第20話 参拝客

 昼食を済ませ、腹ごなしにと神社を歩きながら参拝客を眺めていると、小さな男の子をおぶった男性が賽銭箱に中銅貨を投げ入れ、鈴を鳴らしているところが目に映った。


「どうか! どうかこの子の病を治してください!」


 男性は腹の底から太い声で願い事を叫ぶと、深々とお辞儀をしてその場から離れようとしなかった。男性の足元には一滴、また一滴と涙の雫が地面に染み込んでいった。

 縁というものはまるで意志を持っているかのように偶然を装って人と人を結びつけたがるのだと実感した。この男性は余程日頃の行いがいいのだろう。神と縁を結ぶことに成功したのだ。


「その願い、聞き入れるよ。ちょっと見せてくれる?」


 その子どもは、もはや皮と骨だった。目の下は窪み、目と口が半開きになっている。ニアとモモを思い出した。彼らを元気にできたのだ。きっとこの子も元気にしてやれる。


「鑑定」


 ステータスの備考欄には『急性リンパ性白血病』と記載してあった。年齢は3歳となっている。小児がんだ。


「あなたは……いったい」

「私はここの神。あなたの願いを叶えてあげる」

「どうか! どうかお願いします!」


 男性は力なく背中からずり落ちそうな我が子を胸の前で赤ん坊のように抱き抱えると、私の前に立って深く頭を下げた。


「任せて。エクストラキュア」


 右手を子どもにかざして唱えると、子どもは青と黄色の螺旋状の光に包まれ、しわしわだった顔と手足の皮膚は張りを取り戻し、苦しそうだった呼吸は静かな深呼吸のあと安定した。


「パパ、ボクもう苦しくないよ?」

「トーマス! トーマスー! あははは!」


 トーマスが目を輝かせて笑うと、父はトーマスを両手で頭上に高く持ち上げ、喜びの涙を流しながらグルグルと回った。

 いつの間にか目から熱いものが溢れてしまっていた。私も子どもがいたなら、こうして全力で愛してやれただろうか。そう思うと、ニアとモモに会いたくなった。私もこんな風に2人を愛してやりたいのだ。


「神様! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「いーんだよ。神様なんて言わないで? サニーでいいよ」

「サニー様! 私は庶民街で靴屋をやっておりますガザエル・ブランドと申します! 是非、靴を作らせてください! お礼がしたいのです!」

「オーダーメイドの靴もいいかもね。いま持ってる靴はちょっと大きいんだ」

「最高級のものを作らせていただきます!」


 私はトーマスに経口補水液を飲ませ、ガザエルに卵とお米を持たせて卵粥を作って食べさせるよう助言した。

 オーダーメイドの靴は後日ブランド家にお邪魔して作ってもらう約束をした。


「トーマス、またね。ガザエルも」

「サニーさま、ありがとう」

「うん、ふふふ、沢山ご飯食べるんだよ?」

「本当にありがとうございました!」


 2人は手を振って神社を後にした。初めて見た時のガザエルは肩を落とし、雨でも降っているのではないかというぐらい重たい足取りだったが、いま見える背中は大きく、おそらく自分で作ったのであろう靴を軽快に鳴らしながら見えなくなっていった。


 私はしばらく神社で困っている人がいないか観察することにした。私の神社なのだから上にあがってしまっても問題ないだろう。私は神社正面の扉を全開にし、中の畳の間に座椅子を召喚して賽銭箱の方を向いて座り込んだ。

 正面には気の弱そうな男性の参拝客が二礼二拍手一礼をしているのが見える。私が座っていることに動揺したのか、目が泳いでいるのがわかる。


「ハイ! そこのあなた! 願い事を口に出して言ってみて?」

「は、はあ。その……声に出して言うのは少しはばかられるのですが……」

「苦しゅうない。申してみよ」


 急に偉そうな髭の生えた将軍みたいな口調になってしまった。


「その……早く戦争が終わりますように。と」

「おっと難しい願いが来ちゃったよ……早く終わるように頑張るね? ちょっと待ってて。必ず終わらせるから」

「はあ、どのようにして終わらせるのですか?」

「和平交渉。やろうと思えば3国の軍を全滅させて武力解決もできるんだけど、死人がいっぱい出るじゃん? 私は死人を出さないように解決する」


 綺麗事と言われるかもしれない。しかし私は神だ。綺麗事でも何でもやってやる。


 参拝客が次から次へと訪れる。私は願い事を聞き入れ、できる限りその場で叶えた。1番多い願い事は病気の治療だ。おそらく医療機関がないせいだろう。医者がいないのだ。サルマン神殿に行ってもどうにもならなくなった人達が、今私の神社に駆け込んでいるということだ。

 しかし困ったことになった。こんなにも病気で苦しんでいる人が多いとは思わなかったのだ。これではここに釘付けで待機していなければならなくなる。願い事の声が遠く離れていても聞こえるならいいのだが、そうもいかない。


 私は参拝客にここで待つようお願いすると、コンビニに向かった。そしてA4用紙とボールペンと定規を召喚した。願い事用紙を作るのだ。

 申込者の名前、住所、患者の名前、年齢、症状、緊急度など、できるだけ分かりやすく枠を描き、記入フォームを作った。

 使うかどうかわからなかったコピー機が役に立つ時が来た。私は願い事用紙を500枚印刷すると、急ぎ神社に戻った。


 参拝客は2倍に増えていた。通りまで列をなしている。テントと長机と椅子、ボールペンを召喚し、板材で願い事投函ボックスを作成した。


 私は我ながら良いアイデアだと思って鼻が伸びていた。テントではカイネが参拝客に願い事用紙の説明をしている。

 だがなかなか投函されない。不思議に思ってテントを見回りに行くと、ある重大な事実に直面した。


「あの、字、書けないんですけど……」


 識字率――私の鼻はぼっきりと折れた。しかしまだ諦めない!


「名前ぐらいは……書けない?」

「名前は書けます」

「住所は?」

「読むことはできますが書けません」


 ならば記入フォームを改変して対応する。貴族街、中心街、商店街、庶民街、貧民街から選んで丸で囲むようにした。それぞれの区分には1番地から多くても9番地までなので、それも予め記載し、丸で囲むようにする。そこまで限定できれば、あとは名前で周辺に聞き込みすれば住所は特定可能だった。


 識字率が低いというのは何とも不便だ。長い目で見れば学校を建設してやった方がいいだろう。しかし私には他の神活があるので、まずは教師を育てるところからだ。良い教師ができれば良い生徒が生まれる。そしてその生徒はこの国の未来を明るく平和にしていくのだ。


 投函ボックスには順調に願い事が投函されていった。患者本人を連れてきた人はその場で治した。参拝客の長蛇の列は解消し、辺りはすっかり日が暮れていた。

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