第21話 靴屋と冒険者

 コンビニ、神社、銭湯の客が順調に増え、すれ違う人からボデーソープの良い香りが漂うようになった頃、私はゴードンと一緒に庶民街へ足を運んでいた。

 数日前、白血病の子どもを治療したお礼の靴を作ってもらう為だ。


 オーダーメイドの靴など買ったことがないので、自分専用の靴が手に入ることを思うと心が弾んだ。ただ、その一方でガトリーに申し訳なく思う。折角赤くて可愛い靴を買ってくれたのに、新しい靴に浮気をしてしまうなんて、罪の意識を感じてしまう。

 私は使い分けができないタイプなのだ。靴を2足持っているからといって、片方をお蔵入りにする必要はない。場面に応じて両方使い分ければいい話だ。しかしオンリーワンという特別なものを手に入れてしまうと、量産されたものとは違って、より愛着が湧いてしまい、そればかり使ってしまうのだ。


 庶民街を奥へと進んでいくと、5階建ての集合住宅の1階に靴のイラストが描かれた小さな看板が壁に設置してあった。ショーウィンドウの向こう側には幾つもの靴が展示され『オーダー承ります』の文字が目に映った。

 ゴードンが扉を開ける。中へ入ると、革の匂いだろうか、独特な香りがする。


「いらっしゃ――サニー様! よくおいで下さいました!」

「こんにちは。トーマスの具合はどう?」

「お陰様ですっかり元気です。いま呼んで参りますので、店内をどうぞご覧ください」


 そう言うと、ガザエルは奥の扉から出て行った。

 店内は男性用、女性用、貴族向け、冒険者向けと綺麗に分類されて商品が陳列されており、所々豪華な装飾が施された店の雰囲気から察するに、貴族も出入りする店なのだということがうかがえた。

 その中で、冒険者向けのロングブーツが目に付いた。商品の説明には『ファイアーガントの革を使用。火炎耐性。俊敏+10%』と記載されている。装備によってステータスに補正がかかるようだ。手に持ってみると、とても軽かった。

 そこへ横腹にボスンと衝撃を受ける。


「サニー様!」

「うわっ!」


 音を立てずに忍び寄り、細い腕で横から抱きついて来たのはトーマスだった。私をびっくりさせたことに成功した喜びからか、満面の笑みで私の腰に顔を埋める。


「サニー様! ご飯がとっても美味しいよ! 治してくれてありがとう!」

「ふふふ、よかったね。いっぱい食べてもっと大きくなるんだよ?」


 小さな頭を撫でると、トーマスの目はキラキラと輝き、大きく頷いた。


「ロングブーツをご所望でしょうか?」


 トーマスの後ろからガザエルが声をかけてくる。デザインはロングブーツが気に入った。あとは性能が気になる。


「俊敏+10%って歩くスピードも早くなるの?」

「いえ、俊敏のステータスは瞬発力に影響します。こちらの商品でしたら移動速度+30%の効果が付与されております」


 ガザエルは商品棚から男性用の革靴を取って見せた。


「この靴はスピグナーの革を使用しておりまして、主に商人が旅をする時に用いられます」

「移動速度いいね。この革でロングブーツ作れる?」

「お任せください!」


「サニー様、私はトーマスの相手をしております」

「了解」


 ゴードンはトーマスを肩車すると、店内を見て回った。


 私はガザエルに案内されて店内の一角にある工房の椅子に腰掛けた。周囲には工具や治具、客の足から採寸したであろう足の形をした木型が並んでいる。

 ガザエルは手際良く私の足を採寸していく。余程自信があるのだろう。その所作は機敏かつ力強く、それでいて丁寧に足を労るように優しく触れ、ごつごつとしたその手からは、職人の気合いがひしひしと伝わってきた。


「とても形が整った綺麗な足です」

「おや、足を褒められたのは生まれて初めてだよ。あ、サイズはぴったりでいいからね? 成長して大きくなったりしないから」

「かしこまりました」


 すると、店の扉が開く音が店内に響き、がやがやと話し声が聞こえてくる。男性と女性の声だ。どこかで聞いたことのある声だった。


「だからー、お前はもっと重たい武器振り回して筋力上げなきゃダメなんだって」

「あたしはスピード重視なの! テッドこそもっと魔導書読み込んで魔法防御あげたら? こないだみたいに胸に風穴開けられたくなかったらプププ」

「2人とも店の中では静かにしろ」

「ガイルの言う通りです。テッドもアルラも静かにしてください」


 テッド――たしか野営地でリザレクションを使った兵士がそんな名前だったなと思い返していると、ガザエルが店の入り口に向かって怒鳴る。


「てめーら4人まとめて入ってくんなって言ってんだろーが! 店が狭くなんだよ! 用があんのはテッドだけだろ!」


 4人組がガザエルの声を聞いて店の角の工房に顔を出す。案の定、野営地で出会ったあのパーティーだ。

 装備は野営地の時と違っているが、胸に穴が開いたテッド、褐色の肌の大男、スラっとした女剣士、それと、とんがり帽子の魔法使いだ。

 4人組は私の顔を見て一斉に声を上げた。


「「「「天使様⁉︎」」」」


「あはは。やっほー」


 私が愛想笑いで手を振ると、4人組みはガザエルが作業しているのをお構いなしに、歓喜しながら自己紹介を始め、野営地での出来事に改めて感謝の気持ちを伝えてくれた。

 話を聞くと、彼らは『最後の砦』という名の冒険者パーティーで、戦場へは傭兵として赴いたとのこと。

 リーダーのテッドに、大男のガイル、女剣士がアルラで、魔法使いがカティアだそうだ。

 彼らは明るく元気なのが印象的で、テッドがムードメーカーとして常に中心にいるようだ。アルラはテッドとスキンシップが多いようで、お互い肩をパンチしたり、ローキックしたりと犬猿の仲に見えて実は仲が良さそうである。ガイルは無口だがパーティー全体の様子を客観的に良く見ていて、テッドとアルラが喧嘩を始めると仲裁役になっている。カティアは子どもの面倒見が良く、トーマスに水の魔法を見せてゴードンと一緒に遊び相手をしている。


 そんな最後の砦のメンバーだが、この店にはテッドが注文したブーツを受け取りに来たのだとか。

 ガザエルは、私の足の採寸を一通り終えると、店の奥から黒いロングブーツを取り出してテッドに見せる。


「どうだ? 良い出来だろう。俊敏+5、魔法防御+5だ」

「よっしゃ! 高かったが魔防5はデカい!」

「テッドはランクいくつなの?」

「俺はランクBです!」


 ランクBだとパラメーターの最大値が40以上50未満だ。能力が約1割増加するというのは確かに大きい。


「天使様はどんな靴をお買い求めなのですか?」


 カティアが興味津々の様子で聞く。


「移動速度が上がるやつにした」

「まあ、それはお高いのではないですか?」

「どうなんだろ。あはは」


 私が笑って誤魔化すと、テッドが私とゴードンの顔色をうかがってボソボソと話す。


「あのー、天使様? この後ご予定は?」

「いや、特にないよ?」

「もしよろしければ俺たちと一緒にダンジョン行きませんか?」

「ダンジョン⁉︎ 行ってみたい! ゴードン、いい?」

「私もお供いたします」


 完全に好奇心が勝ってしまって、靴を注文しに来たことを忘れてしまった。ダンジョンのモンスターは強いだろうか。テッド達の目的は新しいブーツの性能評価とレベル上げといったところだろう。

 私は回復とサポートに徹して皆んなと楽しく探索できたらいいなと期待に胸を膨らませるのだった。胸ないけど。

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