第10話 ユーナデリアの神々
――フィルムス。ザバスマテル教会。
ここはこの街の中心部で、人通りも多く、子どもからお年寄りまで何人もの人が教会に出入りしている。
野営地でも感じた事だが、おそらく全国的に信仰心が強いのだろう。
サラエド以外に神はいないと豪語していたあのデブの様子から察するに、皆サラエドを唯一神として崇めており、一神教なのである。
唯一神の特徴は全知全能だ。それ故に信者たちは数多の困難を教会という場所に集約して持ち込むのだ。
だからこんなに人で溢れる。これだけ人が訪れれば教会側の人間は潤っているだろう。
あんなデブがのさばるぐらいには。
「サニー様、ここで少々お待ち頂けますでしょうか」
「はいよー。ゆっくりでいいからね」
応接室といったところだろうか。ソファーもテーブルも豪華で、察した通り潤っている様子だ。
ゴードンはどう思っているのだろう。最前線にいたことを考慮すると、甘い蜜を啜って自分は安全な場所に、などというタイプではない。
もっと高潔な威厳を感じさせるものが彼にはある。しかし教会側の人間であることも確かだ。
給料も沢山もらっているのだろうか。
――コンコンっ
「はい、どうぞー」
「失礼いたします。お待たせいたしました」
鎧を脱いだゴードンは、スラッと背が高く、顔もイケメンなこともあって、まるでモデルのようだった。
また、青ベースに白の美しい模様が描かれた神官服も、彼の長い足を強調しているかのようだ。
「うっわ……カッコよ」
「参りましょう。カルタスが待っております」
教会を出ると、大通りに馬車が停めてあり、カルタスが立って待っていた。
馬車は荷馬車に替えてあり、中を覗くとベンチシートが2脚、対面で座れるように設置され、野営の道具や食料などが沢山積まれていた。
いかにも長旅用の装備であり、これから始まる旅に胸がときめいた。
「どれくらい走るの?」
「日が暮れるまでです。メキャロス山脈を越えて麓まで行ければいいペースでしょう」
ベンチシートに腰掛け、前方の遠くを見ると確かに山脈らしきものが見える。
「ほえー。ほんじゃお話しようよ」
「何をお話しましょう」
「私はこの地について何も知らないんだ。国とか神とか。なんで戦争してるのかも。その辺教えてもらえる?」
「では、まずこのユーナデリア大陸からお話しましょう。ユーナデリアには、西に我が国タリドニア王国、東に昨日の対戦国エルラドール帝国、南にテルミナ共和国がございます。ユーナデリアの北には島があり、そこが魔族領です」
本土には3国、青のタリドニア、黄色のエルラドール、テルミナは何色なのだろうか。いや、それよりも今は勢力差を把握すべきだ。
「1番大きい国は?」
「どの国も同等です。戦争により国境が変化することがございますが、一進一退で大きな変化はございません」
一進一退。300年もそんな戦争を続けているのか。戦争の理由はどうだろう。
私の勘ではこれは――
「ほーん。みんなサラエドを崇拝してんの?」
「主サラエドを信仰しているのは我が国だけです。エルラドールはエニストスを、テルミナはプラナラを妄信しています」
嫌な予感が的中しそうだ。3国に3柱という構図が見えてきた。
「盲信?」
「エニストスとプラナラは神ではないのです。エニストスはただの戦士、プラナラは普通の魔法使いで、双方神の奇跡に値する力を持っておりませんでした」
「サラエドは持ってたの?」
「主サラエドには傷を癒す奇跡の力が備わっていたのです。この力無くして邪神の封印はありえませんでした」
まさかの4柱。魔王よりもヤバそうなのが出てきちゃってちょっと焦る。でも封印されたらしいし今はもういないってことだよね。
「邪神?」
「300年前、邪神が大陸を支配しようと魔族を率いて侵略してきました。主サラエドはエニストス、プラナラを率いて応戦し、その命と引き換えに邪神を封印したのです」
「なるほどね。エルラドールは邪神の封印について何て言ってんの?」
「エニストスの勇猛果敢な攻撃がなければ封印は成し得なかった……と」
「ほうほう、そんでテルミナはプラナラの魔法がなければダメだった、と。合ってる?」
「合っています」
300年か。300年も『ウチの神様が1番だ!』って言い争ってるってことだよね。
問題はその戦争がいつまで経っても決着が付かないことだ。よっぽど実力が拮抗しちゃってるってことなのかな。
「どっかの国が勝勢になるってことはなかったの?」
「何度もありました。ですがそうなった場合、敗勢の国の兵士には神の加護が与えられるのです」
「加護? どんな?」
「タリドニアの場合、自然治癒Lv3が、エルラドールでは筋力+500%、テルミナは魔力+500%の加護が与えられます」
「なんだそりゃ……なんで?」
「神の御加護です」
「むー……でもそれってさー、エニストスとプラナラにも神の加護を与えられるだけの力があるって証拠じゃないの?」
「…………」
ゴードンが黙ってしまった。時に正論は交友関係にヒビを入れると誰かから聞いたことがあるが、私は言わずにはいられない性質なのだ。
本音を言って欲しいから私もオブラートに包まず本音をぶつける。
「カルタス、今の話は聞かなかったことにしろ」
「はっ!」
「それと、何かあったら手を上げて知らせろ」
「かしこまりました」
「闇の精霊よ、全ての音を遮り沈黙の間を与えたまえ。サイレントルーム」
ゴードンがそう唱えると、私とゴードンは半透明の紫色をした立方体に囲まれ、馬車の車輪の音などが聞こえなくなり、しんとした空間が形成された。
「サニー様、私は『パトロギス』の人間です」
おそらく人に聞かれてはいけない話なのだろう。本音を聞かせてもらえるということだろうか。
ゴードンの目からは、並ならぬ覚悟の意志を感じた。望むところだ。本音の対話には自信がある。なにせ私は腹芸ができないのだから。
「パトロギスについて詳しく教えて」
「はい。シャロン・ザナ・パトロギス様が率いる秘密結社で、この戦争の和平締結を目標とし、主に戦争強硬派の懐柔と国内外における諜報活動を秘密裏に行っております」
「なんで表立ってやんないの?」
「150年前、表立って活動していた組織がありました。しかし、何者かの手によって組織は全滅。親兄弟に至るまで反逆者の烙印を押され、処刑されました」
「その『何者か』を知る事が最重要だと思う」
「はい。調べてはおりますがまだわかっておりません。そこでサニー様にお願いがございます」
「はいよ? 何でも協力するよ?」
「国王陛下を……お救いください……」
深々と頭を下げ、手を組み手にしてお願いする様からは、もう他に頼れるところがないといった切羽詰まった緊張感が伝わってきた。
音がせず、馬車が走る小刻みな振動だけが伝わるこの空間で、1人の青年は本音好きな神の心を揺れ動かした。
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