第15話 褒美

 ドレスとはこんなにも窮屈なのだということを、今、実感している。コルセットをするほど太ってはいないのだが、余程くびれを強調したいのか、世話係のタニスはグイグイ締め上げてくる。

 国王を治して昨日の今日だと言うのに、やれ褒美だ、やれ宴だなどと王宮内ではお祭り騒ぎになっているようだ。

 ただ、この騒ぎが面白くない連中もいるようで、戦争強硬派は褒美の式典をボイコットするのだとか。そんなことして反逆罪にならないのだろうか。国王ちょっとナメられ過ぎでは。


 赤いドレスは所々黒のアクセントに白のレースが入ったカッコいいスタイルで、気品の中に力強さが感じられるデザインだった。

 髪の毛もアップにして宝石が散りばめられた髪留めで結び、生まれて初めての化粧もした。

 鏡で自分の姿を見ると、まるで人形のようで顔が赤くなってしまった。


 誰かがドアをノックする。丁度支度も終わったところなので部屋に通すと、白い軍服を身に纏ったゴードンが迎えに来てくれた。軍服は所々青の装飾がなされており、まるで王子様のようだった。


「サニー様、とても美しゅうございます」

「ゴードンもカッコいいよ」

「ありがとうございます。では、参りましょう」


 初めてのハイヒールはつま先が痛くて足首が疲れて歩きにくかった。いつもより歩くペースが遅い私を、ゴードンが歩調を合わせて待ってくれているのがわかる。

 長い廊下を歩き、角を曲がると謁見の間が見えた。扉の前には近衛兵が立っている。

 私が扉の前に立つと、近衛兵が扉を開き、ゴードンが耳打ちする。


「私は向かって左側で待機しております」


「救済の女神! サニー様をお連れしました!」


 ゴードンの声が広間中に響く。玉座に向かうレッドカーペットの左右には、貴族と思われる人たちが整列し「神だと?」「回復魔法を使ったらしい」「天使ではないのか?」などと噂する声が聞こえる。

 私は1人、ヒソヒソと噂する貴族達の間を抜け、玉座の前でカーテシーをして見せた。控室で謁見の際の作法を習ったのだ。右足を斜め後ろの内側に引き、左足の膝を軽く曲げて挨拶をする。


「本日はお招きいただき誠にありがとうございます」


 問題はここからだ。この姿勢をいつまで保てばいいのかわからない。


「よく来てくださった。どうか、楽にしてください」


 助け舟ありがたい。もうハイヒールのせいで転びそうだったのだ。というか元々こういう堅苦しい挨拶は性に合わない。国王だってフランクにファーストネームで呼びたい。私の口から陛下とか気持ち悪くて嫌なのだ。

 私はだらんと楽な姿勢になった。その途端、貴族たちから「無礼だ」「だいたい小娘がなぜ褒美など」というヒソヒソ声が聞こえてくる。


「昨日の今日でお呼びだてして申し訳なかったが、家臣が急ぎ褒美をとうるさくてな。はっはっは」


 玉座に向かって右側には、紺色のシックなドレスを着た中年の女性と、水色の華やかなドレスを着た若い女性が立っていた。左側には鎧を着用し帯剣したウェルギス卿が立っている。


「紹介しよう。妻のエミリーと娘のマーガリーだ」

「エミリー・ルナ・タリドニアです。以後、お見知り置きを」

「同じくマーガリーです。ご機嫌麗しゅう」

「サニーです。よろしくお願いします」


 娘もいたのか。王女様だな。奥さんと娘は国王の寝室にいなかったが、お見舞いなどには来ていなかったのだろうか。それとも病がうつると思って隔離されていたのか。

 どちらにしてもゲラルドのようなタイプではなさそうなので少し安心した。


「さて、サニー殿。此度の活躍、誠に大義であった。もしよければダコロス平原で見せた召喚魔法とやらを披露してはくれまいか」

「いいよ。メーデイア」


 後方の空間に歪みが発生し、まるで水面から顔を出すようにメーデイアが現れた。


「お呼びでしょうか。マスター」

「そのまま待機で」

「了解いたしました」


 貴族達から「おお⁉︎」「なんだあれは⁉︎」「宙に浮いている」などの声が上がる。


「皆の者! これがエルラドールの軍勢を全員眠らせた奇跡の術だ! およそ4万もの敵軍を一網打尽にし、尚且つ命を奪わないという慈悲溢れる技! これと同じことが出来る者がいようか! 否! これだけでも褒美を与えるに値する!」


