第17話 貧民街

「サニー様! 鍋はこのぐらいのでよろしいでしょうか⁉︎」


 ガトリーが直径50センチはありそうな鍋を持ってニコニコしている。

 サルマン神殿の厨房では、貧民街の炊き出しのため、必要な道具や人員の確保が行われていた。

 貧民街の住民は約500名。皆飢えており、木の根を食べたり雑草を食べたりしているとのことで、餓死者も少なくないそうだ。

 炊き出しは1日2回、昼と夜に行う。リーダーにはガトリーを指名した。持ち前の明るさと行動力で貧民街の希望となってもらうのが狙いだ。


「ガトリー、現場なんだけど、大型のテントが置けるような広場はある?」

「中央広場ならテントを置いてもまだ余裕がありますよ」

「オッケー、じゃあそこにしよう」


 私達は貧民街の中央広場に馬車で向かった。メンバーは私とゴードンとガトリー、御者のカルタスに有志で手を上げてくれた神官2名だ。

 馬車は庶民街を抜けて貧民街へと辿り着く。貧民街はレンガ造りの家がほとんどで玄関の扉や床はなく、地面に草を敷いて寝ている人が垣間見えた。

 通りを歩く人は皆ガリガリに痩せており、服はボロボロで靴を履いている人はいない。


 そんな中、とある一軒の家の前で子どもが2人横になっているのを発見した。子どもたちは目も口も半開きで、顔の筋肉は脱力し、涙とよだれを垂れ流していた。


「カルタス! 止めて!」


 子どもの1人に見覚えがあった。庶民街で盗みを働いていた少年だ。もう1人は女の子でまだ体が小さい。小学校低学年といったところだ。

 少年を抱きかかえると、驚くほど軽かった。頬はけ、肌はガサガサに乾燥し、腕は力なくだらんとしている。


「少年! 少年!」

「あ……うあ……」

「わかる⁉︎ 私だよ⁉︎ 前会ったでしょ⁉︎」

「カボチャ……の……姉……ちゃん」

「そう! ちゃんと食べた⁉︎」

「盗ら……れた……モモを……たす……けて」


 少年は女の子を見てポロポロと涙を流す。2人とも今すぐに元気にしてやりたいが、こうなっては少しずつ栄養のあるものを食べさせて徐々に回復させるしかないだろう。

 経口補水液を召喚し、2人に飲ませる。幸い自力で飲める力は残っていた。点滴もしてやりたいが知識がなく何を召喚すればいいのかわからない。そこで思いついたのが飲む点滴と言われる甘酒だ。


「おいしい……」


 女の子が甘酒を飲んで一言発する。少し笑っているので安心した。


「私はサニー。2人の名前は?」

「俺はニア。こっちは妹のモモ」

「ニア、モモ、2人とも放っておけないから一緒に来て」


 馬車の荷台に2人を寝かせる。水分は取らせたので、もう少ししたらお粥でも食べさせよう。


 中央広場は思っていたよりも広く、500人が並んでも平気なぐらいの奥行きがあり、中央に噴水が設置された綺麗な公園のようだった。噴水では水浴びしたり、水を飲んだりしている人達がいる。

 ガトリー達はテントの設営を開始した。近くにいた人達に声をかけ、これから食料を配るから街中に知らせるよう頼んだ。


 私はカレーが好きだ。別に手の込んだ手作りのカレーでなくてもいい。レトルトでも十分おいしい。

 私は召喚しまくった。刺激になるといけないので甘口がいいだろうと思い、りんごと蜂蜜が入ったあのカレーにした。

 大量のお米も召喚し、大型テントに保管できるようにした。炊き立てのお米の匂いで彼らの胃袋を戦闘状態にしてやるのだ。そしてカレーの旨みで彼らの脳は洗脳され、カレー無しでは生きられない体となるのだ。

 そんなことを考えていたら私もカレーが食べたくなってしまったので炊き出し中に食べるとしよう。


 噴水前のテントには行列ができていた。皆いい香りに腹を鳴らしており、お米が炊けるのを今か今かと待ち侘びている様子だった。

 手伝いに来てくれた神官2人は、事前に皿とスプーンを列で待っている人達に配ってくれている。

 そして遂に第一号の人にカレーが渡された。


「熱いから火傷しないように食べてね!」


 ある人は噴水近くのベンチに腰掛けて、またある人は地べたに座って食べ始めた。

 周囲から「うまい!」という声が聞こえてくる度に、自然と口角が上がり、次はどんな食事を食べさせようかという気持ちにさせられた。


 この炊き出しには神活関連の従業員スカウトという重要なミッションがある。

 私はカレーを配りながら若くて健康そうな人を探していた。それから、やる気のある人を雇うべく、炊き出しのテントに『住み込み従業員募集!』の張り紙をしておいた。


「あ、あの……」


 声をかけてきたのは若い女の子だった。10代だろうか。肌の艶も良く、健康そうに見える。


「ん? なーに?」

「従業員を募集してると聞いたのですが、何の仕事ですか?」

「んー、メイドか巫女か番台かコンビニ従業員」

「私、読み書きも計算もできないんですけど、雇ってもらえますか?」

「その辺は教えるから問題なし! やる気があるなら採用!」


 彼女には巫女をやってもらうことにした。計算も読み書きも必要ないが、従業員が揃ったら皆んなで研修をするつもりだ。


――教会の鐘が鳴る。


 4の鐘が鳴る頃、中央広場では皆食事を終えて家に帰る者や、噴水の周りで遊ぶ子ども達、仕事について尋ねる者など少し活気が感じられる雰囲気だった。


「姉ちゃん! 俺たちも働けるかな?」


 お粥とカレーを食べてすっかり元気になったニアは、モモと一緒にキラキラと目を輝かせて働く意欲を見せる。


「じゃあ屋敷の掃除してもらおうかな」

「モモお掃除好きだよ⁉︎」

「俺も頑張る!」


 さっきまで死にそうだった子ども達が声を張って笑顔になっているのを見て、少し目頭が熱くなってしまうのは、私が元40歳の中年だったからだろうか。

 それとも、この幼い肉体ながらに女性であるが故の母性本能をくすぐられてしまったのか。

 どちらにしても、この兄妹が取り返しのつかなくなる前に炊き出しに来られたことは、何の役にも立たなかったホームレス経験者の私にとって誇らしくも嬉しくもある貴重な体験だった。


「ふふふ、2人とも期待してるよ?」

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