第2章 タリドニア
第11話 王都サルマン
「王手」
「ぐっ! そ、それではもうヒシャで取るしか……」
「飛車は死んだね」
「うぐぐ、ドラゴンにしてやれず……すまん!」
ゴードンが苦肉の表情で飛車を動かす。しかしもう詰んでいるのだ。ゴードンはいつ気付くだろうか。
「そしたら同歩成でまた王手ね」
「くっ! ヒシャを倒してゴールドナイトに進化したか! しかしキングの底力で圧倒する!」
「あ、同玉は無理だよ? 角が効いてる」
「ハッ! 遠距離攻撃か! ならば後ろに……いや! 後ろにはドラゴンが……待ち伏せして……」
「お、気付いたね?」
「ま……負け……ました……」
将棋は時間潰しにはもってこいの遊びだ。他にもトランプやリバーシも召喚してゴードンとカルタスにルールを覚えてもらって遊んだのだが、2人とも将棋が気に入ったようで、2人が指しているとバチバチという火花が目に見えるような争いになる。
やはり戦争という争い事に身を置いていると『将』を取り合うという遊びは、もはや遊戯の域を超えて競技になってしまうということだろうか。
馬車は5つの大きな街を経由し、王都まであと僅かというところまで進んでいた。
出発して間もない頃は道が荒れており、馬車の乗り心地が悪かったのだが、王都に近付くにつれ道はレンガが敷き詰められた綺麗な街道となり、歩道を歩く人も見受けられた。
「間も無く王都に到着いたします。先に神殿に向かわれますか?」
「いや、先に王宮だ。国王陛下にお会いできるかウェルギス卿に打診する」
「承知いたしました」
国王を救って欲しいとゴードンは言っていたが、旅の道中で聞いた限りでは病気とのことだ。
原因不明の病で、どんな薬を飲ませても改善しなかったのだとか。
どんなのでも治してやる。まずは鑑定させてもらって、バッドステータスを確認しよう。
その後、神殿にも行くのだろうか。なるべくならあのデブには会いたくないのだが。
「そっか、神殿があるんだ。ゴードンの職場?」
「左様です。王都サルマンのサルマン神殿になります」
「あのデブもいるの?」
「トスカー大教皇ですね。おります」
「えーやだー。会いたくなーい」
「そう仰ると思って先に王宮に参ることにしました」
ゴードンも私があのデブを嫌っていることはわかっているようだ。でも会わなければならないのだろう。国王の治療をするのだから。
ゴードンが私のような神にお願いするぐらいだ。神殿で国王の容体が良くなるように神頼みしていることぐらい容易に想像がつく。
これで私が国王を救ったとしたら、本来神殿がすべきだった仕事を私が代行したことになる。
神殿は面白くないだろう。あのデブと揉めることになる未来が私には見える。
馬車は大きな門を潜り抜けると、大通りを進んで行く。異世界のファンタジーな街並みも少しは見慣れてきたが、さすが王都なだけあって門も道路の道幅も大きい。
大通りをしばらく進むと、右手に大きな鉄格子の門が見えてきた。鉄格子の向こう側には、規則正しく碁盤の目のように建てられた家が何軒も立ち並んでいた。
カルタスが門番と話をすると、門は開かれ住宅街を通って行く。私が荷馬車から顔を出してキョロキョロしていると、ゴードンが「貴族街です」と教えてくれた。
貴族街にも目を奪われたが、気付いて1番驚いたのはやはり城だ。そのスケールの大きさと、所々尖った屋根のデザインに思わず「おおお〜」と言ってしまった。
馬車は城からは程遠い場所に停まった。周囲には庭園が広がり、兵舎と思しき建物もある。
「ここからは歩きです」
「ほい。カルタスは?」
「私は馬車を替えて参ります」
「ほいほい。またねー」
ゴードンの後をヒョコヒョコ付いていくと、美しい庭園とそれを管理する庭師、巡回の兵士など、これが王宮かといった光景を目の当たりにした。
回廊を歩いていたと思ったのだが、いつの間にか壁に囲まれた廊下を歩いていた。綺麗な絨毯が敷かれており、高級ホテルを彷彿とさせる。
幾つか階段を登ると、ゴードンがある一室の扉をノックする。中からは太い声が聞こえてきた。
「入りたまえ」
「失礼します」
中にいたのは肩より長い黒髪のロングストレートに、服の上からでもわかるガッチリした筋肉、顔の皺から察するに40代半ばであろう男性だった。
部屋は執務室と思われ、長い机と応接用のソファーとテーブル、書棚というシンプルな構成で、あまり広くはなく、貴族らしさも感じさせない雰囲気だった。
「ご苦労だったな。無事でなによりだ」
男性は椅子から立ち上がり、こう続ける。
「その女性が例の?」
「はっ。女神サニーにございます。サニー様、こちらはウェルギス伯爵です」
「ゴルド・ヴァン・ウェルギスと申します。お目に掛かれて光栄です」
「サニーです。ご丁寧にどうも」
「どうぞお掛けになってください。大神官も座れ」
「いえ、私はお茶のご用意を」
ゴードンは私とウェルギス卿が座ったタイミングでそう言うと、そっと部屋を後にした。
大神官――ゴードンはただの神官ではないということだろうか。神官騎士団の団長でもあるようだし、結構偉い人なのかもしれない。
「サニー様、救いの女神の奇跡、私にも見せてくれますかな?」
「いいけど怪我人がいなきゃ見せられないよ?」
「ではこうしましょう」
ウェルギス卿は窓際に掛けてあった剣を抜くと、左手の手のひらを一文字にヌルっと斬った。
「あーあーあー、そんなことしてー。痛いでしょうよ」
「フッフッ、この程度かすり傷です」
「はい、こっち来て座って」
私が隣に座るようソファーをポンポンと叩くと、ウェルギス卿は体重100キロはありそうな巨体でノッシノッシと私の前を通過し、腰掛けた。
「ヒール」
ウェルギス卿の手のひらにヒールを唱えると、バクっと開いた手のひらの傷は徐々に閉じていき、最後には血の跡だけが残った。
「おお! これは凄い! 次は指を切り落としても⁉︎」
「ダメに決まってんじゃん! やめて! 治せるけどやめて!」
「では、国王陛下の病を治していただいても?」
ウェルギス卿は唐突に真顔になり低いトーンで私の目を真っ直ぐ見つめ、そう言った。
それはゴードンの目にそっくりだった。いや、もしかするとゴードンがウェルギス卿に似ているのかもしれない。
コンコン
「入れ」
「失礼します。お茶をお持ちしました」
ゴードンが押してきたワゴンにはティーセットとクッキーが載せてあり、部屋に甘い香りが広がった。
「ちょうど例の話をしたところだ」
「どのような回答を?」
ゴードンがお茶を淹れながら問う。
「それはこれからだ」
「いいよ、治すよ? そのつもりで来たし」
「おお! やってくれますか!」
「ウェルギス卿、つきましては国王陛下にお会いできるようお取り計らいをお願いしたく存じます」
「おう! 任せておけ!」
こうして国王に会う手筈が整い、私はウェルギス卿にメーデイアの事を根掘り葉掘り聞かれ、実際召喚して見せたらメーデイアが自我を持ってて世間話が出来ることが判明し、みんなで話し込んでいたら紅茶とクッキーはあっという間になくなってしまったのだった。
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