第12話 貧富の差

 ウェルギス卿の執務室を後にした私とゴードンは、王宮の廊下を歩いていた。

 ウェルギス卿曰く「6の鐘に国王陛下の寝室へ」とのことだった。教会のある街では1時間に1回鐘が鳴るのだ。今まで立ち寄った街でも鳴っていた。

 驚いたのは鳴る回数で、暇な時に数えていたのだが、最大で16回鳴るのだ。ゴードンに聞いたら午前中16回、午後16回の計32回鳴るとのこと。

 つまりこの世界は1日32時間ということになる。ちなみに1年も16ヶ月で1月50日の年間800日だと言うから更に驚きだ。

 ただし体感的にしかわからないが1時間がどうも60分ではないように感じる。もっと短いのだ。体感的には30分といったところだろう。

 そして先ほど16の鐘が鳴っていたのでお昼の時間である。お昼を食べに行かねば。


 廊下の角を曲がると前方で2人の男が言い争っていた。


「だからっ! 今すぐ兵を出せと言っているのがわからんのかっ!」

「殿下! 落ち着いてくだされ!」

「えーい! 貴様では話にならん! バイデッカを呼んでこい!」

「殿下! お待ちください! 実は殿下に会いたがっている女性がおるのです!」

「む! どんな女だ」

「それはもう殿下好みの……うへへへ」

「ほう。どこにいる? 案内しろ」

「はい、こちらです」


 また厄介そうな殿下が現れたものである。殿下ということは王族、下手をすれば皇太子だ。


「ゴードン、今の何?」

「ゲラルド皇太子殿下とタルマイジ侯爵です」

「なんか女紹介してたけど……」

「タルマイジ卿の得意技です。ああでもしなければまたダコロス平原で戦闘が起こってしまうのでしょう」


 ゴードンが耳打ちして小声で言う。


「タルマイジ卿もパトロギスです」


 私も負けじと耳打ちする。


「お腹空いたからご飯にしよ」


――宮殿を後にした私たちはマイオス亭で食事を済ませ、街の散策へと赴いた。


 街並みは清潔で人通りが多く、貴族と思われるドレス姿の女性も馬車ではなく徒歩で移動している。


「ゴードン、ここは貴族が多いの?」

「ここは貴族街と庶民街の中間点です。露店も多くこの街で1番混雑する場所になります。貴族だけでなく庶民も多く足を運びますよ」


 庶民街に興味があった。今まで立ち寄った街や店は、どこもかしこも貴族だらけで、通行人以外で庶民らしい人達を見かけたことがなかったのだ。

 神として庶民の生活を知り、彼らの不平不満に寄り添う姿勢でありたいと思った。


「庶民街行ってみたい」

「あまりお勧めはしませんが……」

「行ーきーたーいー」

「……かしこまりました」


 そこは貧富の差というものを著しく感じさせる廃れた街並みだった。

 人は少なくないのだが、皆、歩くスピードが遅いのだ。貴族街とは流れが違った。

 そしてこの臭いだ。私はホームレスだったので何日も風呂に入らなかった時の臭いを知っている。これはそれに加えて糞便の臭いが混じった悪臭だった。


「トイレないの?」

「ありません。皆、窓から捨てています」

「病気になるよ……これ」

「ここはまだマシな方です。貧民街はもっと――」


「クソガキー! 返しなー!」


 大声に釣られて前方左側を見ると、露店の主人らしき年配の女性が子どもを追いかけようとしていた。

 子どもは足が速く、こっちに向かって全速力で走ってくる。手には大きなカボチャのような野菜を抱えていた。模様はスイカなのだが、形はカボチャを縦長にしたようなものだった。恐らく盗んだのだろう。

