第14話 国王カルロス・ルナ・タリドニア11世

 王の器というものが客観的に視覚化できたなら、この目の前の病人が助かるに値するのか否か簡単に判断できるのに、あのバカ王子の所為で、この人もバカ国王なのではないかと疑ってしまう。

 話を聞いて判断しようかと思っていたのだが、目を見開き、焦点が定まっておらず、口から涎を垂れ流しているこの状況では、それも叶わない。


 国王の寝室では、私、ゴードン、ウェルギス卿、カルタス、それと王の側近のシャルマン伯爵の5人が、王のベッドを囲んでいた。


「ゴードン、正直に言うね? この人あの皇太子みたいな人じゃない?」

「真逆です。国王陛下は殿下の素行を日頃から諌めておいででした。殿下がああなられたのは、陛下が病に倒れてからです」


 ゴードンがそう答えると、私の発言の意図を汲み取ったのか、ウェルギス卿がこう告げる。


「サニー様、陛下はパトロギスに必要なお方です」

「ウェルギス卿! 闇の精霊よ、全ての音を遮り沈黙の間を与えたまえ。サイレントルーム!」


 ゴードンが慌てて遮音結界を張る。ベッドを中心に我々5人を囲むように紫色の結界が現れた。

 この状況から察するに、シャルマン卿もパトロギスということだろう。


「カルタス、お前はサイレントルームから出て入り口を警戒しろ。何かあったら手を上げて知らせるのだ。よいな?」

「承知いたしました」


 シャルマン卿はカルタスにそう指示すると、カルタスが視界に入る位置に移動した。


「国王もパトロギスってこと?」

「左様です」


 国王もパトロギスということは、この戦争を平和に導く何らかの活動をしていたということになる。パトロギスにとって、国王が身内というのは心強い後ろ盾だ。この人を失うことは平和活動において大きな痛手になるだろう。

 そしてそれは私の神活においても同じ事が言える。この人を亡くすわけにはいかないということだ。


「わかった。まずは鑑定するね?」

「かんてい……とは何だ?」


 シャルマン卿が尋ねる。


「サニー様は他人のステータスをご覧になることができるのです」


 野営地で鑑定を使うところを見ていたゴードンは少し得意気に見えた。


「なんだと⁉︎ そんなことが!」

「私も初耳だ」

「ステータスだけじゃないよ? アイテムなんかも詳細な説明が表示されるよ?」


 シャルマン卿は空いた口が塞がらない様子だ。ウェルギス卿は初耳とは言うものの、あまり驚いた様子ではなかった。もはや何があっても驚かないということだろうか。


「じゃあ鑑定するね? 鑑定!」


 左手を国王にかざして唱えると、ステータス画面が表示された。1番見たいのは備考欄のバッドステータスである。


『備考』

「状態異常:猛毒。呪詛。幻惑」


 明らかに人為的なバッドステータスだ。治すのは簡単だが、これの原因を取り除かなければ根本的な解決にはならない。考えられる要因は普段の食事か薬、それか定期的に魔法攻撃でも喰らっているのか――注射針はないだろうから外的に毒針を刺されている可能性もある。

 呪詛、幻惑に関しては遠隔的に呪術などが行われている線もある。


「シャルマン卿、この部屋によく出入りするのは誰?」

「私がいることが多い。あとはゲラルド殿下がお会いする時は誰も部屋に入れるなとのことなので、私も退室する」

「ゲラルド……またあのバカ王子か……」


 あの戦争したがりのバカ王子ならやりかねない。他にも玉座の座り心地が気に入ったとかどうしようもない理由だろう。


「王子1人で会うの?」

「いや、ハミルス大司教が、自身で調合した薬を持って一緒に……はっ、まさか薬が?」

「その可能性は大きいね」


 どうするゴードン。これ教会も絡んでるよ。この国は思ったより腐敗が進んでいるのかもしれない。


 そこである重大な事実に気付いてしまった。どうやら気付いているのは私だけのようだ。

 ステータス画面には1番上に名前、レベル、種族、職業が表示される。ステータスを見慣れている者なら、きっと当たり前すぎて視界に入ってもまじまじと見ることはないのだろう。だが私はステータス画面を見慣れていないので一つ一つ確認してしまったのだ。

 名前、カルロス・ルナ・タリドニア11世。レベル158。


 種族――『魔族』


「ゴードン、困ったことになったよ。これホントに治していいの?」

「困った……とは? 一体……」


 シャルマン卿、ウェルギス卿、ゴードンをステータス画面が見える位置に呼んで、4人でステータス画面を覗き込んだところで「ほれ」と言って『種族』を指差した。


『な⁉︎ なんだとお⁉︎』


 一同騒然である。この様子だと誰も知らなかったことのようだ。

 魔族が戦争に参加している。そのことが間違いない事実であることが判明した瞬間だった。1国の王が魔族だったのだ。他の2国の王も疑わしい。


「という訳なんだけど、この人治していいの? 信用できる?」

「たとえ! ……たとえ魔族であっても……陛下はパトロギスに必要なお方です!」


 ゴードンは真っ直ぐな目で私を見つめた。目は口ほどに物を言うとは良く言ったものだ。その目からは、国王を自分の父親のように尊敬し、敬愛しているのだということがひしひしと伝わってきた。

 シャルマン卿もウェルギス卿も言葉にはしなかったが、その視線と凜とした姿勢で私に訴えた。


「了解! 治すよ!」


 私は国王の体に両手をかざしてこう唱えた。


「パーフェクトキュア!」


 国王の体は緑と青と黄色の螺旋状の光に包まれ、目の下の窪みや痩けた頬がみるみる回復し、肌の色も健康的で張りのある顔に変化していった。

 強く見開いて飛び出しそうだった目は焦点を取り戻し、半開きだった口も穏やかになった。


 国王は意識を取り戻し、周囲を見渡す。


「シャルマン……」

「陛下! わかりますか⁉︎ 私です! シャルマンです!」

「ウェルギス……」

「おお! 陛下!」

「夢を……見ておった……子どもが戦地に赴く、悲しい夢だ……戦争はどうなった? 終わったか?」


 40代半ばだろうか。先程までの呪われた姿からは想像できなかったが、首は太く、肩も大きく、ガッシリした体型であることがわかる。顔がゲラルドに似ている。親子だから当然なのだが、目が違った。鋭い目線の奥に光る眼光は、強くも優しい父親のような暖かさに溢れていた。


「いまだ……収拾がつきません……」

「ふふ、ラッセル。お前がそんな面になるとはな。ふふふ」


 振り向くと、ゴードンの真っ直ぐな両目からは二筋の涙が頬を伝い、頷で一つになってポタポタと垂れていた。


「して、そなたは誰かな?」

「サニーです」

「陛下、女神サニーは陛下のご病気を治療した救いの女神です」

「ほう。シャルマンにそこまで言わせるか。礼を言うぞ、サニー殿」

「恐れながら陛下。女神サニーは我が国を3度も救ってくださいました。1度目は先の戦いで敵軍を退け、2度目は仲間たちを治療し、3度目は陛下をお救いになられました。この偉業は賞賛し、讃えられるべきものでございます」


 ウェルギス卿が私を持ち上げる。こんなことは生まれて初めてだが、なんだか嬉しくも恥ずかしくもあり、背中がむず痒い気がした。


 その後、国王が腹が減ったと言うので異世界から栄養ドリンク2本と味噌煮込みうどんを召喚し食べさせたら、もうこれ以外食べないとか言い出して諌めるのが大変だった。

 国王が魔族だった件については4人だけの秘密とし、いずれ必要になる時まで議論は保留とすることにした。

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