第5話 戦場の女神
戦争とは如何に愚かな行為であるかということを、遠くに見える青と黄色の殺し合いを眺めて痛感させられた。
周囲の第2陣と思われる青色の重装兵たちは、一言も喋らずに、規則正しく整列して、ただジッと出番を待っているように見える。
戦況を見極める必要があった。情報は力だ。ここからでは敵の勢力がどれほどなのかよく見えない。
「空を飛ぶ魔法……あった! これだ」
上空から観察するのが今できる1番の方法だった。丘のような高い場所から見下ろすことも考えたが、周囲を見渡す限り平地で、そのような場所はなかった。
「フローティング」
空を飛んでみたいという願望は、誰にでも1度は訪れるものではないだろうか。
上下、前後、左右と念じるだけで体が自由自在に空中を移動した。
「な⁉︎ 空を……飛んだ……だと?」
「あはは。ゴードンやっほー」
周囲にいた第2陣の兵士たちからも、ざわめきの声が上がる。
どうやらこの世界では空を飛ぶのは珍しいことのようだ。確かに思い返してみれば空中戦がない。飛竜に乗って戦うなどの騎乗戦もないようだ。
上空から戦場を見渡すと、4対6で青が負けているような戦況だった。
最前線では激しい乱戦が繰り広げられており、双方、第2陣、第3陣を待機させて余力を残している。
黄色側は更に第4陣があり、兵力の差で青が劣っていることは明らかだった。
「さて、この馬鹿げた争いを終わらせようじゃないか。なんかいい魔法ないかな」
イフリートやリヴァイアサンを召喚して一掃してしまうことも考えたが、なるべく死人を出さない方針で神様活動――略して神活することにした。
そして見つけ出したのが、この召喚魔法である。
『メーデイア』
「古の魔女。召喚すると広範囲に睡眠の状態異常攻撃ができる。効果持続時間は8時間」
最前線で戦闘している青色の兵士たちも含めて、黄色の軍勢を全員眠らせる。
眠った兵士たちからは武器を奪って両手両足を縛ってしまえば戦闘不能にできるだろう。
「メーデイア!」
両手を黄色軍に向けてメーデイアを呼び出すと、両手前方の空間が歪み、ローブを纏った美女が現れた。
美女は私に背を向けて両手で空を仰ぎ、まるで踊るように手をヒラヒラとひるがえした。
すると、黄色軍の頭上にオーロラのように波打つ光の絨毯が現れ、光の粒子が降り注がれた。
粒子に触れた者たちはパタリ、パタリと全身が脱力し、地面に倒れ込んでいく。
「なんだ……これは……」
ゴードンは一部始終を目撃した。空に浮かぶ少女が、ただならぬ存在を召喚したことも、次々と倒れていく敵軍の兵士たちも。
それは、この戦場での戦闘が終わったと思わせるのに十分な光景だった。
少女が召喚を終えて地上へと降り立つと、ゴードンはヘルメットを脱ぎ、跪いて祈りを捧げた。
手の組み方が独特で、両手の手のひらを90度交差させ、互いを握っている。ちょうど日本で言うゴマ擦りの手の組み方に似ている。
「主よ、感謝します」
ゴードンの言葉に思わず「ん?」という声が出て眉間に皺が寄る。
「ゴードン誰か崇拝してんの?」
「私は主サラエドに仕える神官だ」
「え……神様?」
私の反応を見てゴードンが不可解な表情になる。そして私も不可解なのだ。
なぜなら管理者は私以外に神は『いません』とはっきり断言していたからである。
「君は……どこから来たのだ?」
「どこから……遠いところ?あはは」
笑って誤魔化そうとしたのだが、ゴードンの薄茶色の長い髪が風になびき、髪の隙間から見える目が鋭くなっているのがわかった。
「遠いところ……とは?」
敵国の逃亡兵か何かだと疑われているのだろうか。そんな目で見られては、本当のことを話したくなる。私は真剣な目で訴えた。
「正直に言うね? 私は地球っていう異世界からやってきたんだ。これでも神様なんだよ? ステータスって見れる?」
こんな時には物的で確かなものを見せるのが1番だと思ったので、ステータス画面を見せることにした。
ゴードンはステータス画面を開いたこと自体には驚いた様子はなかった。おそらくレベルやHPMPといった概念もこの世界では常識として浸透しているのだろう。
ただ、神のレベルとステータスには――
「な⁉︎ なんだこの数値は⁉︎ それに……職業、神……だと?」
「んふふー、信じてくれた?」
「……ステータスは嘘をつかない。改ざんも不可能だ」
ゴードンは跪いてこう続けた。
「サニー……と仰いましたか。女神サニーよ、我々を救ってくださり、感謝申し上げます。つきましては戦闘報告にご同行くださいますようお願い申し上げます」
「えー、頭上げて。なんかやだ。その固い感じ」
「はっ。では失礼します」
周囲は戦闘後の処理を行う兵士たちが行き交っていた。
ゴードンが私をお姫様抱っこすると、遠くから鎧をガシャガシャ鳴らしながら走ってくる兵士が見えた。
「団長〜〜っ!」
その男は如何にも体育会系というのが相応しい風貌で、凛々しい眉毛と厚い胸板が印象的だった。
「やっと見つけましたよ。ご無事でなによりです」
「うむ。ガトリーも無事でなによりだ」
「そのお嬢さんは?」
「このお方は戦場の女神だ。それよりも状況の報告を」
「はっ! エルラドール帝国軍は謎の光により全軍睡眠状態にあり、我が軍は総力を上げて捕虜の確保と負傷者の救護を行なっております」
「よろしい。サニー様、この男はガトリー。我が軍の神官騎士団、副団長です。ガトリー、このお方はサニー様だ」
「サニー……様? よろしくお願いします」
「よろしく、ガトリー」
兵士たちが忙しなく負傷者の救護や敵兵の確保を行なっている中、私をジッと見つめる1人の兵士に気付いた。
向こうも私が気付いたことに気が付いた様子で、サッと目を逸らすと足早に去って行った。
戦場はまだ日が高く、春のような日差しに暖かい風が吹いていた。
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