第38話
「よしっ! あとちょっとだ。これでもうすぐにゃる様と……」
彼は猫背になり、手汗で濡れた人形を強く握って呟いた。
あえて何も言わないで置こう。
多分彼も、広義で言えば私と同じ人種だから。
暫くその状態が続いた後、流司は急にこちらを向いた。
「おっ俺についてきて。ややこしい場所だから、この人形が教えてくれるんだっ」
確かに、彼の頭を除いたところで集合場所の情報は無い。
流司が自慢げに出した人形を見ても、特に変なところはない。
すると彼は、ゆっくり一回転をし始めた。
わけもわからず大人しく見ていると、人形が振動するタイミングがある、と言う事に気が付く。
「こ、こういう風に、目的地に向くと振動するんだっ。ちなみに、”奴隷”に紐づけてあるらしいから、俺しか使えない!」
なんだか、おもちゃを自慢する子供みたいだ。
見ていて痛々しい。
「わかったから、早く行こうよ。君も長い間探してたんだろう?」
「そ、そうだね。朝から探してた」
朝!?
と、危ない。この手の話に食いついてしまったら、長話が続くんだ。
すんでのところで我慢したファインプレー。
それが功を奏して、流司は大人しく歩き始めた。
人形を見ると、しっかし振動している。
流司に続く。
こうなると、クルア先輩と他愛のない会話もできない。
だが、テレパシーなら余裕である。
(クルア先輩、聞こえますか?)
(おぉ、テレパシー。どうしたの?)
(暇になってしまって)
実際、今通っている道は行とほぼ同じだ。
それに森林なんて、どこを見ても景色が変わらない。
此処で面白かったのは、ピラミッドと天然ツリーハウスぐらいだ。
(なるほどね……聞いた? さっきの話。朝から探してたって)
(恐ろしいですよね。彼の能力によるもの、だと思うんですけど)
(能力って”奴隷”だっけ? どんなのできるの?)
(彼が”主人”と認識した人の命令なら殆どなんでも。私が居た時は、拠点に地下を作っていたはずです)
(えっそんな事してたんだ。慎重だねー黒貌も)
慎重、か。
思えば、私が追放されたのもその慎重さ故なのかもしれない。
それが自覚してようとしていなかろうと、不安定なものがあれば取り除くんだろうな。
適度にゼブルくんの視界を見る。
だが、どうにも以前より遅くなっている。前までは車に乗っているような気分だったが、今や自転車程度。
まぁ十分と言えば十分だが、もしかしたら寿命が近づいているのかもしれない。
なるべく早く交代させたいな。
そう思いつつ、ゼブルくん用のカプセルを開ける。
彼は自然に、その中へ入ってくれた。
夜は更け、樹海の奥へ進んでいく。
視界は段々無くなって言って、もはや蠅を出していても意味がない。
それぐらい、情報を得られ無くなってしまった。
しかしその分、音に集中できる。
今も、遠くから聞こえる鈍い音。
どしん、どしんと一定のリズムを刻んで、どこかでなり続いている。
「ねえ、どこに向かってるの?」
「え、えっと、にゃる様のところ」
「そうじゃなくて、具体的に」
「わ、わからない。にゃる様に、ただそこに行けって言われた」
「……」
どうにも怪しさが増してくる。
響く足音。わからない行先。
これは、選択を間違えたか――?
と、思っていると、腹に感覚があった。
視線を下げると赤い色。
ポタリポタリと垂れて言って、茶色の地面を染めていく。
私の、血液だ。
遅かったか。
幾らか諦めて前を向くと。
そこには。
黒貌にゃるが居た。
「――は?」
思わず、呆然とする。
彼女は、私の腹に指を刺していた。
私はテレパシーを常に使っている。
囲まれていないか、他に人間がいないかを確認するために。
テレパシーはずっと反応していなかった。
しかし今、間違いなくそこに居て。
頭を覗く事すら出来た。
(こんなに上手くいくなんて! 拠点から出て行った時、知能と警戒心を置いて行っちゃったんじゃないですかぁ?)
「お、前……」
(あーダメダメ、これ以上残るとバレちゃいますね。じゃあ後よろしくです、流司サマ!)
そう言って、彼女は霞のように消えた。
「――えっ、あっ、えっ?」
呆然としていたのは、私だけではない。
クルア先輩も、流司もだ。
どしんどしんと足音が鳴る。
いち早く意識を取り戻したのはクルア先輩だった。
「――ウロ、大丈夫!?」
「大丈夫です、頑丈なので」
腹からはまだ血が流れている。とりあえずは手で塞ぐ。痛いし熱い。
「お、俺は知らない! こんな事、聞かされてない!」
流司が手と首を滅茶苦茶に動かし喚いているが、それこそ知らない。というかどうでもいい。
考えるべき事は、黒貌がこんな事をした理由だ。
私を刺した所で、彼女に利益が無い。
死ぬほどの傷じゃないし、むしろ悪魔を呼んでしまう。
もし傷つける事自体に意味があっても、化物になって再生――あれ?
再生、していない。
ぽっかりと、綺麗な円が空いたままだ。
何だ?
何が起こっている?
私の思いもよらない、何かが――
ドシン! と音が鳴った。
周辺にあった木が、全て倒れる。
私はまた、顔を上げる。
そこに居たのは、黒い塊。
形は悪魔に近いが、どこか、どこかが決して違う。
何時か、見たことがある気がする。
「デェ――ラコマ――」
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