第19話 開店営業

 私は営業というものが苦手だ。金儲けとは、ある意味客にバレないように利益を出すことである。私は心の声がダダ漏れになってしまうタイプなので「今この商品を買うと私にこれだけの利益が出ますよー」と表に出てしまうのである。いや、出したくなってしまうのだ。


 ゴードンはコンビニで扱う商品について、私が激安の価格を提示したところ、猛反発した。私は原価0円で商品を仕入れているわけなので、こちらの通貨で100ダリアも貰えれば十分儲けは出るのだ。しかし、ゴードン曰く「それでは周辺の商店が軒並み潰れてしまいます!」だそうだ。

 例えば弁当。周辺の食堂では1食500ダリアが相場だという。これを100ダリアで安売りしたのでは食堂に客が入らなくなるというわけだ。でも、それって競争だから仕方ないんじゃないの? となるのが私が営業が苦手な証拠で、仮にそれを強行した場合、街の経済が回らなくなるというところまで気が回らないのだ。


「これは1500ダリアが妥当です」

「え⁉︎ これただの豚生姜焼き弁当だよ⁉︎」

「『ただの』ではありません。『猛烈に美味い』です。こんなものどこに行ったって食べられません。それだけの価値があります」


 ゴードンはそう言って398円のシールが貼られた弁当に、1500ダリアの値札を付けた。私は頬っぺたを膨らませて不満を全面に出した。庶民にこそ味わってもらいたかったのだ。これでは完全に貴族向け商品である。

 私はなんとか庶民にも安く買ってもらえる商品がないか考えた。そこで思いついたのがカップ麺だ。これなら周辺の商店と競合しないし、お湯を入れる手間がある分、貴族受けは悪いと見た。


「ゴードン、カップ麺は?」

「それは軍に売ります。軽くて日持ちする上に美味いですから、きっと重宝されます」

「値段は?」

「これなら安くてもいいでしょう。1個100ダリアが妥当かと」

「やったー!」


 こうして各商品の値段設定が無事に終わった頃には、外は日が暮れて夕焼け空になっていた。


 隣の神社では巫女のカイネがほうきを持って掃除をしていた。褐色の肌に金髪という日本人離れした容姿ではあるが、巫女服は意外にも良く似合っていた。


「そろそろ帰って晩御飯にするよー」

「はいっ! ちょうど今終わったところです!」


 カイネは雇用第1号の従業員だ。ニアとモモの面倒見が良く、いつもモモを風呂に入れてくれる。ニアも彼女を姉のように慕っていて、トイレ掃除を嫌がるニアに彼女がそっと頭を撫でると、魔法のようにニアは素直になる。


 そのニアは今、モモと風呂掃除をしている。明日の銭湯開店に向けてピカピカにしているのだ。風呂は屋敷にも大きなものがあり、まだ銭湯は使用していない。お湯は水と火の魔法でゴードンが用意してくれる。銭湯の方はボイラーがあるのだが、使い方がわからなくて頓挫してしまったのだ。


 銭湯に入ると、ニアとモモがこっそりコーヒー牛乳を飲んでいた。しかも2人の側には10本も空き瓶が転がっている。


「こりゃ! それはお客さんのでしょ!」

「「げぷっ」」

「ダグラス! 見てたんなら止めてよ!」

「す、すみません」


 ダグラスは番台に雇った青年だ。色白でヒョロっとしており、気が弱いところがあるが、性根が優しく計算が得意だった。掃除は終わっていたようで、湯船も洗い場も蛇口もピカピカだった。

 私はコーヒー牛乳を補充すると、ニアとモモを両手で抱き寄せた。


「これはねー、1度に飲みすぎると体に悪いんだよ。夜眠れなくなったり頭が痛くなったりするの。だから1日1本まで。わかった?」


 2人は私の腕の中でコクッと頷いた。ニアはまだ9歳、モモは5歳だそうだ。2人には保護者が必要だ。幸い私には童貞だったが大人の男性らしい部分と、未発達ながら確かに存在する母性がある。それにゴードンとダグラスも父親代わりになってくれるだろう。皆んなで育てるのだ。間違った方向へ行かないように。しっかり手を握って。



***



 翌日、私は8の鐘で目を覚ました。日本で言えば6時なので結構早起きだ。歯を磨いてシャワーを浴びる。寝癖がどうしようもないので頭からシャワーを浴びてしまうのが手っ取り早い。

 着替えはメイド長のカリンに手伝ってもらう。いつもは1人で着替えるのだが、今日は着物に挑戦するのだ。着付けもできないのに赤くて可愛い着物を召喚してしまった。

 カリンも着付けなどやったことがないのに、手伝いをお願いしたら快諾してくれた。


「うーん、多分こう着て後は帯でグルグル巻きにして結べばいいんだと思うんだけど……」

「では、グルグル巻きにしますね?」

「お願い」


 背中が蝶々結びみたいになってしまったが、これはこれで可愛いので良しとした。


 貧民街で彼らを拾ってきてから2週間余り。彼らには「いらっしゃいませ」から「ありがとうございました」までの接客や、お釣りを渡せる程度の計算は教えた。

 後は彼らの頑張る姿を陰ながら応援し、不備があれば手を貸すとしよう。


 コンビニの前ではお菓子やパンの袋の開け方や、箸の使い方などを実演販売することにした。試食のためのテーブルと椅子も用意して準備は万端だ。

 販売価格も開店セールと称して全ての商品を半額にした。ゴードンは眉間にしわを寄せていたが、庶民にも弁当を味わってもらいたい私には譲れないところがあったのだ。


 12の鐘が鳴る。


「いらっしゃいませー! いらっしゃいませー!」


 試食は大盛況だった。実演販売も次から次へと売れていく。特に菓子パンの売り上げがいいようだ。

 店内ではカップ麺が飛ぶように売れていて、貴族は買わないであろうという私の推測は良い方向に的を外した。

 そして意外に売れて驚いたのが爪切りだ。ハサミと爪切りは便利品として一応用意した程度の商品だったのだが、こちらの世界には生活用の刃物はナイフしかないそうで、料理から爪切りまでナイフ1本でまかなっているのだとか。これは包丁や園芸用のハサミ、枝切りバサミなどを商品として並べる価値がありそうだ。


 隣の神社ではポツリポツリと参拝客が訪れているようで、コンビニの大賑わいと違って厳かに参拝の作法をカイネが指導していた。この様子ならカイネ1人でも大丈夫そうだ。


 続けて銭湯の様子を見にいくと、ニアとモモが店頭で客寄せをするも、一向に客は入ってこない模様だった。

 風呂に入るには時間が早過ぎたのかもしれない。銭湯だけは営業時間を遅めにずらす必要がありそうだ。


「ニア、モモ、あんまり無理しなくていいからね」

「お客さんちっとも入ってくれない……」


 モモが今にも泣き出しそうな声で肩を落とす。私は2人の頭を撫でて、店の中で待機するよう命じた。


「お風呂は夜入るでしょ? ちょっと営業時間間違えちゃったかもね。ニアとモモのせいじゃないよ」


 通りは相変わらず人が多かった。通勤の時間は過ぎていると思うのだが、皆足早にどこかへ向かっている。この人たちが皆うちの店に来てくれたらいいのにと考えながら、神社と銭湯の客を増やす方法を頭の中で画策していた。

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