第8話 食事
人が流れていく。正面に座り、治療を受け、笑顔になり、去っていく。また正面に座り、治療を受け、笑顔になり、去っていく。
私は今、その流れの歯車の1つとなっているのだ。
それが嬉しかった。
テント内ではゴードンがランタンにライトの魔法を灯して廻っている。
「光の精霊よ、ここに集いてこの場を照らしたまえ。ライト」
「ゴードン、鎧脱いだら? みんな脱いでるよ?」
「いえ、先ほどのような不埒者がいるやもしれません。少なくとも戦場を離れるまでは脱ぎません」
すると、鎧が弾む音が響く。
「天使様ー!団長ー!」
相変わらず騒々しい奴だ。きっと幼少期から変わらず走ったり大声を出したりしていたのだろう。
私はそういうタイプではなかったので、そんなに元気があるのが羨ましかった。
それに、この爽やかなイメージの笑顔が、そんな言動をポジティブに捉えさせる不思議な魔法のように、周囲を明るくするのだ。
「お食事をお持ちしました! 少し休憩されてはいかがですか?」
そういえば転生してから何も口にしていない。言われてみればお腹が空いていることに気付かされた。
次の番の負傷兵をチラっと見ると、彼は肘から先が失くなってしまった腕を隠して「どうぞお食事なさって下さい」と笑顔で待ってくれた。
ゴードンが小さな丸テーブルを2つ持ってきて私の側に並べて置くと、ガトリーの後ろに控えていた2人の神官と思しき若い男性が食事と水を配膳してくれた。
――のだが。
「うひょえあっ!」
私は後ろにひっくり返った。私はダメなものが2つある。ひとつは『呪い』の類だ。呪いをテーマにした映画がよくあるが、絶対に見ない。ゾンビやら悪魔やらと戦う作品なら問題ないのだが、呪いはダメだ。
そして、もうひとつが――『虫』である。
なぜか蜘蛛だけ例外で大丈夫なのだが、昆虫やら足が沢山生えている奴やら、子どもに大人気のカブトムシすらGに見える。
奴らの何が恐ろしかと言うと、その並外れた運動能力と生命力である。
人間の大きさに換算した場合の能力が恐ろしい。なぜ壁や天井をカサカサと移動できるのか。
そして首が取れても生きていられる不可思議な身体構造が恐ろしい。なぜ死なないのか。
それらが見た目のグロテスクさに拍車をかけて、視界に入れるのもぜっっっったいに嫌! なのだ。
テーブルには私のためを思って用意してくれた食事が配膳されている。
皆、ひっくり返って青ざめている私を見て、不思議そうな顔、心配そうな顔をしてくれている。
しかし『それ』は私は視界に入れるのも嫌なのだ。
――山盛りの芋虫など。
「サニー様、大丈夫ですか?」
ゴードンが手を伸ばして起こしてくれる。私は手で顔を覆いながら指と指の隙間から『それ』を覗く。
「ガガガガガトリー……せっかく持ってきてくれた『それ』なんだけど……私は……食べられない……」
申し訳ない気持ちも相まって声が震える。
「コエニお嫌いですか?」
「ココココエニってゆーんだふーん……そうなの……私はコエニ怖くて食べられないの」
「コエニが……怖い?」
「そ、そうだ! ガトリーお腹空いてない? 私の分食べてよ!」
丸テーブルを移動して、食事はゴードンとガトリーで食べることになった。
「主よ、母なる大地のお恵みに感謝してこの食事をいただきます。この食事が私達の心と体を癒し、更なる智の極みへと誘いますよう祝福をお与えください。リーエス・エル・サドーラ」
ゴードンとガトリーは息ぴったりにお祈りを済ませると、芋虫をむしゃむしゃ食べ始めた。
私はなるべく見ないように治療を続けた。私もお腹が空いているのだが、芋虫食べてる横で食事はできないのでしばし我慢である。
――「ご馳走様でした」
「終わった⁉︎ そしたら私休憩にするねっ!」
「サニー様、何か召し上がらないと……」
「大丈夫大丈夫。ちょっとテーブルいい?」
お腹がペコペコだ。今なら1キロのステーキでも食べられそうだ。ゴードンが何か食べないとと心配してくれているが心配ご無用これから食べる。
「異世界召喚! オムライス!」
声を張り気味にして召喚すると、テーブル表面に魔法陣が現れ、ニョキっとオムライスが出現した。
皿に盛られており、スプーンも付いてきた。これは処分の方法を考えないと召喚する度に皿とスプーンが増えてしまう。当面は空間魔法のアイテムストレージにストックしておくとしよう。
「サニー様、これは一体……」
「これは私が元いた世界の食べ物。言ったでしょ? 異世界から来たって」
「これは……まさか卵ですか⁉︎」
「そうそう。卵だけど……」
「毒はないのですか⁉︎」
「え、毒? ないよ? 何この世界の卵毒あんの?」
「ほとんどの生物の卵には毒があります。毒がないのは南方の一部の鳥だけです。私は一度だけ食べたことがありますが、大変貴重なものと聞いております」
「へー、貴重なんだ。えーじゃあ皆んなで食べようよ。ガトリー、外にあと何人残ってるか見てもらえる?」
外には37人の負傷兵が並んでいた。幸い手が不自由な兵士はいなかったので、全員にオムライスを振る舞うことにした。
人数分のテーブルと椅子はないので、申し訳ないが地面に座って食べてもらおう。
全員にオムライスが行き渡ると、皆黙ってお祈りのポーズをしてゴードンがお祈りを始めるのを待っている様子だった。
そして一斉にお祈りの文句を唱え始めた。お祈りをしていない者は1人もおらず、日本から来た私にとっては異様な光景に思えた。
至る所から「うまい!」「何だこれは!」という声が上がる度、誇らしくも嬉しい、何だかムズ痒い気持ちになり、気が付けば頬が暖かくニッコリしている自分に驚かされた。
外はすっかり日が暮れ、美しい夜空が広がっていた。
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