第39話

 突如現れた”何か”。

 悪魔と体が似ているが、何処か、何処かが違う。

 大きさ? ――確かに、大顎すら凌駕している。

 体勢? ――確かに、首を持ち上げている。

 色? ――確かに、黒ずんでドロドロしている。

 

 だが、違う。違うのだと、私の奥底から聞こえた。


 ”何か”は叫ぶ。


 「デェ――ラコマ――」


 聞き取りにくい発音。

 人では決して出せない音。

 

 ”何か”は、こちらを見ている。


「な、何だぁ!」


 流司が無様に腰を抜かしていた。

 手だけで体を逃がそうとして、大木に阻まれる。


「うわぁっ!」


 彼は狂乱状態だ。見ていても仕方がない。

 とりあえず今、生き延びる事を考えないと。


「つ、”月読み”――餅つき兎!」


 クルア先輩が能力を使用して、”何か”の顔に突撃する。

 兎の足で跳躍。槌を振りかぶって接近。


 私は動けない。体の全エネルギーが、腹の修復に使われている。力が入らない。


 ”何か”は口を開けた。


「”月読み”――臼!」

 

 危機を察知したクルア先輩が、臼を蹴って方向を変える。そのまま地面に降り立ち、”何か”の右へ走った。

 ヤバい、と。彼女の本能が、訴えている。

 

 と、瞬間。

 が起きた。


 クルア先輩とやった、必死の火起こしを思い出し、直ぐ掻き消される。

 熱量と明るさによって。


 それは、イササが大顎に使った大爆発。それと同等以上の威力。

 ただ1つの対象を狙っていたから直線的になって、幸い直撃しなかった。

 だが、灼ける。

 私の肌に、その一瞬で住が生成された。


「あっ、熱っ!」


 運良く回避した流司。

 しかし彼の体は動かない。

 

「”月読み”――剣!」


 唯一動ける彼女だけが、”何か”と戦う。

 いや――足止めをする。


 頭は駄目だと判断して、左手を狙う。

 脱兎の如き素早さで、しかし”何か”へ加速。

 そして、左手の切断に成功した。

 しかし――


「デェ――ラコマ――」


 ”何か”はクルア先輩を、補足した。


 初めて、大きく動く。

 

 頭の位置が下がった。

 そして、突進。

 波のようなうねりを纏って、”何か”は移動した。

 ただそれだけ。

 ただそれだけで、クルア先輩は空に舞った。

 ”何か”はそれを補足しなおし、腕を振りかぶった。

 

 私は体を稼働させる。

 腹と腕の修復を諦めて。


「……おい。どうせ、私だろ」


 ”何か”の首がこちらを向く。

 行動は止まった。


 視界の端に、上手く着地するクルア先輩が見える。


 どうやら本当に、私狙いだったようだ。

 何でこんなに狙われるんだろうな。


 それで被害を被るのが私だけだったらまあいいが。


 友人までに派生させるのは、ちょっと目覚めが悪い。


 「デェ――ラコマ――」


 先程と同じ発音。いつの間にか、切られた左手は元に戻っていた。

 

 感情すらないのだろうか? と言うか生き物なのだろうか?

 私の知っている悪魔は、とても生き物らしかった。

 食えるものを食い、痛かったら叫ぶ。

 そんな当たり前の反応が、こいつにはない。


 まぁ、私が勝てるはずないけれど。

 折角だし立ち向かうか。

 もはや迷惑をかける、かけないの段階ではないのだし。

 ここまで来たら、何にも気にする必要はないだろう。


 私は”何か”に近づいた。

 

 ”何か”は様子を見ている。


 私も様子を見ている。


 ”何か”は口を開けた。


 これは、突進。クルア先輩を弾き飛ばした、恐るべき範囲攻撃。

 しかし動きは分かっている。

 

 私は走った。


 ”何か”が動いた。波のようなうねりで、私を狙う。


 さっき見たのと、まったく同じだ。


 私は読んで、回避した。うねりと合わせての移動。腹の痛みを我慢して、上手く足を運んで成功させる。

 そのまま、”何か”の右側面に出た。


 ”何か”は再び様子を見た。長い首を私の方へ向ける。


 私は、落ちていた枝を拾って、頭の方へ走った。


 ”何か”は口を開けた。


 私は左へ移動した。

 

 瞬間、炎が横切る。完全に回避は出来ない。

 痛みはもはや消え、熱さだけが私を襲う。

 

 お陰で、右腕を失ってしまった。

 断面が焼かれているので、血は出てこない。


 ”何か”は様子を見ている。


 私は、足を屈した。

 血液とエネルギーが足りない。

 酸素の供給が追い付かない。


 ”何か”は口を開けた。


 よくやった方だ。

 能力もない生身の体で、ここまで。

 とりあえず、”何か”の攻撃は決まったパターンだと分かった。

 それだけでも収穫だろう。


 ――クルア先輩が、”何か”の頭の後ろに現れた。


「”月読み”――天之尾羽張!」


 彼女の足と腕を覆っていた毛皮が、光になった。

 そのまま光は、彼女の右手に収束する。

 

 形作られたのは、巨大な刀。刀身は燃えるように揺らめいている。


 クルア先輩は其れを持ち上げ、重力と共に”何か”の首へ落下。

 

 そして、裁断。


 ”何か”は倒れた。


「――おぉ」


 恐怖心、不安、全てが一気に抜けていく。


 ――が、特に意味はなかった。


 ”何か”の頭と体。

 それらが独立して、結合する。

 自然、中心に落ちたクルア先輩も巻き込まれ――


 ――私はなけなしのエネルギーで駆け、押し出した。

 

 既に、クルア先輩の意識は無さそうだ。

 

 私の体は、黒くどろりとした肉に取り込まれていく。


 さて、最後に伝えたいことがあるな。

 

「流司」

「うぇっえっ!?」

「黒貌に、”覚えてろ”って伝えて」


 そして、視界は暗転した。

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