第7話 刺客

 何人治療しただろうか。腕を失くした者、足を失った者、目が潰れてしまった者――

 生傷を見るのは久し振りだった。とは言っても私が見たことがあるのは犬に噛まれて少し皮膚が裂けた程度の傷なのだが。

 戦争の傷跡はそんな生易しいものではないのだということを、今実感している。


「天使様ー!」


 鎧は決して軽くはないと思うのだが、ガトリーは軽快に鎧を弾ませながら走ってテントに飛び込んできた。


「騒々しいぞガトリー」

「はっ! 申し訳ございません! 急ぎこれをお持ちしました。天使様に」


 そう言ってガトリーは綺麗に畳まれた服と靴を私に差し出した。


「あ、服、忘れてた。いいの? もらって」

「どうぞ!」


 服を広げると、清潔感溢れる白のブラウスに、赤と黒のチェックのミニスカート、所々赤の刺繍が入った気品溢れる白のローブ、靴下、そしてTバックの紐パンが揃えられていた。

 紐パンはこの世界のスタンダードなのだろうか。それともガトリーに「なんでやねんっ!」とツッコむところなのだろうか。

 それと、女性物の服を着るのは初めてなので、スカートの前後がわからない。


「ガトリー、これどっちが前?」

「これはここの開きのボタンが左にくるように履くのが正しいです」

「ありがとー。ハイっ、皆んなちょっと後ろ向いててー」


 皆がテントの入り口側を向いている間に、初めてのTバックの紐を結び、初めての左前ボタンのブラウスに苦戦し、なんとか着替えを終えることができた。


「よくお似合いです」

「ありがとう〜。ゴードン」

「くーっ! 赤にしてよかったー!」

「ん? 他の色と迷ったの?」

「そうなんです! 我が国の象徴、青と迷ったのですが、天使様の美しい赤の瞳に合わせました!」

「なるほどね。色々考えてくれたんだ。ありがと、ガトリー」


 思えば服をプレゼントされるなんて初めての経験だった。男性が女性に服をプレゼントするのは、その服を着てもらった後、脱がせる為であると聞いた事があるのを思い出したが、こいつ大丈夫だろうか。

 まあその体育会系のノリから察するに変な下心はないと信じよう。


 次の人を待たせてしまった。治療を待っている兵士がいるのだ。私は治療を再開するため席に着いた。

 正面に座っている兵士は左腕の前腕部を怪我した様子で、包帯が巻かれているが血が滲んでいる。

 そしてその兵士の腰にはナイフが装備されていた。


「お待たせしました」

「いえ……」

「傷、深いですか? 包帯取っちゃいましょうか」


 包帯を取るために身を乗り出すと、兵士の目がギラリと光るのが見えた。

 兵士の右手が腰のナイフへと移動した。

 次の瞬間――


「おい! お前!」


 兵士の右手がピタッと止まる。

 ゴードンは腰の長剣の鞘を左手で握り、こう続ける。


「お前、なぜナイフを装備している」


 兵士はゴードンを鋭い目つきで睨むと「……護身用です」と弁明した。


「質問を変えよう。なぜサニー様を斬ろうとしている」

「え? 何、斬ろうとしたの?」


 乗り出した体を引いて距離を取ると、ガトリーが状況を察して私と兵士の間に割って入った。ガトリーは仁王立ちして兵士を睨む。

 すると兵士は緊迫した雰囲気を一転させ、後頭部に手を当てて軽い口調で答えた。


「やだなー。誤解ですよ誤解。そんな怖い顔で睨まないでくださいよー」


 ゴードンは緊張感を保ったまま鋭い目つきで兵士に告げる。


「名前と所属を言え」

「カルド・ワトキンスです。王宮騎士団、第8重装兵隊所属。下級兵士です」

「カルド、お前は確かにナイフを抜こうとしていた」

「えー、誤解ですって。ちょっと背中が痒かったんですよー」

「私は殺気に敏感でな。今もお前の目からは殺気が溢れている」


 ゴードンはカルドの目をジッと見つめると、右手を腰の長剣の柄にゆっくりと伸ばす。

 カルドはガタッと立ち上がり焦った様子で後退りする。


「ちょ! ちょっと待ってくださいって――」


 次の瞬間、カルドの表情は一変し、ガトリーに強烈な中段回し蹴りを繰り出す。


「言ってんだろうがーーーっ!」


 カルドの足がガトリーの鎧を砕き脇腹に食い込む。


 ガトリーはくの字になって吹き飛び、それと同時にゴードンが剣を抜く。

 さらにそれと同じくしてカルドが腰のナイフを抜き電光石火で私の首めがけてナイフを走らせる。

 私にはこの一連の流れが見えていた。カルドの危機迫る表情も、ナイフが徐々に迫ってくる様子も、そのナイフを叩き落とすためにゴードンが剣を振り下ろしていることも。


 ゴードンの鋭い一撃が縦に弧を描く。


 カルドのナイフはキンと地面に突き刺さった。ガトリーは起き上がり、カルドに向かって突進を試みるが、腹が痛むのかその場にうずくまった。

 ゴードンが振り下ろした剣を切り返し、カルドに向かって水平斬りのモーションに入った時、カルドは無表情で私の目を見てこう言った。


「また会おう。天使殿。エラドゥーラスキトゥフ」


「な⁉︎ 魔族語⁉︎」


 カルドは円形の魔法陣に囲まれたかと思うと、次の瞬間には消滅するように消えた。

 ゴードンの剣が空を斬る。


 私にはエラドゥーラスキトゥフの意味がわかっていた。『門よ開け』と聞こえたのだ。ゴードンはこれを魔族語と言った。


「くっ! 転移魔法か! サニー様、奴は魔族です!」

「魔族……今回の戦闘ではどれくらい魔族がいたの?」

「いえ、魔族はこの戦争に参加していません。300年前から中立を保っています」

「ファ?」


 おかしい。管理者は確かに戦争に参加している種族に魔族も含めていた。強力な魔王が君臨しているとも。

 魔族はこの戦争に参加しているはずなのだ。現にカルドは野営地とは言え戦場に現れ、私の命を狙ってきた。

 いや、そもそも王宮騎士団に所属して――


 私は気付いてしまった。魔族が人間に紛れ込んでいる事を。そしてそれはカルドだけではないであろう事も。

 私は治療を続けた。ただし事前に鑑定させてもらうことを条件にした。

 鑑定で表示される相手のステータスには『種族』の項目があるからだ。


 不穏な風が吹くこの野営地で、テントに並ぶ長蛇の列から、そっと列を抜ける兵士が複数いたことを、私は知らなかった。

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