オッケー。全部取っちゃって。荷物は私が持つから言ってね」

「ありがとうございます」


 真っ黒な眼球が次々に抜き取られる。テッドたちは手慣れており、全ての眼球を取り出すのに、そう時間はかからなかった。


 私は大量の眼球をアイテムストレージに収納すると、皆に次の部屋はどっちか聞いた。


「通路3つあるけど、どれ行くの?」

「あっちが1番レベル高くて、レベル63のサラマンダーがいます」

「いいじゃん。ゴードンもレベル上げできるね」


 一行は北の通路へ進んで行く。テッドたちは初めてのレベル60超えの敵に少し緊張していた。本来はランクSの冒険者の獲物だ。

 周囲には私たちの足音が鳴り響き、曲がりくねった通路の先へと吸い込まれていった。

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