ダム
口羽龍
ダム
土曜日の朝の事。今日は中学校が休みだが、部活の練習がある。そのため、登校する生徒もいる。そんな子供たちは、いつも通りに起きて、朝食をして、中学校に向かう。
進一もそうだ。進一は中学校1年生の野球部だ。今日は朝から練習だ。厳しいけれど、強くなるためには行かなければ。
進一は天気予報を見ている。天気予報によると、今日も快晴だ。ここ最近、快晴ばかりで、全く雨が降らない。世間では水不足がささやかれているが、進一には全く興味がない。
「よかった、今日も晴れだ!」
進一は喜んでいる。晴れていなければ、練習ができないし、登校が大変だからだ。
「そうね!」
母も喜んでいるが、複雑なようだ。水不足も考えているからだ。
「雨だったら練習できないんだもん!」
「そうだね」
だが、進一がその理由を言うと、母も納得した。練習に行けないのが辛いのは同感だ。
と、そこに父がやって来た。父はこの近くの工場で働いていて、朝から作業服を着ている。今日は土曜だけど朝から出勤だ。
「今日も晴れか」
「うん!」
父も心配そうな表情だ。母と同じように、水不足を気にしているんだろうか?
「ここ最近、晴ればっかりでなぁ・・・」
父も水不足を気にしていた。だけど、進一は全く気にせずにニュースを見ている。それよりも、晴れている事が重要なのだ。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
中学校に出発する時間になった。進一は支度をしに2階に向かった。2人はその様子をじっと見ている。
しばらくして、進一が2階からやって来た。中学校の半そでのジャージと、長ズボンを履いている。
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい」
進一は家を出発した。その後も、2人はニュースを見ている。
昼下がり、暑い中、母は近所の主婦と話をしていた。話題はみんな、ここ最近の水不足だ。この近くを流れる川の上流にあるダムの貯水率が減っていて、節水が呼びかけられている状況だ。だが、子供たちはまったく気にしていない。
「不安ね。ここ最近水が降らないから」
「そうね。うちの子供は晴れて嬉しいと思ってるんだけど」
隣の家の主婦もそう思っている。隣の子供も進一と同じく中学校の野球部員で、進一と一緒に出かけていったという。
「ダムの貯水率、見た?」
「うん。10%を切ったって」
今朝のニュースによると、水不足が深刻で、この近くを流れる川の上流にあるダムの貯水率が10%を切ったそうだ。このままでは0%になるのではと不安になる人もいる。だが、それでも子供たちはまったく気にしていない。
「見た見た! ニュースで見た!」
「水不足が深刻ね」
他の主婦も気にしている。まさかのためにミネラルウォーターを買っている人もいるらしい。
「うん」
進一の母は空を見上げた。雲1つない快晴だ。いつになったら恵みの雨が降るんだろう。全く降りそうな天気ではない。
「恵みの雨が降る事を祈ろう!」
「そうね」
進一の母は近くのスーパーに向かった。晩ごはんを買ってこないと。今頃、進一は水不足を気にせずに、練習をしているだろうな。大変な事なのに。
「ただいまー」
夕方、進一は練習を終えて、家に帰ってきた。すでに両親は帰っていて、母は晩ごはんを作っている。匂いからして、今日はカレーライスだろう。
「おかえりー」
進一は着替えるために、2階に向かった。リビングにいる父はその様子を見ている。父はテレビを見ている。ニュースは連日の猛暑や水不足の話題ばかりだ。
「今日も雨が降らなかったなー」
しばらく経って、進一が2階から戻ってきた。そろそろ晩ごはんだと思ったんだろう。
「どうしたの?深刻な顔をして」
進一は、父の顔が気になった。何か不安な事があるんだろうか?
「いや、ダムの貯水率が気になって」
「どうして?」
進一は首をかしげた。そんな事、全く考えた事がない。ダムの貯水率って、何だろう。
「水不足だよ」
「水不足?」
進一は水不足という言葉も知らない。一体、何だろう。
「ああ。ダムの水が少なくなったら、大変だろ?」
「うーん、わからない・・・」
と、父は考えた。明日、進一をダムに連れて行ってやろう。いつも図鑑で見ているダム湖との違いを見て、何か感じてほしいな。
「そっか・・・。じゃあ、明日、ダムに連れてってやろうか?」
「うん。明日は休みだからいいけど」
全く予定はなかったけど、進一はダムに行く事にした。
次の朝、進一はいつものように起きた。だが、今日は少し違う。今日は休みで、父と共にダムに行く予定だ。そのため、父はすでに起きている。
進一は朝食を食べ終え、両親とくつろいでいる。少し休んだら、ダムを見に行こう。初めて目の前で見るダム。楽しみだな。
「進一、行くぞ!」
「うん!」
2人はダムに向かって出発した。車は市街地を走っている。ここは人通りが多く、とても賑やかだ。ここまではいつもの風景だ。
しばらく走っていると、田園風景に入ってきた。この辺りになると、建物よりも田畑が多くなり、人通りが少なくなる。また、軽トラックをよく見かけるようになる。農作業をする人々の車だろう。
その先に進むと、無人の山林に差し掛かった。道は険しくなり、車があまりすれ違わないようになった。所々には廃屋があり、もう何年も誰も住んでいないようだ。もうすぐダムに着くんだろうか?
家から3時間ぐらい走って、ようやく2人はダムに着いた。2人はダム湖の見える場所に車を停め、外に出た。
目の前の風景を見て、進一は驚いた。図鑑で見たダム湖とは違う。湖は干上がっていて、地面がむき出しになっている。わずかに水が残っているが、もはや湖と言うより川という状況だ。
「ダムが干上がってるね」
「普通はこんな風景じゃないんだけど。あの地面と雑木林の境目まで水がたまるんだけどな」
2人とも、ダム湖を見つめている。だが、そこにあるのはダム湖ではなく、川だ。
「ふーん」
「ひょっとしたら、水が止まっちゃうかもしれないんだよ」
進一は少し不安になった。暑くて水を求めているのに、水が出なくなったら大変だ。こんな事になってほしくないな。
「そうなんだ」
ふと、進一は考えた。雨が降れば練習ができないし、登校が大変だ。だけど、雨が何日も降らなければ、水不足になる。
「雨が降らなければ、大地が育たない。だけど、雨だったら練習できない。難しい話だね」
「うーん・・・」
父も考えてしまった。進一の言っている事は正しい。雨が降れば、生活が大変になる。だけど、何日も雨が降らなければ、水不足になる。果たして、どっちがいいんだろう。
ダム 口羽龍 @ryo_kuchiba
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