 広間に国王の声がこだまする。メーデイアは誇らしそうにニッコリと笑みを浮かべた。

 睡眠による状態異常攻撃にしておいてよかった。これが虐殺による敵一掃だったら話は変わっていたかもしれない。


「さらに! 我が軍の負傷兵たちを大勢救った神秘の術! それはこの私をも救った神の回復魔法だ! 主サラエドが神ならサニー殿もまた神! これよりタリドニアは、複数の神を受け入れ、互いを尊重することを国の方針として掲げる!」


 これにはさすがに貴族達から反発の声が上がる。


「陛下! それではプラナラもエニストスも神だと認めるようなものです!」

「それの何がいけないのか申してみよ」

「くっ! それでは今までの戦争は何だったのですか⁉︎」

「愚かな行為。としか言いようがないな。だからこそ、ここで悔い改めるのだ」


 広間は静まり返った。すると、扉が勢いよく開いて大きな音が響く。


「マーガリー! この俺を呼び出すとは何事だ⁉︎」


 バカ王子のお出ましだった。バカ王子は広間に大勢人がいることに驚いた様子で、レッドカーペットの先にいる私を見つけると、ギョッとした表情になった。

 さらにそこから先の玉座に座る自分の父を見て青ざめる。


「な⁉︎ こ、国王⁉︎ へ、陛下!」

「ゲラルド。近う寄れ」


 バカ王子は不機嫌な心中を顔全体に表しながら、つかつかと私の横に並び跪く。横目でマーガリーを睨んでいるのが見えた。マーガリーは一瞬、下瞼を指で下げ、舌を出した。


「くっ……へ、陛下、ご回復なされたのならお知らせ頂かなければ困ります。急ぎお薬を持って来させますのでお飲みください。おい! そこのお前! ハミルス大司教に薬を持って来させろ!」


 そう言って貴族の1人にハミルス大司教を呼びに行かせた。


「ほう。私はもう良くなったのだが薬は飲まんといかんか?」

「はっ。良くなったように思えても、すぐにまた悪化いたします。そうなる前にお薬をお飲みください」


 やたら薬にこだわる。余程飲ませたいのだろう。いっそここで追求してやってもいいのだが、現物が届くまで待って証拠を突きつけてやろう。


「メーデイア、戻っていいよ」

「はい。マスター」


 しばらくするとハミルス大司教がぜーぜー言いながら走って来た。


「お、お待たせいたしました。お薬にございます」

「ふむ。サニー殿、調べてくれ」

「はいよ。どれどれ? 貸してみ?」


 私はハミルス大司教に手を出して薬を渡すよう促す。ハミルス大司教はバカ王子の顔色をうかがっている。バカ王子は怪訝な様子で私を見ると、ハミルス大司教に目配せをした。

 私は薬を受け取ると、鑑定をかけた。


「鑑定」


 表示された画面にはこう記されていた。


『エゴシモントの毒にキビキ草の粉末を混ぜて呪いの儀式を施したもの』


 国王の指示でウェルギス卿が鑑定結果を覗き見る。バカ王子とハミルス大司教からは画面が見えておらず『鑑定』が何なのかわかっていない様子だった。


「これは……陛下」


 ウェルギス卿は国王に耳打ちする。すると、国王は固い表情でこう告げた。


「ハミルス大司教、これはいつもの薬なのか?」

「はは。先日お飲みになられたものと同じにございます」

「ならば貴様を捕らえなければならんな」

「は⁉︎ なにゆえ⁉︎」


 バカ王子の表情がこわばる。その横でハミルス大司教は近衛兵に連れられて部屋を去っていった。


「ゲラルド。何が言うことはないか?」

「はっ……わたくしは……なにも……」

「あとでトスカー大教皇からも話を聞かなければならんようだ。お前は何か知らんか」

「ぐっ……いえ、なにも……」

「バイデッカからも話を聞こうと思うのだが、それでも何も知らんか」

「わ……わたくしは……関係ございません」

「ふん。たわけめ。去れ」


 バカ王子はがっくりと肩を落としてノソノソ出ていった。ここでトドメを刺されないのは逆に不憫に思えてきた。


「さて、サニー殿。褒美は何が欲しい?」


 褒美が貰えるならこれがいいというものがあった。この世界に来る前からずっと欲しかったものだ。


「土地をいただけませんか?」

「ほう。ウェルギス、どこかいい土地はないか?」

「土地に詳しいのはミゼル卿です。ミゼル卿、どこか広い土地はありませんか?」

「ならば――」


 中心街と庶民街の間にある土地を貰えることになった。まだ現地を見ていないので広さはわからないが、昔、貴族が経営してた酒場の廃墟があるそうだ。

 誰も撤去費用を出したがらないらしく、処分に困っているのだとか。


 まだ日が高い穏やかな陽気の中、バカ王子が釣られてやってくるという事態があったものの、無事に褒美がもらえて窮屈なハイヒールから解放されたのであった。

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