第13話 皇太子ゲラルド

――タリドニア王国。王宮。


 5の鐘が鳴って少し経った頃、私とゴードンは王宮に入り1階の廊下を歩いていた。

 国王を待たせるのは悪い。時計がないので5分前などのタイミングが測れないが、少し早く行くぐらいが丁度いいだろう。

 前世では時間に厳しい人もいたが、国王はどんなタイプの人間だろうか。ゴードンが心から救って欲しいと願う程の人物であることを考慮すると、それなりの人格者であると考えられるのだが、あの皇太子の親でもある。油断はできない。話ができるようなら、よく目を見て話をしてから治療しよう。


 階段を登ると、細長いオッサンが立っていた。長い髭が自慢なのか、頻繁に髭を摘んでは伸ばしている。


「ラッセル大神官。皇太子殿下がお待ちだ。その小娘を連れて謁見の間に来い」

「お言葉ですがバイデッカ公爵殿、国王陛下とのお約束がございますので、そちらが優先されます」

「何を言うか! 皇太子殿下は国王代理であるぞ⁉︎ 国王に用があるのなら、まず代理である殿下に話を通さぬか!」


 ゴードンは数秒黙って私に耳打ちする。


「……サニー様、ここはこれ以上事が大きくなる前に皇太子殿下にお会いする方がよろしいかと……」

「わかったよ……行こう」


 正直に言うと頭に来ていた。あの色欲王子になど用はないのである。つまり用があるのは向こうの方ということになる。一体何の用があるのか知らないが、ロクなことにならない予感が止まらない。


「フン! 最初から大人しく付いて来ればいいものを!」


(こいつ絶対いつかブッ飛ばす)


 歩き方を見るとその人の性格がわかるものである。その時の感情によっても一時的に変化することがあるが、こいつの歩き方はガニ股で肘を張っていて、後ろにひっくり返るんじゃないかと思うほど踏ん反り返っている。

 他人を見下す気持ちが態度に出てしまっているのだろう。


 一際大きい扉の前に近衛兵が立っているのが見える。おそらくあれが謁見の間なのだろう。謁見の間と言えば玉座だ。我が物顔で腰掛ける色欲王子の姿が目に浮かぶ。

 バイデッカは近衛兵に扉を開けさせると、つかつかと中へ進みながら声を張った。


「殿下! 連れて参りました!」


 私とゴードンも後ろを付いて行くと、ゴードンが慌てた様子で耳打ちする。


「サニー様、どうか死人がでないようにお願いいたします」


 ゴードンは左右に並んだ兵士たちを見て、痛そうな表情をしている。


「兵士がどうかしたの?」

「こんなに兵士を並べるのは捕物の時だけです」

「あーはーん。私の側から離れないでね」


 入り口の扉が閉じられ、近衛兵が立ち塞がる。

 ようやく色欲王子の顔が見えるところまで歩を進めると、ゴードンが膝を付いた。私はこんな奴に跪くのは絶対に嫌なので腰に手をやって仁王立ちした。

 玉座に向かって左にはバイデッカ、右にはデブがニヤニヤしながら立っている。


「貴様、無礼だぞ。跪け」


 玉座の色欲王子はそう言って文字通り私を見下した。


「お前から王の威厳が感じ取れたら自然と跪くよ」

「不敬だ! 捕えろ!」


 バイデッカが近衛兵たちに指示すると、近衛兵たちは私とゴードンを囲んで槍を構えた。

 奴らの狙いは私を異端審問にかけるとか回復魔法を使ったのが気に入らないとかそんなところだろう。

 その上、国王の病気まで治療されたら神殿の沽券に関わるといったところか。

 色欲王子もデブもヒゲも、あの勝った気でいる表情が気に入らない。ここは敗北を教えてやろう。


「キューブ!」


 私が両手を広げてそう叫ぶと、近衛兵たちは一人一人が立方体の結界に閉じ込められた。「なんだこれは!」「割れない!」と言った声がザワザワ聞こえる。


「くっ! なんだあれは……あいつらを連れて来い!」

「はっ!」


 バイデッカとデブは色欲王子の指示で別の部屋へと入って行った。

 玉座に座った色欲王子はニヤニヤしながら、踏ん反り返って高いところから私を見下している。


「お前護衛はどうすんの? 1人ぼっちじゃん。首へし折ってやろうか?」

「フン! 貴様程度にやられる俺ではない!」


 隙だらけなのだが、何を勘違いして勝てると思っているのだろうか。ノソノソと近づいてくる首はいつでもディストーションで折ってやれる。だが死人は出さないのが私の神活だ。腕の2本でも千切って許してやろう。


