第16話 神社

 自分の家が欲しかった。前世では両親が残した家があったが、金の工面のため土地ごと売ってしまったのだ。

 東京のダンボールハウスも、自分が安心できるスペースが欲しくて、周囲の住民には悪いと思いながらも必死に建てたものだった。


 そして今、目の前に広大な敷地が広がっている。そこは廃墟と化した酒場と、元々貴族が住んでいたとされる中古の屋敷で、屋敷の方は修復すればまだ住める環境が整っていた。

 酒場は通りに面しており、横長で50メートルはありそうな間口だった。屋敷はその裏手にあり、酒場と屋敷の間には庭園が広がっている。

 褒美でこんなものを貰えるなんてありがたい。しかも固定資産税などの税金は無しだ。ただ、上下水道代がかかるらしいのでランニングコスト分は稼がなければいけないだろう。


「ゴードンいつも一緒だけど自分の仕事とかいいの?」

「私はサニー様の護衛を任されております。片時も離れはしません」

「愛されてるー。ありがてー」


 屋敷の鍵を開けて中に入ると、吹き抜けのロビーと、その正面に幅の広いT字型の階段、天井には豪華なシャンデリアが目に映った。1階には宴会場があり、50人ぐらいなら入れそうな広さだ。

 階段を登ると、さすがにホコリが目立つ。これは何人か雇わないと家の管理が難しそうだ。


「ゴードン、お金が要るよ」

「幾らご入り用ですか?」

「あ、いや貸せって話じゃなくてね? ここの維持管理の話」

「メイドでしたら斡旋業者がおります」

「そんでまずお金が要るよって話」


 実は金稼ぎの手段にはアテがあるのだ。それにはまずあの使えなくなった酒場を撤去して更地にしなければならない。


「よし! やるか! ゴードン外出よう!」

「はっ……はい。何をするのです?」

「見てて」


 私はゴードンの手を引き、庭園を抜けて通りに出た。そして酒場の前に立ってこう唱えた。


「キューブ! コンプレッション!」


 酒場を囲むように黄色い結界が現れると、酒場はメキメキと音を立てて小さくなっていく。

 木やガラスが割れる音が混ざってグシャグシャになっていくと、ある大きさで縮小化が収まった。

 まだ一辺3メートルほどの大きさだが、私には十分だった。


「アイテムストレージ!」


 酒場だった木片はキューブの立方体に収まったまま、私の手のひらの中に収納された。

 酒場跡地は綺麗な更地になった。見通しが良くなり庭園が綺麗に見える。

 続けて、私は間口の中央に両手をかざして唱えた。


「異世界召喚! 神社!」


 どこの何神社かわからないが、幅15メートル程度の神社本殿と境内、鳥居が召喚された。使用感はなく、建立したての質感である。


「サニー様……これは?」

「これは神社。教会みたいなもの」

「教会……あの建物の中に入るのですか?」

「ううん、こっち来て」


 ゴードンを鳥居に案内する。


「ここをくぐるところから参拝の始まりなの。ポイントは中央を通らないこと。中央は神の通り道なんだってさ。ここを一礼してからくぐる。はい、くぐって?」


 ゴードンは一礼し、大袈裟に中央を避けて鳥居をくぐる。


「よくできました。そしたらあそこで手と口を清める」


 手水舎ちょうずやに案内すると、ゴードンは柄杓を手に取って龍の彫刻に関心している。


「なんと美しいドラゴンの彫刻」

「これねー、日本では龍っていうんだよ? 水の神様」

「はっ! 将棋でもドラゴンをリュウと仰ってましたね! なるほど!」


 ゴードンはサニーの案内で上手に両手と口を清めた。


「そしたらここに立って、お賽銭を入れる。これ重要。ここの通貨って何だっけ?」

「ダリアです」

「ご飯いつも1000ダリアぐらいだよね?」

「はい」

「じゃあ……中銅貨1枚いくらだっけ?」

「5ダリアです」

「よし。中銅貨をあれに入れるの。やってみて?」


 ゴードンはカランコロンと中銅貨を投げ入れた。


「これが私の稼ぎになる。参拝者が増えればお賽銭も増える。そしてプロニートへ。ふひひ。はい次、鈴を鳴らして?」


 ゴードンが鈴を鳴らすと、通りを行く人たちが振り返る。その後も、ゴードンは二礼二拍手一礼をサニーの指示でぎこちなく執り行い、願い事をしたのだった。


「何お願いしたの?」

「サニー様の益々のご健康とご活躍です」

「了解。がんばる」


 次は神社の右隣に狙いを定めて召喚した。


「異世界召喚! 銭湯!」


 地面からニョキニョキっと銭湯が出現した。間口もピッタリで、中を覗いてみると、番台と男湯女湯の入り口、ちょっとした休憩スペースに、コーヒー牛乳の販売機まであった。販売機はガラス扉を開けて代金を番台に支払うアナログなもので、冷蔵に必要な電気ケープルが壁に刺さっている。


「あちゃー。電気必要かー。とりあえず冷蔵は諦めて常温で提供しよう。冷えてる方がうまいんだけどなー」

「これを冷やせば良いのですか?」

「え! できる⁉︎」


 ゴードンは冷蔵庫に手をかざすと、こう唱えた。


「水の精霊よ、冷気をまといてここに集い、これを冷やしたまえ。コールド」


 冷蔵庫は内外面に薄い氷の膜が張り、コーヒー牛乳はキンキンに冷えた。

 私は「ひゃあ! 我慢できねー!」と言ってコーヒー牛乳を飲み干すと、ゴードンも一口飲んでみた。


「これは……甘いですね」

「甘いの嫌い?」

「大人はあまり飲みません」

「えー、じゃあ何が売れそう?」

「ここは浴場ですよね? でしたらミグリムの酒などどうでしょうか」

「ミグリムって何?」

「柑橘系の果実ですが、甘味が強いのが特徴です」

「一回飲んでみたい」


 しかし、酒を飲む前にやることがある。もう一軒建てるのだ。神社に向かって左側にはまだ敷地が空いている。

 ここにコンビニを建設する。


「異世界召喚! コンビニ!」


 デザインは完全にセ*ンイレブンだった。これも間口ちょうどのサイズで収まりがいい。ここでおそらくこの世界初の24時間ならぬ32時間営業を目指す。


 屋敷のメイドに神社の巫女、銭湯の番台にコンビニの店員。メイドは3人欲しい。巫女は1人でやれるだろう。番台も1人だ。コンビニの店員は4人で32時間を交代する。全部で9人集めなければ。

 私の人材採用基準はやる気があるかどうかだ。ただし、コンビニの店員についてはお弁当が温められる魔法が使えるかどうかも判断基準とする。


 これが――貧民街で見つかるかどうかだ。


 まずは貧民街に行って炊き出しをしよう。そして親睦を深めて有能な人材を引き抜く。9人程度ならあの屋敷の客室に住み込みで働けるだろう。

 まかないは異世界の高級料理から激ウマB級グルメまで絶対に不満は言わせない自信がある。


 とりあえず住める場所が手に入って私は純粋に嬉しかった。今日は寝室のホコリを払って、ふかふかのベッドで寝るのだ。布団にもホコリが? そんなものはホームレス経験者には些末なことなのである。

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