第4話 デビュー戦

「最後に質問を受け付けます。何か知りたいことはありますか?」


 管理者は相変わらずの無表情で、その裏側にある思惑や感情などが一切伝わってこない。

 しかしそこが愛らしくもあるという不思議な魅力が、この人には確かにあった。

 だから「最後に」などと言われると少し寂しくなる。

 気になっていることは幾つかある。HPやMP、筋力などのステータスがあるのか、これからどこへ行けばいいのか、服はいつ着せてもらえるかなどである。


「筋力とか体力とかのステータスはないの?」

「口頭か心の中で『メニュー』と唱えてください」

「わかった。メニュー」


 これも重要な情報のひとつだろう。やはり聞いたこと以外は教えてくれないということだ。

 俺の正面には、空中に半透明の小さな画面が表示され、そこには『ステータス』『能力』の2つのボタンが用意されていた。

 ステータスを表示すると、サニー、神、レベル500、HP128000、MP256000、筋力7580、魔力9850、俊敏6750、技5620、運135000、体力5830、物理防御13200、魔法防御25800などの情報が見てとれた。

 異世界転生において無双ステータス、無双スキルはよくあることだ。

 ましてやここは戦乱の世で、俺はそれをブチ壊しに行くのだ。これぐらいのレベルとステータスでなければやってられないだろう。


「それで……俺はここを出ていけばいいんですか?」

「出ていく必要はありません。最終処理が実行されると、ここから約2000キロ離れたダコロス平原という場所に転移します。その転移を以て転生が完了します」

「平原……街じゃないんだ。あの、服とかないですか?」

「ありません」

「えー、じゃあ自分で召喚するよ」

「フフッ。まだ転生が完了していませんので能力は使えません」


 確かに笑ったのだ。まるでいじめっ子が逃げ道を塞いで獲物を捕らえたかのように。

 悔しい気持ちもあったが、嬉しくもあった。機械のような風貌の彼女にもちゃんと感情があったのだ。

 これから転移するらしいが、ここにまた戻ってきたい。この人のことをもっと良く知りたいのだ。


「また戻ってきてもいいですか?」

「いいですが、私はしばらく留守にします」

「しばらく……どれぐらい?」

「3年。ですが問題が起きればすぐに帰ってきます」

「3年か……じゃあ帰ってきた時に平和になってたら褒めてよ」

「いいですよ。そうなる事を祈っています。最終処理を実行しますか?」


 俺はいよいよ神として生まれ変わるらしいが、管理者との出会い、転生の準備を思い返すと、短い時間ではあったが、濃密でいい思い出になったと思う。

 願わくば3年後、管理者にいい報告ができるように最大限頑張るのだ。


「最終処理、実行してください」

「了解しました」


 そして俺は、素っ裸のまま円形の魔法陣に囲まれ、周囲が綺麗な紫色に光るのを眺めると、笑顔で管理者に手を振った。


「また会おう!」


 彼女は返事はしなかったが、微笑んだ。手も振り返してはくれなかったが、確かに微笑んだのだ。



***



 周囲はまさに戦乱の真っ只中だった。


 兵と兵がぶつかり合い、激しく争っている。敵味方判別の為、鎧に色を付けているようだ。

 黄色と青色がうごめいている。双方、主戦力は重装兵で、主な装備は大型の盾と槍だ。腰に長剣も装備しており、状況によって使い分けているように見える。

 少数だが魔法使いらしき兵も点在している。所々で爆発しているのは何らかの魔法だろう。軽装な剣士も素早く移動しながら戦っている。騎馬兵は見当たらない。


 そのような激戦の中、俺は素っ裸で立っている。


 困惑以外の何ものでもない。何もこんなところに転移しなくたっていいだろうと思ってしまう。

 そんな俺を待ち受けていたのは、黄色側の重装兵の突進だった。ヘルメットの隙間からは血走った目が見える。

 そんな目で見られるのは初めてだったが、その表情と「うヘヘヘヘ!」という気持ち悪い声、そしてこっちに伸ばした手から察するに、俺を捕えようとしていることは明らかだった。

 まずは回避だ! と思った瞬間――


 金属と金属がぶつかり合う炸裂音と共に、青の残像が目の前をよぎる。


「ぐはぁ!」


 黄色の重装兵は横から強烈なタックルを喰らい、自動車に轢かれたように吹き飛んで行く。

 タックルしたのは青色の重装兵で、裸の俺を見てこう叫ぶ。


「こんなところで何をしている⁉︎ 服はどうした⁉︎」


 言葉が通じている。どうやら言語理解の能力はパッシブスキルとして常時効果を発揮しているようだ。

 青いヘルメットの隙間から見える目は美しいエメラルドグリーンで、その真っ直ぐな視線からは正義感と誠実さが伝わってきた。

 青色の重装兵は、鎧に装着されていた背中のマントを取り外すと、小さい子どもに服を着せるように、そっと俺をマントで包んだ。


 そうこうしているうちに黄色の重装兵たちが俺と青色の重装兵を取り囲む。


「くっ! 囲まれたっ!」


 青色の重装兵は俺を庇うように背中に隠す。


「俺……いや、私はサニー。あなたの名前は?」

「ゴードン!」


 ゴードンのヘルメットの隙間から焦った表情が垣間見えた。それもそのはずである。周囲には黄色の重装兵5人。1対5では分が悪すぎる。


――ただしそれは俺……改め私がいなかったらの話だ。


「うへへ。ガキは捕虜だ。殺すな」


 黄色の重装兵たちは見た限りでは皆目が血走っていて、まるで何かに取り憑かれているのではないかと思うぐらい引きつった表情をしている。

 そんな表情を横目で見ながらメニューを表示し、空間魔法の一覧からこの状況に適した魔法を探し出した。


「ゴードン。君に味方しよう」


 そう言った矢先、黄色の重装兵たちは一斉に襲いかかってきた。


「ディストーション!」


 私は黄色の重装兵たちの両腕両足に狙いを定め、両手を広げて叫んだ。すると、黄色の重装兵たち各々の足元に魔法陣が現れ、バキバキっ!という音と共に両腕両足が鎧ごとS字に歪み、「ぐわあああ!」という悲鳴と同時に全員倒れた。


「空間魔法だと⁉︎」

「引くよ!」

「お、おう!」


 集団戦闘において敵に囲まれるという事態は、前線に出過ぎているという証拠である。

 また囲まれてはキリがないので、一旦青色側の陣営へ引くことにした。


 ゴードンは素足で懸命に走る私を案じたのか、ひょいっと私を抱き抱える。今は小さな女の子とはいえ、元ホームレスの40歳童貞がお姫様抱っこされる日が来ようとは夢にも思わなかった。

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