「ゴードン下がって。手出すなよ?」


 色欲王子が剣を抜いて私に上段から斬り掛かる。おそらく精一杯速く斬っているつもりなのだろうが、ハエが止まりそうなぐらい遅く見えていた。

 自動戦闘の能力を使うまでもなく、その場から動かずに左手の人差し指と中指で剣を摘んでみた。

 それまでニヤついたムカつく面だった色欲王子の顔は、スローモーションで驚愕の表情になっていく。


 摘んだ剣を振り回すと、色欲王子は遠心力で近衛兵たちの壁に吹き飛んで行った。


「ぐはっ!」


 そこへバイデッカとデブが戻ってくる。


「殿下!」

「殿下ー! 連れて参りました!」


 バイデッカとデブはウェルギス卿とカルタスを後ろ手で縛って捕らえていた。


「サニー様……申し訳ない……」


 ウェルギス卿はうなだれて許しを乞う。おそらく国王との面談を取り計らう際にバイデッカ辺りに捕縛されたのだろう。カルタスの方はあのデブに捕まったといったところか。


「ふはははは! 貴様、動くなよ⁉︎ 動いたらあの者たちを殺す!」


 バイデッカとデブはウェルギス卿とカルタスの首にナイフを構えた。

 勝ち誇るというのは、負けの可能性を全て排除した上で最後にするものである。このケンカはまだ始まったばかりで、私は手の内の1%も見せていない。なぜ私があの2人を止められないと思っているのだろうか。


「キューブ。コンプレッション」

「ひゃ、ひゃー! これは! やめてくれっ!」

「なんだこれは⁉︎ くっ、くるしっ!」


 バイデッカは立方体の中で細長い体がつっかえ棒のようになっており、デブは野営地の時と同じように四角くなった。


「ゴードン、彼らの救出を」

「承知いたしました」


 色欲王子は間抜け面で空いた口が塞がっていない。


「さて、王子。お前何も分かってないみたいだから教えてやるよ」


 私は色欲王子の左腕に狙いを定めて唱えた。


「ラプチャー」


 ラプチャーは空間断裂の魔法だ。戦場では多くの兵士が腕やら足やら千切れて苦しんでいたのだ。戦争の恐怖を自らの腕で知ってもらおう。

 王子の肘に魔法陣が現れると、空間と衣服ごと引き裂かれた腕がゴトリと床に転がった。


「ぐぬっ! ぬああああああああああ!」


 色欲王子は肘から先が失くなってしまった腕を見て悲鳴を上げる。


「ひいいいいああああ!」


 色欲王子は片腕を失くした犬のように3本足で這いつくばって逃げるが、周囲を取り囲む近衛兵たちの結界で外に出られない。


 私は無様な王子の尻を蹴り上げた。辺りには無様な王子の血が舞っている。


「ぎゃひい!」

「動くなよ。もう一本やってやるから」

「ひいいい! もう、もうやめて! やめろ! 何でもやるから! 欲しいもの何でもやる!」


 私は無様な王子の右腕を掴み、さらに唱えた。


「ラプチャー」


 ゴトリという音と共に無様な王子の右腕から血が溢れ出す。


「ぐわああああああああああ!」

「お前はもっと恐れると言う事を知った方がいいと思うんだ。もう私に関わるな。2度と干渉しないと言え」

「うぐっ! ぐううう!」


 無様な王子の頭をバシッと叩いて顎を掴みこっちを見させる。ガタガタと左右に振れる無様な王子の瞳を睨み、少し時間を置いてこう告げた。


「2度と、私たちに、干渉しないと、言え」

「も、もう許して――」


 無様な王子の傷口を指でえぐる。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」

「2度とっ! 私たちにっ! 干渉しないとっ! 言えーーー!」

「じっ! じばぜんっ! もう! もう干渉しないっ!」

「よし。次なんかあったら両足な」


 すると無様な王子は失血により気絶した。このままでは死んでしまうので腕を再生させてやることにした。


「リジェネレーション」


 無様な王子の両腕からまず骨が再生し、次に筋肉、血管、脂肪、皮膚が再生していった。


 こうして皇太子、公爵、大教皇の思惑は的を外し、私を侮ったことを深く後悔したのだった。これでしばらくは大人しくなるだろう。

 王宮には教会の鐘の音が届き、6の鐘が鳴り響いていた。

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