 私は子どもに手を向けて、こう唱えた。


「スロウダウン」


 子どもは体全体の動きがスローモーションになり、私は子どもから野菜を取り上げた。

 ゴードンが子どもを地面に伏せさせ拘束する。


「ちょ、ゴードンそこまでしなくても」

「いえ、我が国では盗みは重罪です」


 スロウダウンの効果が無くなり、子どもが喚き出す。


「くっ! 放せよ! くそっ!」

「こんのクソガキっ!」


 露店の女性が追いついて子どもの頭を平手で叩く。私は盗まれた野菜を女性に返しながらこう言った。


「こらこら、体罰は駄目だよ。君、逃げないって約束すれば良いものあげる。約束守れる?」

「何だよ……良いものって」

「異世界召喚。カボチャ」


 少し大きいカボチャをイメージして召喚したのだが、直径50センチぐらいのものが召喚された。


「これはカボチャって言って、君が欲しかったのとはちょっと違うかもしれないけど、焼いても煮ても美味しいよ?」

「……逃げないって約束するよ」

「ゴードン、放してあげて」


 子どもは立ち上がると、両手いっぱいにカボチャを抱えてこう言った。


「ありがとう。姉ちゃん」

「少年、このお方はサニー様だ。この名を忘れるな」

「ああ、覚えとく」


 子どもは貧民街の方向へ去って行った。ボロボロの服に素足、痩けた頬にガリガリの手足、おそらく養ってくれる親もいないのだろう。

 これは一度貧民街に言って炊き出しでもやった方がいいのだろうか。少なくとも今のような窃盗を行う子どもは減るだろう。捕まれば重罪として処罰されるのだ。そんな子どもがいるのは我慢ならない。


「ゴードン、後で貧民街に連れてって」

「かしこまりました」



***



 引き続き庶民街を散策していると、大きな建物が目についた。西部劇で見るようなスイングドアが付いており、通りから中を覗くと人が大勢いた。


「ゴードン、ここは?」

「冒険者ギルドです」

「冒険者⁉︎ 面白そう! 寄ってく!」


 入り口からは丸テーブルを囲んで酒を酌み交わす大男たちと、奥に受付らしきカウンターが見えた。

 スイングドアをギィーっと通過すると、ザワザワ賑わっていた室内はしんと静まり返り、皆こっちを見て固まってしまった。


(うわ……新入りに厳しいのかな……めっちゃ見てくる)


 すると1人の細マッチョがガターンと席を立ち、声を張り上げる。


「あー! 天使様だー!」


 それを皮切りに至る所から「天使様!」「なんでこんなところに!」「あのお方は天使様だ知らねーのか!」などの声が上がり、1人の男が近寄ってきた。


「天使様! よくおいで下さいました! さあどうぞこちらに!」


 勢いでテーブルの席に座らされてしまった私は、マンガ肉をご馳走してもらい、テンションが上がりまくって、その場にいた全員に牛丼を振る舞ってしまった。

 皆の話によれば、ここにいる全員はダコロス平原の戦いに傭兵として参加した冒険者とのことで、普段はランクに応じた仕事をこなしているのだとか。

 ランクはS、A、B、C、D、Eの6段階で、S級の仕事にはドラゴン討伐もあるのだと言う。

 ランク分けはステータスのいずれかのパラメータの最大値で決める方式で、数値が10以上でEランク、20以上でD、30でC、60でSとなる。

 数値はレベルアップで上がり、レベル80が最大で、各パラメーターも80が上限なのだそうだ。

 つまり私のパラメーターにおける魔力9850というのはあり得ない数値ということになる。


「ダンジョンとかあるの?」

「ありますよ。よくレベル上げと素材集めに行きます」

「お宝とかもあるの?」

「あー、何百年か昔は宝箱が出現したらしいですが、今はただのモンスターの住処です」

「お宝ないのかー。夢がないなー」

「サニー様、そろそろ参りましょう」


 ゴードンが4の鐘を聞いて私を急かす。ここから王宮までは徒歩だと結構かかる距離だった。私も約束の時間には余裕を持って行動するタイプだ。そろそろお暇するとしよう。


「また来るねー」


 出口で振り返り手を振ると「天使様ー!」「また来てください!」などという騒ぎ声が溢れた。


 思えば転生してから誰かに奢ってもらったり譲ってもらったりで、全く金を使っていないことに気付き、本格的に金策をしようと考え始める切っ掛けになったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る